政府が進めているマイナポータルを使ったワンストップサービス、そのなかの法人設立については、昨年1月より法人設立後の手続きについてワンストップサービスが提供されてきました。

この法人設立ワンストップサービスが、今年2月26日より、法人設立時最初に行う定款認証や設立登記にも対応しました。

これにより、マイナポータルの法人設立ワンストップサービスは、法人設立時に必要なすべて手続きに対象が拡大されたことになります。

今回は、この法人設立ワンストップサービスについてみていきましょう。

法人設立ワンストップサービスとは

(図1)は、今年2月時点の「マイナンバー制度導入後のロードマップ(案)」です。

この「マイナンバー制度導入後のロードマップ(案)」では、昨年12月のところに、『「マイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤抜本改善ワーキンググループ」の報告が閣議決定』として、赤字で今後のマイナンバーに係る新たな施策が追加されているのが目を引きます。

一方、今回のテーマである法人設立ワンストップサービスについては、マイナポータルのスケジュールとして、昨年1月「法人設立登記後手続のワンストップ化」が、今年2月「法人設立全手続のワンストップ化」が掲載されています。

(図2)は、法人設立ワンストップサービスで手続きできる書類の一覧です。

(図2)の表では、今年2月26日からワンストップサービスに加わった法務省提出分の定款認証や設立登記などが赤字で記載されています。

昨年1月からの法人設立ワンストップサービスでは、(図2)の表の項番3以降の手続きがワンストップでできるというものでした。

中小企業庁が運営するJ-Net21サイトの「株式会社の設立手続き」により、一般的な株式会社設立の手順を整理すると以下のようになります。

  1. 発起人(会社設立までの手続きを進める人)の決定
  2. 基本事項(会社の目的、社名、事業内容、本店所在地、資本金の額、持株比率、役員構成、決算期など)の決定
  3. 定款の作成
  4. 定款の(公証人による)認証
  5. 会社の印章(代表者印(実印)や銀行印、角印など)を注文する
  6. 出資金の払い込み
  7. 登記申請
  8. 設立後の手続き
     (1) 年金事務所への書類提出
     (2) 税務署への書類提出
     (3) 都道府県税事務所・市町村への書類提出

J-Net21サイトの「株式会社の設立手続き」では、「設立後の手続き」として、厚生労働省関連では、年金事務所への提出書類にしか触れていませんが、(図2)にあるような労働保険関連の書類が必要な場合は労働基準監督署に、雇用保険関連の書類が必要な場合はハローワークにも提出することになります。

昨年1月からスタートした法人設立ワンストップサービスは、前記の「設立後の手続き」が対象でした。(図2)を見ると「設立後の手続き」(項番3以降の書類)だけでもたくさんの書類がありますので、これがワンストップになると便利なように感じますが、実際はすべての書類が必要なわけではありません。

初めて会社を設立する個人にとって、どの書類が提出不要なのか、また提出した方が良い書類なのか判断するのは難しいのではないでしょうか。

(図3)はマイナポータルの法人設立ワンストップサービスコーナーで行う法人設立手続の流れを説明したものです。

ここに書かれている通り、まずは「かんたん問診」で質問に答えていけば必要な手続きがリストアップされるようになっています。 (図4)は「かんたん問診」の一例です。

(図4)はほんの一例ですが、これだけでも分かるように、「かんたん問診」の内容は専門用語が解説もなく並んでいますので、法人の税務や社会保険などの制度について、ある程度学習しておかなければ理解できないと思われます。そのため、これらの「かんたん問診」の質問に答えられず、法人設立ワンストップサービスコーナーから離れてしまう人も多いのではないでしょうか。

また、法人設立ワンストップサービスを利用するには(図3)で説明されている通り、マイナンバーカードが必要になります。法人設立手続は法人の代表者となる方が個人として行うことになるので、作成した書類には代表者の方のマイナンバーカードで電子署名する必要があります。法人を設立しようとしたタイミングでマイナンバーカードを持っていなければ、すぐにこの法人設立ワンストップサービスを利用することはできません。

このような課題もあったからか、昨年1月から12月までに、この法人設立ワンストップサービスの利用件数は1,216件にとどまっています。この期間の法人設立件数は118,532件ですので、1%程度の利用率にとどまっています(利用件数、法人設立件数は今年2月26日の平井デジタル改革担当大臣の記者会見より)。

