
力強い経済成長と他者を思いやる共助の精神を併せ持つ「共助成長社会」をキーワードに掲げる。今年1月1日付で代表幹事に就任した山口氏は日本IBMでエンジニアから出発し、経営企画、そして日本法人社長、更には米IBM本社の経営執行委員などを務め、”地球的視点”で物事を考える姿勢を養った。経団連、日本商工会議所と共に、経済三団体の1つである経済同友会の舵取りをどう行うか。
経済同友会の持つ強さ
─ 経済同友会は終戦翌年の1946年に発足し、今年で80周年を迎えました。そういった節目での代表幹事就任の抱負から聞かせてください。
山口 2026年1月1日付で代表幹事に就いたのですが、就任して改めて分かったことは「社会から多くの期待をお寄せいただいている組織であり、志を同じくする経営者の皆様に支えられている」ということです。
政府の方々をはじめ、官僚や海外の経済団体トップなど、一企業経営者としては、なかなかお会いできないような皆さんとお目にかかることができますし、そういった方々から直接、様々なことを教えていただけます。
改めてこのネットワークの強さ、広がりを感じました。今まで自分が接してきた世界とは違う、途方もない世界に自分が突入したような感覚を覚えました。
もう1つは会員組織についてです。現在、経済同友会には1800名を超えるメンバーがいます。企業の経営者だけでなく、大学の学長、NPO代表などもいる。
また年齢で見ても、若い方から長く経験を積まれた方まで幅広い世代がメンバーになっており、皆さんが個人の立場から、経済成長や共助の精神に基づいた活動を通じて、日本社会をより良くしていこうと本気で考えてくれています。そういう人たちが集まっているのです。
もちろん、中には現業が忙しくて同友会の活動に時間を割けない方もいるでしょう。しかしながら、同じ志を持って皆で議論していくことが、こんなにも楽しいものなのだという感覚は会員の間で共有されているように感じます。
また同時に、同友会は皆が手弁当で、志ひとつをよりどころに集まっている。それを率いる代表幹事は非常に大きな役割であり、重責を担っているのだと気を引き締めているところです。
─ 同友会は他の経済団体とは違って、それだけ多様なメンバーがそろっていると。
山口 そうですね。そこが他の経済団体と同友会の違いだと思います。個人の資格でメンバーになっていますから、各業界の代表組織でも労働者の代表組織でもありません。
皆が個人として〝日本株式会社〟を良くしようという考え方の下で集まっているのです。政治の世界で言えば、与党でも野党でもないと。その立ち位置は強いと感じます。
─ 独自の立ち位置で政策提言ができるわけですね。
山口 ええ。だからこのチームは奥深く、そして強いと感じます。拘束力がないのに、自らの意思で集まっているわけですから。メンバーの皆さんは何か報酬を目的として同友会活動をしているわけではありませんし、組織上の命令によってつながっているわけでもありません。
そういうメンバーたちがネットワークや相互研鑽を通じて結束力を強めているのです。
─ それだけ潜在可能性を引っ張り出せる団体でもあると言えるかもしれませんね。
山口 その通りです。ただ、会員だけではありません。同友会には事務局があります。事務局で働く職員も約90名います。政策調査業務で提言活動を支える者だけでなく、さまざまな実践活動の実務を担ったり、総務や人事、IT部門で働く者もいる。
この事務局職員も含めて、経済同友会は成り立っているわけです。こういった人たちと”共感と志”でつながっているところが、他にはない同友会の強みなのです。
幸せを感じる社会の実現へ
─ その強さを活かしながら山口さんは力強い経済成長と他者を思いやる共助の精神を併せ持つ「共助成長社会」というキーワードを発信していますね。
山口 常に申し上げているのは、やはり私たちは、一人ひとりが幸せを感じられる社会をつくっていきたいのだということです。
では、それはどのような社会なのかというと、一人ひとりが社会の中で、企業の中で、あるいは家庭の中で自分の居場所を感じることができる社会であり、そこに自分の役割があり、かつ活躍できる舞台があるということなのです。
その舞台が大きいか小さいかは問題ではありません。それを感じられることが重要だと思うのです。そのために何をしなければいけないのか。経済成長は絶対に必要だと思います。しかし、経済成長だけで一人ひとりが幸せや居場所を感じて活躍できる舞台が生まれるかというと、そんなことはありません。
つまり、経済成長は必要条件であり、十分条件ではないということです。幸せな社会をつくるためには、経済成長に加えてお互いを助け合うという共助の考え方も必要になります。
経済成長を一人ひとりの幸せにつなげていくことで、私たちが目指す共助成長社会が実現できると考えています。
─ 一人ひとりが幸せを感じて居場所と舞台がある社会をつくり上げたいと?
