この連載で前々回取り上げたマイナンバーカードの健康保険証利用、当初3月下旬より本格運用開始とされていましたが、10月まで開始時期が延期となりました。

一方で、マイナンバーカードの申し込みは増えています。

今回は、マイナンバーカードの健康保険証利用の延期と、これがマイナンバーカードの普及に与える影響について考えてみたいと思います。

マイナンバーカードの健康保険証利用 10月まで延期へ

日本経済新聞では3月25日に、「マイナカード保険証利用、本格運用先送り トラブルで」という記事 が掲載されました。

この件に関して田村厚生労働大臣は、3月26日の記者会見で以下のように語っています。

「これはプレ運用ということで、3月4日から試行的にやってまいりました。やる中で、いろいろなことが分かってきたのですが、マイナンバーが保険者においてしっかりと紐付けができていないということがあります。これを修正いただかなければなりません。
それから、被保険者番号の表示がばらばらでございまして、これがなかなか読み取れないということがありますので、これもしっかりと直していかなければならないと思います。
もう1つは、新型コロナウイルス感染症の拡大等がございまして、半導体が不足しております。パソコン等の端末がなかなか手に入りづらいということもお聞きしております。
そういうことを総合的に判断して、安心して運用いただけるように、ということで、プレ運用期間を延長させていただいて、本格的実施は10月目途ということで今計画をしております。」

この会見の内容から、3月4日から行われた試行運用で見つかったシステム上の課題は大きく二つあるようです。

一つは、健康保険組合で被保険者とマイナンバーを紐づけてシステム管理されているはずなのですが、これができていなかったケースがあったということ。

二つめは、被保険者に付番されている被保険者番号もシステム管理されているはずなのですが、その被保険者番号の登録に誤りがあったこと。

(図1)は、前々回も掲載しました、マイナンバーカードの健康保険証利用を可能にするためのオンライン資格確認の仕組みを示した厚生労働省の資料です(こちらは4月時点のもので、内容が前々回のものから変更になっています)。

健康保険証の場合は、医療機関や薬局では健康保険証に記載された被保険者の番号などで、本人の被保険者としての資格確認を行っています。

これが、(図1)で示されているマイナンバーカードを使ったオンラインの資格確認システムでは、マイナンバーカードの情報からマイナンバーと被保険者を紐づけ、その被保険者の保険証番号などを医療機関などに提供することにより、資格確認が行われるようになっていたと考えられます。

このマイナンバーカードを使ったオンラインの資格確認システムが正確に機能するためには、「被保険者やその扶養者のマイナンバーの登録」「被保険者やその扶養者の健康保険証番号等の登録」が正しく行われている必要があります。今回は、この二つの番号等の登録で問題が発覚したということのようです。

まず、このようなシステムの基幹となるところで問題があるということが、試行する以前になぜ分からなかったのかという疑問があります。また、これだけ根本的なところに問題があるということは、これまでのシステム管理のあり方から、根本的に見直す必要があると言わざるを得ません。厚生労働省が主管するシステムでは、これまでも多くの問題を起こしており、またかという気持ちにさせられてしまうことも確かです。

もともとこのマイナンバーカードを使ったオンラインの資格確認システムは、システム規模から考えると、3月4日からの試行開始では3月下旬本格運用開始まで、試行期間が短すぎると思います。そういう意味では、運用開始を延期としたことは、むしろ良かったのではないでしょうか。このような大掛かりなオンラインシステムを運用する上で、試行期間は本来もっと長めにとるべきです。本格運用開始を10月まで延期したことで、試行期間が6カ月取れることになりました。

田村厚生労働大臣が記者会見した3月26日、平井デジタル改革担当大臣も記者会見でこの件について触れ、「6カ月の間でいろいろな事態に対処できるようになる。今後、遅れを有効に使うことが重要だ。」と言った主旨の発言をしています。

起こった問題の解決だけでなく、今回の問題の根幹にある厚生労働省のシステム開発や管理のあり方についても、是非見直しを進めてもらいたいと思います。

厚生労働省のマイナンバーカードの健康保険証利用についてのサイトのなかで、医療機関や薬局向けのサイトでは、(図1)の資料のように4月に入って更新されています。一方、一般の利用者向けのサイトでは3月に更新されていますが、まだ延期を織り込んだ内容にはなっていないようです。

(図2)は、その一般の利用者向けのサイトで3月に更新された資料のなかのスケジュールが示されている資料です。

  • (図2) スケジュール 「マイナンバーカードの健康保険証利用が始まります~病院・歯科医院・薬局で利用可能~」(厚生労働省)より

3月下旬の本格運用開始を想定していたのでしょう。すでに利用が始まりましたとなっていますが、ここで確認したかったのは、マイナンバーカードの健康保険証利用により、10月を目処に「特定健診情報」や「薬剤情報」、「医療費通知情報」などの閲覧が可能になるスケジュールが組まれていたことです。

これらも延期になるのかどうか、厚生労働省のサイトを見る限り明らかではありませんが、これらの情報の閲覧においてミスは許されません。

マイナンバーカードの健康保険証利用の本格運用開始が10月まで延期されたことにより、厚生労働省でできるだけ多くの医療機関や薬局などに試行に参加するように促しているようです。これまでの試行期間で明らかになった課題を徹底して解決していくとともに、もともと10月以降に予定されていた「特定健診情報」や「薬剤情報」、「医療費通知情報」などの閲覧についても、試行期間を改めて設け、そこで出てきた問題を徹底して潰していくことで、10月の本格運用開始から、それほど遅れることなく、これらの情報の閲覧を可能にできるスケジュールが組めると、マイナンバーカードの健康保険証利用のメリットを、アピールできるようになるのではないでしょうか。