では、今年2月26日より、法人設立ワンストップサービスが法人設立時最初に行う定款認証や設立登記にも対応することで、こうした状況は改善されるのでしょうか。

法人設立ワンストップサービス 何が改善されるのか

今年2月26日より、前項に記載した「株式会社の設立手続き」のうち、「定款の認証」や「登記申請」が法人設立ワンストップサービスに加わることになります。このうち、「定款の認証」については、公証人との面談が必要とされることに変わりはありません。定款を電子で作成し、公証人とオンラインで面談することも可能ですが、法人設立ワンストップサービスを利用する前に公証人との面談で「定款の認証」が行われ、それを証明する「定款認証の嘱託」の書類を設立登記に関する書類と一緒に、法人設立ワンストップサービスで提出できるようになったということです。

マイナポータルの法人設立ワンストップサービスコーナーでは、設立登記から法人設立ワンストップサービスを利用する際の流れを(図5)のように説明しています。

法人設立に際して様々な事前準備が必要なことは、「株式会社の設立手続き」でも確認してきました。法人設立の事前準備として、法人の基本的事項の決定や定款の作成などが必要なことは分かりますが、公証人との面談による「定款の認証」がそのまま残ったことによって、設立登記申請と設立後に必要となる多数の申請がワンストップで行えることのメリットが削がれている感は否めません。この公証人制度については、平井デジタル改革担当大臣も先に取り上げた記者会見で言及しており、制度的な見直しも必要と考えている旨発言されているので、今後に期待したいと思います。

(図2)で取り上げたように、法人設立に際して必要となる全手続が法人設立ワンストップサービスでできるようになったことは、大きな改善のようにみえますが、本当にそうでしょうか。

法人設立の全手続がワンストップでできるようになったからといって、残念ながら、もっと仕組みが変わらなければ、昨年1年間で1%程度の利用しかなかった法人設立ワンストップサービスの利用率が劇的に改善するとは思えません。

「法人設立」でネット検索すると、税理士をはじめ士業の方々が「法人設立ワンストップサービス」をアピールする広告が多数表示されます。

法人を設立しようとする方は、事業に対する意欲はあっても、法人設立にあたって必要な手続についての知識が必ずしもあるとは限りません。そのため、自分自身は法人設立後の事業開始に向けて準備に集中するために、士業の方に依頼して手続を代行してもらう方が多いのではないでしょうか。

その際面倒なのは、(図2)で提出先が法務省となっている書類は司法書士、国税庁や都道府県/市区町村となっている書類は税理士、厚生労働省となっているのは社会保険労務士といったように、一つの士業で全部の書類の作成代行ができないことです。そこで、広告で「法人設立ワンストップサービス」をアピールしているところは、そこが窓口になって、司法書士・税理士・社会保険労務士と連携して、法人設立の手続を代行するサービスを提供しているようです。そして、税理士であれば税務に係る書類の作成を代行するだけでなくe-Tax(国税電子申告・納税システム)やeLTAX(地方税ポータルシステム)で代理送信できますので、提出まで完了することができます。司法書士にしても、社会保険労務士にしても、それぞれの手続きのために行政が用意したオンラインシステムで同様のことができます。

法人設立に際して、法人を設立しようとする方がこれらの士業の方に相談しながら、士業の方に任せるところは任せるといった現実に行われていることが、マイナポータルの法人設立ワンストップサービスではできません。

法人を設立しようとする方が、書類の作成から提出まで自分で行なっているのか、士業の方が代行しているのか、あらかじめ調べておき、士業の方も関わっていけるような仕組みを用意しておけば、ここまで低い利用率にはならなかったのではないでしょうか。平井デジタル改革担当大臣も記者会見のなかで、士業の役割についても言及され、API連携などにより士業の方の代理申請も可能にすると発言されていますので、こちらも今後の動きに注目していきたいと思います。

法人設立の全手続が法人設立ワンストップサービスの対象になったことは、今後の幅広い分野でワンストップサービスを進めていく上では、画期的なことと言えます。ただし、それだけでは、利用率が極めて低い現実を変えていくことにはなりません。難しい用語が並ぶ書類自体の改善や、士業の方がスムーズに関われる仕組みづくりが必要です。平井デジタル改革担当大臣は記者会見で「まだまだ利用者目線での改善が必要」といった旨の発言をされています。

今回取り上げた法人設立ワンストップサービスはもちろん、税・社会保険分野での企業が行う手続のワンストップサービスなども、利用者目線で改善されていくことに期待したいと思います。

中尾 健一(なかおけんいち)
Mikatus(ミカタス)株式会社 最高顧問

1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。現在は、2019年10月25日に社名変更したMikatus株式会社の最高顧問として、マイナンバー制度やデジタル行政の動きにかかわりつつ、これらの中小企業に与える影響を解説する。