山口 そうです。ですから、共助の実践活動も進めてきました。もちろん、政策提言として税や社会保障のあるべき姿や、経済成長を実現するための方策も検討しています。
新年度の活動を始めて6カ月ほどが経過しましたが、会員の皆様や事務局の方々に支えていただき、私自身もようやく全体像がおぼろげながら見えてきたところであり、理解を深めるべきことはまだ多いと感じています。
「地球株式会社」の発想で
─ 翻って、世界全体を見ると、戦争が続いてインフレという厳しい局面に入ってきました。現状認識と今後の日本の立ち位置を聞かせてください。
山口 現状認識から言いますと、とても悲しい世界になってきたと感じます。私は経営者なので企業活動に例えると、地球株式会社という会社があって、社内に日本事業部やアメリカ事業部、ロシア事業部があったと捉えてみましょう。
本来、その地球株式会社の理念とゴールに向かって、各事業部の社員全員が協力し、成長していこうと頑張っていくわけです。
ところが今はその地球株式会社という企業そのものがなくなって、突然、日本株式会社やアメリカ株式会社、ロシア株式会社が生まれてきてしまった。そんな感覚を覚えてしまいます。そして結果的に、自分のいる場所だけが良くなればいいという、少々自分勝手な構造になってしまっています。
そうなると、企業は絶対に成長することができません。それは同時に、地球が良い形で成長しないということにもなります。私はこのことを非常に憂慮しています。
ここは世界中のリーダーを含めて、皆がもう一度、地球株式会社の社長として全体を見据え、中長期的な視点に立って行動しなければなりません。自分のことだけ、自分たちの事業のことだけを考えていてはいけないのです。そうしないと、世界が良い方向に進みません。
─ 経済、政治、外交にもつながっていきますよね。
山口 はい。世界各国の関係があまりうまくいっていないという国際情勢の中で、日本はどうすべきなのか。私は日本が決して自分勝手な行動をすべきではないと思っています。
日本さえよければという利己的な行動を起こすべきではないと。たとえ、世の中の他の『事業部』が自分勝手な行動をとったとしても、日本事業部は常に全体のことを考えて行動する国でありたいし、日本人はそういうリーダーであってほしいと思います。
─ EU(欧州連合)やASEAN(東南アジア諸国連合)、豪州など価値観が比較的同じ国・地域もあります。そういった国との連携も必要になりますね。
山口 そうですね。同友会はASEANとも共同でビジネスセッションを行ってきましたし、各国の大臣や大使なども同友会によくお越しになります。
9月には欧州ミッションがあり、フランス、ベルギー、英国を回り、現地の経済界と対話しました。他にもアジア諸国やインド、アフリカ、アメリカへのミッションも行ってきました。
これは政治家の行う外交とは異なる、経済外交です。経済人同士の交流をしっかり行って、他国との関係を保ちながら一緒に目指すべき姿を共有していきたいと考えています。これらのミッションでは各国と次に何を具体的に行っていくかという議論を行っているところです。
─ やはり分断・分裂の時代であるからこそ対話が重要になってくると言えますね。
山口 ええ。一番大切なのはコミュニケーションです。それも開かれたコミュニケーションだと思います。オープンに対話を行うということです。そのためには自分も考えを持たなければいけないし、それを相手にぶつけて、お互いに合意できるところ、意見の異なるところを明確にし、新たな視点を見出していく。
こうした建設的な議論を継続していくことが重要になりますから、コミュニケーションは大切な要素になります。
ただ、その前には考えなければいけないことがあります。それは相手のことを考えるということです。IBMで言うところの「THINK(考えよ)」というモットーです。その姿勢は極めて重要です。
これは企業間もそうですし、おそらく国家間でもそうでしょう。もっと言えば友人や家族の間でも同じことが言えます。要は思いやりです。相手のことを思うということが大切であって、自分のことだけを優先していたら、やはり何かがおかしくなってしまうのです。
私が日本IBMの社長だったときも、社員にこうしたメッセージを発していました。自分のことや自分の事業部門、さらには自分の会社のことだけを考えるリーダーは考えが狭くなり、内向きになり、そしてやがて世の中から必要とされない存在になっていく、と。
常に枠を超えて周りのことを考えて、共に成長できる方法を考え続ける。これが重要であると。要は、自分さえよければと考える自分の気持ちが敵であるということを言い続けてきました。
AIとの向き合い方とは?
─ そういった人間関係の在り方が重要になる中で、AI(人工知能)の時代に突入しました。山口さんはAIと歩む時代をどのように考えますか。
山口 AIは人間が生み出した技術ですから、これからも進化していくでしょう。その進化を止める必要はないと思います。
例えば、世の中に初めて車が登場し、その性能がぐんぐん向上し、スピードもどんどん出るようになってきたとしましょう。しかし、交通ルールや信号といった車を安全に利用するための社会的な仕組みが全く整備されていない状態だったら人間社会はどうなるでしょうか。様々な事故が起きてしまうでしょう。
AIも同じです。そのようなことが起きないように、開発そのものは進めつつ、使い方については少しセーブしながら、適切にコントロールできるようルールを整備していくべきです。アクセルとブレーキの両方が必要だということです。進化を止める必要はありません。
その意味でも、先ほど申し上げたように、自分の国だけといった考え方は良くない。日本だけでなく、地球株式会社という全体の視点が必要です。AIを地球の将来のためにどう活用するかという視点で考えることが重要なのです。
そのためには、全体のことを優先して考えられるリーダーが、世界各国にも、企業にも求められていると思います。