Google Cloudは10月29日~30日、「Agentic AI Summit '26 Fall」を開催した。本稿では29日に行われたセッション「コンテンツ制作の判断を支える『ミカタッチAI』 AIエージェントで変わるテレビ局の意思決定」の内容をお届けする。登壇は、日本テレビ放送網 経営戦略局 R&D ラボ 主任の瀧本恭佑氏。

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    日本テレビ放送網 経営戦略局 R&D ラボ 主任 瀧本恭佑氏

番組の振り返り・分析に立ちはだかる3つの課題

瀧本氏はまず、テレビ局における番組制作の流れを説明した。制作は企画・仕込みから始まり、ロケ・収録、編集、放送と続く。そして放送後、振り返り・分析が行われる。

振り返り・分析を行うのは番組プロデューサー、編成担当者、マーケティング担当者だ。放送ごとに視聴率の結果や裏番組のプログラム、CMの位置などを細かく分析し、改善しているという。

番組制作業務全体に目を向けると、「PDCAのPにあたるのは新規番組開発・改編、Dが日々の編成・制作、Cが評価分析、Aが改善アクション」だと同氏は話す。

だが、ここに3つの課題があった。1つ目は数字の要因が見えにくいことだ。視聴率という明確な数字があるがゆえに、かえってその良し悪しだけの印象が強く、正しい要因分析が難しい。

2つ目は打ち手が保守化しがちなことだ。既定路線や経験則に頼りやすく、思い切った改善をしづらいことも往々にしてあるそうだ。

3つ目は分析対象が限定的なことだ。専門部門のリソースに限りがあることもあり、分析対象となるのはゴールデンプライム帯に放送される番組など、一部に限られる。

部分最適の分析ではPDCAサイクルの改善速度が上がらないと考えた瀧本氏らは、「全社員が同じデータを見て、改善アクションを議論できる状態」をゴールに設定。分析・振り返りのプロセスをデータとAIで“再現できる判断”に進化させる取り組みをスタートした。

4つのAIエージェントが協働する「ミカタッチAI」とは

こうして誕生したのがAIエージェント「ミカタッチAI」である。コンセプトは「データの『見方』をわかりやすくして、私たちの仕事の『味方』になる」だ。瀧本氏は「数値の集計を自動化するツールではなく、意思決定を支援するツールを目指している」と述べたうえで、そのネーミングについても言及した。

「ツールの名前はあなどれません。音の響きやロゴ、フォントにもこだわってつくりました。誰もがイメージをつかみやすいコンセプトを名前に組み込むことで、ミカタッチAIの利用が広まっていくにつれ、AIが身近になっていってほしいという狙いを込めて、ネーミングしました」(瀧本氏)

ミカタッチAIは、放送翌営業日に自動で数値を分析する「OA分析AIエージェント」、チャット形式でAIに質問できる「深掘り分析AIエージェント」、中長期的な観点で意思決定をサポートする「戦略エージェント」、演出の知見を学び、企画案を生成する「企画リサーチAIエージェント」の4つから成る。この4つをつなげ、サイクルを回すことが「全体的な構造化につながっていく」(瀧本氏)のだ。

OA分析AIエージェントではダッシュボードで、AIによる分析コメント、人(マーケティング部門)の分析、定量数値結果をまとめて見られる。工夫した点として同氏は、マーケティング部門の分析結果を蓄積し、「型」と「視点」を抽出、言語化した点を挙げた。また、「(番組で取り上げたのが)和菓子だから、高齢者が好きだろう」というような“想像”を入れないよう、調整したことも明かした。

現在、OA分析AIエージェントは年間6,800本以上の番組について、人が行えば1万3,000時間以上かかる分析を短時間で実施しているそうだ。

瀧本氏は、深掘り分析AIエージェントについても詳述した。これはチャット形式で、ユーザーの気になる点に踏み込んで分析ができるツールだ。「視聴率を教えて」といった質問だけでなく、他局からの流入が多かった企画や、特定の出演者の傾向を調べることもできる。

「チャット形式にすることで、考えるプロセスが日々のワークフローに取り込まれれば、人の効果を最大化できるのではないかと考えています」(瀧本氏)

ミカタッチAIは全社員・スタッフに展開され、「分析に対する精神的ハードルが下がった」「担当者に左右されにくいレベルの会話ができるようになった」といった声が集まっているそうだ。

同氏はミカタッチAIのもたらした効果を「仮説検証の数と速さを増やすことで、意思決定の精度を高められる」とまとめた。

ほぼ毎週アップデートする理由は?

瀧本氏はミカタッチAI開発の体制や技術面についても言及した。開発は同氏が所属する経営戦略局が音頭を取り、全社横断プロジェクトとして推進された。重視したのはアジャイル型で、できるだけ速やかにリリースをすることである。

「ユーザーそれぞれに当事者意識を持ってもらうことが大切です。そのためには、ユーザーから見て“打てば響く”プロジェクトであることが大事だと考えています。結果的に今はほぼ毎週、(ユーザーからの声を反映した)アップデートを実施しています」(瀧本氏)

技術面についてまず重視したのは数字を間違わないことだ。視聴率は0.1%のレベルで競われており、AIの計算間違いは許されない。そのため、ミカタッチAIの初版では、番組ごとに数値レポートを作成し、「Geminiエージェント」と「BigQuery」を組み合わせ、LLMで処理する形式を採っていた。しかし、この方法では柔軟な集計がしづらく、期間や切り口といった横断的な分析にも弱かったという。

そこで改善版では、推論エージェントとしての「Agent Runtime」、データエージェントとしての「Conversational Analytics API」、データマートとしての「BigQuery」の3層構造とした。これにより、「コストが削減でき、速度と回答精度が向上した」(瀧本氏)そうだ。

AIエージェント導入で、人が考える機会が増えた

瀧本氏は最後に、このプロジェクトから見えてきた4つの意義をまとめた。

1つ目は「自社ならではのデータへの“意味”付け」だ。どのデータをどうアウトプットするかは、会社や部署によって大きく異なる。自社ならではの意味付けを行うからこそ、意義のあるデータにすることができるのだ。

「単純なダッシュボードとAIの違いは、この意味付けができるところです」(瀧本氏)

2つ目は「業務の言語化を経た棚卸」ができた点だ。業務における暗黙知を形式知化、言語化できると、AI化の可能性が見えてくる。仮にAI化が難しい場合も、「言語化する段階で、業務自体の棚卸ができたこともメリットだった」と同氏は振り返った。

3つ目は「ニーズの検証」である。AI技術の進化は急速だ。瀧本氏自身、「どこまで自社開発すべきか悩むこともある」と言う。その判断をするためにも、先んじてニーズを検証しておくことが重要なのだ。ニーズを把握しておけば、新たな技術が登場した際に、すぐに導入し、広げていくことができる。

4つ目は「高度化」だ。AIが仕事のパートナーとなったことで、これまでは見られていなかったことも見えるようになった。つまり、議論や検討すべき項目が増えたことになる。

「ミカタッチAIの導入後、人間が考えたり、検討したりすることが増えたような気がしています。考える負荷が増えるということは、仕事の質が上がっていくということなのではないでしょうか」(瀧本氏)