人と働くロボットには「止まる」だけではない安全性が必要
ゲストスピーカーとして登壇したルネサス エレクトロニクスのHead of Physical AIであるBrad Rex氏は、フィジカルAIとヒューマノイドロボットに求められる安全性について説明した。
同氏は、新幹線が1964年の開業当初から安全をシステムへ組み込み、利用者が安全性を意識せずに利用できるほどの信頼を獲得してきたことを例に挙げ、ヒューマノイドロボットについても、安全性は後から追加される機能ではなく、半導体やパッケージを選定する段階からアーキテクチャへ組み込む必要があるとした。
日本は世界の産業用ロボット生産の38%を担い、製造業の従業員1万人当たり446台のロボットが稼働するロボット大国の1つだが、その一方で2040年には1100万人を超える労働力不足が見込まれており、今後は柵で隔離された産業用ロボットだけでなく、人間の隣で働く協働ロボットの普及が求められる。
フィジカルAIのシステムは、頭脳、安全、関節、手、センサ、電源という6つのサブシステムで構成され、頭脳では認識、計画、推論を実行する高性能SoCとNPU、安全ではAIが故障した際に機械を安全な状態へ移行させる独立したコントローラが必要となると同氏は説明する。
関節には20~50個のアクチュエータが搭載され、それぞれで電力、位置、温度を閉ループ制御する必要がある。手には力覚や滑りを検知するセンサと高密度な信号処理回路、全身にはカメラ、LiDAR、IMU、エンコーダ、トルクセンサ、触覚センサが必要となる。バッテリー駆動時間を延ばすため、電力管理やDC-DC変換、熱設計も重要になる。
これら6つのサブシステムを、AIツールチェーン、機能安全ライブラリ、モーター制御、センサフュージョン、電力制御アルゴリズムなどのソフトウェアで統合する。
「Sense、Decide、Act」だけでは守れない「安全」
現在のロボット開発では、センサで周囲を認識する「Sense」、AIで行動を判断する「Decide」、モーターを制御する「Act」に注目が集まっている。
しかし、人間の隣で動くロボットを実用化するためには、異常時に人間を保護する「Guard」と、故障時にも安全な状態を維持する「Fail」が必要になる。
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人と協働するロボットに必要な5つの機能。認識する「Sense」、判断する「Decide」、動作する「Act」に加え、独立した安全制御を担う「Guard」と、故障時に縮退動作へ移行する「Fail」が安全性の鍵になる (提供:ルネサス エレクトロニクス)
従来の産業用ロボットでは、故障時に電力を遮断して動作を停止させれば安全を確保できる場合が多かった。一方、二足歩行のヒューマノイドロボットは、モーターの制御によって姿勢を維持しているため、電力を遮断すること自体が転倒につながり、近くにいる人へ危害を加える可能性がある。
このため、故障時に単純に電力を切るのではなく、姿勢を保持するための最低限の電力を残す、動作性能を制限した縮退モードへ移行する、安全な方向へ倒れるよう制御するといった仕組みが求められるとする。
Rex氏は、「Sense、Decide、Actでは多くの企業が競争しているが、ロボットが本当に安全かどうかを決めるのはGuardとFailだ」と指摘。安全性を製品完成後に追加するのではなく、設計初期から半導体、ソフトウェア、システムへ組み込む必要があると強調した。
R-Car X5Hをロボットの頭脳に活用
ルネサスは、車載分野で培ったリアルタイム演算、機能安全、モーター制御、位置検出、電源管理などの技術を、フィジカルAIとヒューマノイドロボットへ展開することで、そうした課題に対応しようとしている。
その中核候補として位置付けるのが、車載半導体である第5世代R-CarのハイエンドSoC「R-Car X5H」となる。TSMCの車載向け3nmプロセス「N3A」を採用し、32個のArm Cortex-A720AEアプリケーションコアと、ロックステップ動作に対応する6個のCortex-R52コアを搭載する。
最大400TOPSのAI演算性能と最大4TFLOPS相当のGPU性能を備え、ハードウェアによる処理の分離とASIL Dへの対応を可能とする。UCIeにも対応し、外部のNPUをチップレットとして追加することで、AI性能を3~4倍へ拡張する構成も想定している。
N3Aの採用により、5nmプロセスを用いた設計と比べて消費電力を30~35%削減できるほか、AEC-Q100 Grade 1に対応する車載グレードの信頼性を実現する。
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ヒューマノイドロボットの頭脳として想定するR-Car X5HとTSMC N3Aの位置付け。R-Car X5Hは最大400TOPSのAI性能と最大4TFLOPSのGPU性能、ASIL D対応を掲げ、TSMC N3AはAEC-Q100 Grade 1の信頼性と5nm設計比で30~35%の消費電力削減を可能にするという (提供:ルネサス エレクトロニクス)
ロボットでは、半導体の消費電力を削減すれば、その分のバッテリーを関節や移動のためのモーターへ回すことができる。また、アプリケーション処理と安全制御を1つのSoCへ集積することで、ロボット内部の基板面積や配線、消費電力を削減できる。
安全規格の策定前から半導体を準備
産業用ロボットの安全規格としては「ISO 10218:2025」があるほか、ヒューマノイドロボットを対象とする「ISO 25785-1」も2028年の発行を目指して策定が進められている。
半導体の設計から製品化までには長い期間を要するため、安全規格の確定を待ってから半導体の開発を始めると、市場投入が遅れる可能性がある。ルネサスは、規格策定の動向を踏まえて必要となる演算性能や独立した安全機構をあらかじめハードウェアへ組み込み、規格確定後の認証取得を円滑にすることが重要だと説明する。
フィジカルAI向けの半導体エコシステムには、チップレットを追加できる設計およびパッケージング環境、認証機関が利用できるプロセスの信頼性データ、車載分野と同様の長期供給体制も求められる。
同氏は、「労働力不足の解決」、「安全性の確保」、「プロセス・シリコン・IP・EDA・パッケージの協調」という3点をOIPコミュニティが取り組むべき課題として提示。人々が新幹線と同じように、安全性を意識することなく信頼できるロボットを実現することが目標になると語った。
AI時代はシリコンからシステム全体の協調設計へ
今回の基調講演では、AI時代の半導体開発が、プロセスの微細化だけでは完結しないことが改めて示された。
AIデータセンターでは、先端プロセス、HBM、CoWoS、3D積層、光インターコネクト、電源、冷却までを一体で最適化する必要がある。フィジカルAIでは、AI演算に加え、センサ、モーター、電源、安全制御をシステムとして組み合わせることが求められる。
同時に、設計対象が複雑になるほど、人間だけで設計条件を探索し、検証を繰り返すことが難しくなる。TSMCはPDKにADKを加え、エージェント型AIが設計、解析、修正を繰り返す環境を整備することで、設計生産性の向上を図ることを目指す。
AIを動かす半導体をAIで設計し、先端プロセス、先端パッケージング、メモリ、光接続、安全技術をOIPパートナーと協調して統合する。AIのスケーリングを支える競争の中心は、個別のチップ性能から、エコシステム全体によるシステム設計へと広がりつつある。