平井デジタル改革担当大臣が記者会見で述べたように、ここからの6カ月をシステム開発の面で効果的に使うとともに、マイナンバーカードの健康保険証利用についての広報においても、有効に使うことが大事なのではないでしょうか。そうした観点からみると、厚生労働省の一般の利用者向けのサイトマイナポータルでは、4月5日時点では、3月下旬運用開始のままの内容になっており、早めに改修して延期を有効に活かしていくことを盛り込んだ内容とすべきではないでしょうか。

マイナポイントでマイナンバーカードの申し込みが増加

一方、マイナンバーカードの申請件数および交付枚数はマイナポイントの効果もあり、このところ急激に伸びています。日本経済新聞では4月2日に「マイナンバーカード申請、半年で1.5倍に急増 ポイント還元が奏功」という記事を掲載しています。

総務省のホームページで確認できるマイナンバーカードの交付枚数は2021年3月1日時点が最新情報となりますが、この記事では、3月末時点での交付枚数が3,590万枚、普及率は28.2%、累計申請件数が4,945万件となっています。

前々回の連載でも、マイナンバーカードの交付枚数が増えていることを取り上げましたが、その時点の最新情報である2021年1月1日現在の数字は3,076万枚、普及率24.2%でしたので、それ以降、2月、3月と交付枚数が伸び、申請件数はより急激に伸びてきたことになります。

マイナポイントをもらうためには、3月末までマイナンバーカードを申請する必要があるため、駆け込みで申請件数が伸びたものと思われますが、その期限も(図3)にみる通り、4月末までさらに延期されました。

3月までの交付枚数や申請件数の伸びには、マイナンバーカードを持っていない人約8,000万人に送付したQRコード付きの申請書も効果があったと思われます。私の身の回りでも、この申請書が送られてきたことを契機に交付申請した人もいます。

3月までの勢いからすると、累計申請件数は確実に5,000万件を越え、数カ月後には交付枚数もその件数までは伸びますので、普及率40%台となることは確実と考えられます。

ただし、マイナポイントによるマイナンバーカードの交付枚数の伸びが、本来のマイマンバーカードの位置付け通りにマイナンバーカードが活用されることに繋がるかどうかは、現時点では見えていません。

先に取り上げた記者会見で平井デジタル改革担当大臣は、このマイナンバーカードの交付枚数の伸びに、マイナンバーカードの健康保険証利用の延期は影響しないとしています。ということは、今マイナンバーカードを申請している人たちは、マイナンバーカードを健康保険証利用のために申請しているのではなく、あくまでマイナポイント取得が目的だということになります。マイナポイントを取得してしまえば、マイナンバーカードはどこかにしまわれたまま、利用されないことも想定されます。

先の日本経済新聞の記事では、「首相は3月31日の衆院内閣委員会で、マイナンバー制度に関連する国費の支出がこれまでに8800億円に上ると説明した。費用対効果が『悪過ぎる』と語り、『国と地方のデジタル化を着実に進めたい』と強調した。」とあります。

この8,800億円の中には、マイナポイントに係る費用やQRコード付きの申請書の送付などが、かなりの割合を占めているのではないでしょうか。そして、費用対効果が「悪過ぎる」というのは、マイナポイントでマイナンバーカードの交付枚数が伸びても、マイナンバーカード本来の利用に繋がっていないことを意味しているのでしょうか。

費用対効果の費用として使われているお金は、国民の税金です。国民の側から見ても現状のマイナンバーカードについては、費用対効果が「悪過ぎる」と言えます。効果が見えないから、マイナンバーカードが普及しないという実態を作ったのは政府です。それが政府の施策であるマイナポイントで急速に普及する事態になって、お金がかかりすぎるというのも、今更な感があります。

この日本経済新聞の記事では、「カードは行政のデジタル化のインフラとなる。カードの利便性を高めるには複数の省庁に分かれるシステムの統合などを急ぐ必要がある。」という文章で締めくくっています。マイナンバーカードが「行政のデジタル化のインフラ」に、さらにはデジタル社会のインフラになるためには、国民にとって効果の見える施策がきちんと実現される必要があります。マイナンバーカードの健康保険証利用の延期は、確かに足元の申請件数の伸びには影響しないかもしれませんが、この先マイナポイントで申請しなかった国民へのマイナンバーカードの普及には影響を与える可能性があります。 マイナンバーカードの健康保険証利用の延期は、厚生労働省のシステム開発やシステム管理の問題を潰し切る良い機会だと思いますが、それなりの覚悟で取り組んでいかないと、マイナンバーカードが「行政のデジタル化のインフラ」に、さらにはデジタル社会のインフラとして機能する状況は見えてこないのではないでしょうか。

中尾 健一(なかおけんいち)
Mikatus(ミカタス)株式会社 最高顧問

1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。現在は、2019年10月25日に社名変更したMikatus株式会社の最高顧問として、マイナンバー制度やデジタル行政の動きにかかわりつつ、これらの中小企業に与える影響を解説する。