• 遷移が始まる直前の壁面近傍に現れた、約45度傾いた周期的な流れ構造。波長は境界層厚さの0.35〜0.55倍 (出所:東北大ニュースリリースPDF)

    遷移が始まる直前の壁面近傍に現れた、約45度傾いた周期的な流れ構造。波長は境界層厚さの0.35〜0.55倍 (出所:東北大ニュースリリースPDF)

高速移動する自動車や航空機などの表面を空気が流れる際、前方では「層流」としてスムーズに流れるが、途中から摩擦抵抗が増大する「乱流」へと遷移する。この遷移を遅らせられれば低燃費化につながるが、遷移直前の壁(表面)近傍で生じる微細な流れの構造については未解明の部分が多かった。

東北大学は、高解像度直接数値計算を用いて、壁から境界層の厚さの14.3%以内というきわめて近傍の領域に、微細ながら秩序のある「コヒーレント構造」が現れることを発見したと、10月22日に発表している。

その波長は境界層の厚さの0.35〜0.55倍で、同じレイノルズ数における遷移過程で従来報告されていた構造よりも小さく、スパン方向の速度変動が約45度に傾く特徴を持つ。また、線形安定性解析から、層流境界層内で自発的に成長し、流れ方向に伝わる二次元的な「トルミーン・シュリヒティング波」の不安定性では説明できないことも示された。

同成果は、東北大 流体科学研究所の焼野藍子准教授によるもの。詳細は、流体力学分野の専門論文誌「European Journal of Mechanics - B/Fluids」に掲載された。

乱流はどのように始まるのか?

焼野准教授は過去の研究で、微小な凹凸を面全体に不規則に分布させた表面「DMR」が乱流への遷移を遅らせ、摩擦抵抗を低減し得ることを、流れを支配する「ナビエ・ストークス方程式」を解く直接数値計算で示していた。また、風洞実験での層流翼形状を基にした軸対称流線型模型において、最大約43.6%の全抵抗低減を実証していた。

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しかし、遷移直前の壁のごく近傍の状況は不明な点が多い。特に、境界層の厚さより遥かに小スケールの運動は、計算格子の解像度や可視化のしきい値の制約から見落とされやすいことが課題となっていた。

そこで焼野准教授は今回、平板上の境界層を対象に、三次元圧縮性ナビエ・ストークス方程式の直接数値計算を実施することにした。

今回の研究成果

入口境界層の厚さに基づくレイノルズ数は2857、マッハ数は0.1・0.2・0.3の3種類で、空間微分には6次精度コンパクト差分スキームを用い、解像度の異なる2種類の計算格子で同一条件の計算が行われた。また、風洞実験の壁面の粗さや格子乱流に相当する擾乱として、上流域にランダムな体積力が与えられた。その結果、遷移直前の壁のごく近傍に、秩序ある流れの構造が繰り返し現れることが確認された。

流れ中の2地点の変動の連動性を示す「二点空間相関」を調べたところ、約45度傾いたX字型のパターンが統計的に現れることが確認された。壁のごく近傍では、負の圧力変動と負の流れ方向の速度変動が局所的に重なる。また、流れ方向にこの低圧域を通過するにつれ、壁の垂直方向の速度が下向きから上向きへと反転する。これは渦による汲み上げに酷似した、圧力と速度の結合を示すものだ。

この構造のスケールと向きは、格子の解像度やマッハ数を変えても、また、上流の擾乱を壁面近傍に与えた場合と境界層外の周囲の流れに与えた場合でも変化しなかった。さらに、擾乱を与えない層流計算の数値的な雑音レベルは、この構造の振幅の1万分の1以下だった。これらの結果は、この構造が数値計算誤差由来ではなく、真の物理的応答であることを支持するものだ。

  • 2点空間相関に現れた45度傾いたX字型のパターン。構造の向きが統計的に確認される (出所:東北大ニュースリリースPDF)

    2点空間相関に現れた45度傾いたX字型のパターン。構造の向きが統計的に確認される (出所:東北大ニュースリリースPDF)

なお、今回の構造は既知の構造と類似しているものの、1〜2桁小さい波長を持ち、まだ層流に近い遷移前の境界層に現れる点に違いがある。今回の構造の波長を壁単位に換算すると約56〜89となり、乱流境界層で流れ方向に細長く伸びる「ストリーク」構造の間隔(約100)と同じオーダーになる。ただし、今回の構造は層流近傍の境界層に現れ、摩擦速度が乱流時より遥かに小さいため、壁単位での単純な比較には注意が必要だとしている。

重要なのは、境界層の厚さで規格化したスケールで比較すると、既知のどの遷移構造とも合致しない点にあるという。また、今回の構造は流れ中に現れる現象であり、DMRなどの表面形状そのものではないため、直接対応づけられる段階には至っていないとした。

さらに、壁面近傍(境界層厚さの11.4%以内)の変動を数値的なフィルタで抑制すると、下流に発達する乱流渦の活動が境界層全体にわたって弱まった。この結果は、遷移過程が壁のごく近傍の薄い層の変動に敏感であることを示している。

構造の起源についての非モーダル過渡成長の解析が行われ、短い時間スケールで最も成長しやすいモードの波長(流れ方向0.571、スパン方向0.457)が直接数値計算の観測値とおおむね一致することが示された。ただし、成長率は約1.6倍と控えめであり、線形理論だけでは十分に説明できない。そのため、生成メカニズムの特定は今後の課題とした。

  • 壁面近傍の変動を数値フィルタで抑制した場合(上)としない場合(下)の、渦構造の比較。壁面近傍(境界層厚さの11.4%以内)の変動を数値フィルタで抑制すると、下流の乱流渦の発達が弱まる (出所:東北大ニュースリリースPDF)

    壁面近傍の変動を数値フィルタで抑制した場合(上)としない場合(下)の、渦構造の比較。壁面近傍(境界層厚さの11.4%以内)の変動を数値フィルタで抑制すると、下流の乱流渦の発達が弱まる (出所:東北大ニュースリリースPDF)

今回の構造は、上流からの擾乱を与え続けないと減衰することが確認されており、現時点では自律的に成長する不安定性ではなく、外部擾乱に対する境界層の応答(受容性)として理解されるという。実際の飛行や走行においては、大気の乱れや表面の粗さによる擾乱が常に存在するため、この条件はむしろ現実の流れに近いものと考えられる。しかし、構造が最も強く現れる境界層の厚さの数%という壁面近傍で、主流速度の0.05%程度の変動を計測することは現在の技術では困難であり、今後は計測手法の開発にも取り組んでいくとした。

制御への応用としては、仮に壁からの境界層の厚さの約1割までの層の変動が遷移の進行に寄与しているのなら、その層を狙った表面処理は、少ない介入で大きな効果を得るための設計指針になり得るとしている。

また今回の成果は、DMRによる抵抗低減の機構を説明するものではないという。直接数値計算で最も遷移遅延効果が高かった突起の設置間隔は境界層の厚さと同程度であり、今回の構造の波長の2〜3倍にあたる。実験で効果が示されたDMRコーティングの間隔は、さらに小規模だった。従って、突起間隔と構造の波長の単純共鳴説は成立しないとした。両者の関係性は未知数であり、焼野准教授は今後、DMRの形状と分布を系統的に変えた直接数値計算により検討する予定としている。