石をぶつける人々

お笑いコンビ「キングコング」の西野亮廣(あきひろ)さんが、人気放送作家鈴木おさむさんの著作『芸人交換日記』を「ちっとも面白くない」とツイッターで批判しました。これに怒ったのが鈴木おさむさんの妻、お笑いトリオ「森三中」の大島美幸さん。テレビ番組のなかで「おまえな、ぜんぜん面白くねーんだよ!」と攻撃します。つまらないものをつまらないとは正当な表現活動です。また、批判への批判があるのも健全な姿です。しかし、「ナインティナイン」の矢部浩之さんがラジオ番組で語った舞台裏は残念です。

西野さんが後輩達と酒を飲みにいったさい、『芸人交換日記』の話題となったようです。途中トイレに立ち、戻ってくると「つぶやいてました」と一同に伝えます。周囲がツイッターを調べてみると件の発言です。芸歴の上下にうるさい所属事務所でひとつ上にあたる大島美幸さんの旦那、というより人気放送作家の著作すら批判できるという、後輩への自己顕示欲の発露で、酒席の話題を独占したいという気持ちからなのでしょう。誰でも批判することを反骨精神や公平性と錯覚しているのかも知れません。その後、すぐ鈴木さんに謝罪文を送ったところを見ると、表現としての批判ではないことだけはあきらかです。

なんとかに刃物とライター

インターネットは、すでにテレビを凌駕する情報発信能力を手に入れましたが、信頼度についてはそれほど高まっていない、というより「ソーシャルメディア」の普及が玉石混淆における「石ころ」の含有率を高めています。そして「石ころ」を人にめがけて投げつけたのが、先の西野さんの発言です。誰でも情報発信できるようになったことを、市民革命と持ち上げるウェブ業界ですが、なんとかに刃物となっている事実には頑なにクチを閉ざします。ソーシャルメディアとは留守番をさせる幼児に100円ライターを手渡して遊ばせるようなもの。それが証拠に、毎日まいにち、ネットのどこかが炎上中です。

カメラ内蔵パソコンをもっていれば「生配信」ができる時代となりました。人材派遣会社を営むU社長は、これが広報活動に使えるのではないかとひらめき、社員数名によるプロジェクトチームを立ち上げます。派遣切りが社会問題となり、中長期を見越した新事業の開拓という狙いです。

10億の次は20億円

どこにでもでかけ「配信」するノウハウを確立すれば、ネット配信を希望する企業に「人材派遣」できると考えたからです。つまり、人材ビジネスの「新しいマーケット」を創造しようとしたのです。この発想は0.2ではなく「2.0」。経営者はかくありたいと唸りますが、問題は運営にありました。

社員をリポーターとして各所に派遣し「生配信」をはじめます。「編集」できる録画とちがい、「生」なら垂れ流し。しかも放送終わりが就業時間となるのでビジネスプランも立てやすいという理由です。珍しさからか徐々に人気が高まります。すると悪魔が耳元で囁き始めます。

「もっと人気が欲しい」

アクセス数が増え始めると「もっともっと」と欲が出るものです。アスキーを史上最年少で上場させた(当時)西和彦さんは、巨万の富を得たときの当時の心境を、テレビ番組でこう語っていました。

「10億稼ぐと、つぎは20億と考える」

数字はうろ覚えですが、成功がより貪欲にさせるということです。ネットの住民の声に従うウチにU社長の「生配信」は過激になります。

男を上げた鈴木おさむ

そのままを配信することを使命=将来のビジネスモデルとしており、寄せられたコメントやメールをそのまま社員が代読して配信します。あるレストランについての批判というか中傷メールをそのまま放送した翌日です。レストランの広報担当からクレームがはいります。一方的な立場からの発言は、名誉棄損であり営業妨害にあたるというものです。社員は即座に「生の声だ」とリツイートします。

中傷メールの主が、己の表現として発言したのならまだしも、それを代読により拡散させることに公益性は見つかりません。先週も触れましたが、名誉棄損は事実の有無を問わないのです。当初、U社長は強気でした。しかし、レストラン側も負けじとツイッターで反論し、やり取りを面白がったネットの住民が拡散し「炎上」します。そして事情を知った知人から、U社長は名誉棄損(権利侵害)の可能性について指摘されどうやら分が悪いと知ります。慌てて同サービスの中止を発表しました。ようやくビジネスとしての軌道に乗りかけた矢先の「生配信0.2」です。「私的」なイメージの強いソーシャルメディアですが、「私的」だからと法律が見逃してくれることはありません。

冒頭に紹介した西野さんの発言は「都合よく乗っかる芸人はもっと面白くない」と続きます。この発言に鈴木おさむさんはこうリツイートします。

僕の書いた物をいくら批判していただいてもいいですが、「都合よくのっかる芸人」って誰のことを言ってるんですかね?この言い方は、正直悲しいです、、、
(鈴木おさむ氏ツイッターより)

同作品は舞台化され『オードリー』の若林正恭さんが出演しました。朗読劇になったときは多くの有名芸人が参加し、芸人としては大先輩の『ウッチャンナンチャン』の内村光良さん監督で映画化もされました。つまり鈴木さんの悲しみとは、関わってくれた全ての芸人への配慮を指します。ここに人間的な大きさを見つけるのですが、するとこの騒動が注目されればされるほど、旦那の男は上がります。嫁の大島美幸さんの西野さんへの怒りをまき散らす姿に「やらせ疑惑」が生まれるのは致し方ありません。

エンタープライズ1.0への箴言


「石ころでもぶつかれば怪我する。権利侵害には慎重に」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」