艦艇と電測兵装(9)自衛隊護衛艦に見る民生品の航海用レーダーを使う利点

author=井上孝司

lead=当節の水上戦闘艦は一般的に、対空捜索レーダー(またはミサイル誘導などの機能を追加した多機能レーダー)と、対水上レーダーを備える。さらに、それらとは別に航海用レーダーを備えることもある。対水上レーダーも航海用レーダーも、基本的には水面上にいる艦船を捜索して、交戦したり衝突回避を図ったりするためのもの。

当節の水上戦闘艦は一般的に、対空捜索レーダー(またはミサイル誘導などの機能を追加した多機能レーダー)と、対水上レーダーを備える。さらに、それらとは別に航海用レーダーを備えることもある。対水上レーダーも航海用レーダーも、基本的には水面上にいる艦船を捜索して、交戦したり衝突回避を図ったりするためのもの。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照

「もがみ」型FFMの面白い構成

さて。海上自衛隊のFFM、いわゆる「もがみ」型護衛艦については前回に取り上げたが、このときにはNORA-50統合マストが主役だった。

そのNORA-50を載せた構造物には、NORA-50の基部より少し下に、敵味方識別装置(IFF : Identification Friend or Foe)送信機のリング型空中線を取り付けてある。さらに下がると、Xバンドの電波を使用するOPY-2多機能フェーズド・アレイ・レーダーのアンテナ・アレイ4面などが設けられている。これは、「あさひ」型護衛艦が装備する潜望鏡探知レーダーOPS-48の機能を統合したものだとされる。

それ以外で目立つのは、艦橋上部に設置してある細い横長のアンテナ。たまたま別件のお仕事の関係で調べてみたところ、これは古野電気製の民生用Sバンド・レーダーに似ている。

  • 「もがみ」型を前方から。四角いOPY-2のアンテナと、下方にあるアンテナ・ドームの中間に、横長の棒状アンテナが見える。これが問題の航海用レーダー 撮影:井上孝司

このレーダーは、OPY-2などを組み込んだ塔型構造物の前面下方に設置しているので、後方が死角になる。それをカバーするためであろうか、艦尾側に向けて、ヘリコプター格納庫の開口部・右舷側に張り出しを設けて、もう一回り小さなレーダーを据えている。こちらの外見は、古野電気製の民生用Xバンド・レーダーに似ている。

  • 「もがみ」型の上構後部。ヘリ格納庫の右舷側に、航海用レーダーのアンテナが載っている様子が分かる 撮影:井上孝司

「もがみ」型の特徴として、官側は要求性能だけを示して、それを実現するために何を使うかという機種選定は建造所に委ねた点がある。そこで建造所が選んできたのが、古野電気の民生用レーダーだったということのようだ。

実のところ、軍艦が軍用の対水上レーダーとは別に、民生品の航海用レーダーを載せている事例が案外とある。どちらも洋上の艦船を捜索するためのものだから、一見したところでは屋上屋を架すような話に見える。

民生用レーダーを使用することの利点

ところが、軍用のレーダーは身バレにつながる可能性を秘めている。なぜかといえば、どのクラスの艦がどんなレーダーを載せているかという話は基本的に公知のものだからだ。ジェーン海軍年鑑を見れば載っている。

すると、レーダーが出す電波を傍受・解析して電子情報(ELINT : Electronic Intelligence)を蓄積していれば、例えば「この電波はOPS-28が出す電波と似た特性を備えているから、電波の発信源は海上自衛隊の○○型護衛艦ではないか?」といった按配で「あたり」をつけられてしまう。

極めつけはAN/SPY-1シリーズで、これを作動させれば、電子情報収集機材を動作させている側では、一発で「イージス艦がいるな」と分かってしまう。

そうなると、平時、かつ仮想敵国ののぞき屋さんがいそうな場面では、軍用レーダーの使用を差し控えたくなるかもしれない。だからといってレーダーによる水上監視をまったく行わないのでは、衝突や異常接近のリスクがある。

そこで、民間の商船などでも広く使われている民生品の航海用レーダーを載せることの意味が出てくる。民生品ならさまざまなフネが同じタイプのレーダーを載せているから、その電波を傍受・解析しただけでは、相手が軍艦だか商船だか分からない。

  • 2023年9月に横須賀に現れた米海軍の無人船「レンジャー」は、マストに古野電気製の航海用レーダーを載せていた。もっとも、民間向けの船を買い入れて改造したものだから、当然といえば当然ではある 撮影:井上孝司

また、運用開始後の維持管理・補修整備にも利点がある。民間の船舶と同じレーダーで、しかもそれが海外でも広く使われているものであれば、それに合わせたアフターサービスの体制がある。すると、故障発生時の対応やスペアパーツの確保が迅速になる。陸の上で、世界各地でトヨタのランドクルーザーが重宝されているのと同じ理由だ。

もしも、これが自国メーカー製、かつ自国だけで使用している軍用の製品だと、例えば海外派遣中に故障が起きたときの対処が大変になる可能性が懸念される。

対水上用でなければ使えそうにない手

ただし、「民生品を活用する」手が使えるのは、航海用レーダーだから、でもある。民間の船舶では対空捜索のニーズがないから、当然ながら「民間の船舶に搭載するための対空捜索レーダー」なんていうものは存在しないだろう。探知するニーズがあるのは海鳥ぐらいのものだ。

だから、艦載対空レーダーについては、軍用品を使用するしかない。もっとも、多くのカスタマーを得ているレーダーであれば、多少のごまかしは効くかもしれない。例えば、タレスのSMART-Sシリーズは搭載事例が多い。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第3弾『無人兵器』が刊行された。