このものづくりニュースのまとめ

・Ansys Part of Synopsysにおける製品統合は複数段階で進み、当初の統合目標はすでに達成
・2027年初頭までに数十のAIエージェント機能を展開し、解析作業の自律化を推進
・AI時代もエンジニアには物理の基礎知識と論理的に分析・判断する能力が必要

アンシス・ジャパンが10月9日に開催した年次ユーザーイベント「Ansys Simulation World 2026 Japan」の基調講演に登壇したSynopsys SVP, S&A Customer ExcellenceのAnthony Dawson氏と、同SVP, S&A Product ManagementのSteve Pytel氏。両氏は、Synopsysに統合されたシミュレーション・解析事業「Ansys Part of Synopsys」を担当する幹部として、Ansysブランドの製品群とSynopsysのEDA、半導体IP、AI技術を組み合わせた事業戦略を推進している。今回、基調講演後に両氏へインタビューを行う機会を得て、製品統合の現在地やAIエージェントの展開、エンジニアの役割の変化などを詳しく聞いた。

  • Ansys Simulation World 2026 Japanでインタビューに応じたAnthony Dawson氏とSteve Pytel氏

    インタビューに応じてくれたSynopsys SVP, S&A Customer ExcellenceのAnthony Dawson氏(左)と、同SVP, S&A Product ManagementのSteve Pytel氏

製品統合は完全統合、データ連携、疎結合の3段階

SynopsysとAnsysが統合する以前、両社の製品ポートフォリオはほぼ独立していた。統合後は、組み合わせることで新たな価値を生み出せる領域を特定し、製品やデータの連携を進めてきたという。

Pytel氏によると、現在の統合状況は製品によって異なるとする。一部は製品機能やワークフローまで統合され、別の製品ではデータ交換を中心とした連携、さらに疎結合の状態にある製品も存在する。

「多くの製品があるため、統合状況はすべての段階にわたっている。Multiphysics Fusion Technologyのように統合を進めたものもあれば、データ連携を中心とするものもある。Synopsysは研究開発投資を継続しており、その意味では統合に終わりはないが、当初の目標はすでに達成したと考えている」(Pytel氏)

基調講演では、Synopsys OptoCompilerとAnsys Lumerical FDTD、Synopsys QuantumATKとAnsys Granta MI、Synopsys VC Functional Safety ManagerとAnsys Medini Analyzeを組み合わせた共同製品が紹介された。

Dawson氏は、これらの製品では相互にデータを交換し、それぞれの対象領域において、チップからシステムまでの一連のフローをシミュレーションできると説明する。今後も製品を組み合わせることで合理的な価値を生み出せる領域について、統合を進める方針だという。

次の統合基盤となるAutopilot Platform

製品間の直接的な統合に加え、両氏が今後の中核に位置付けたのが「Synopsys Autopilot Platform」である。

Autopilot Platformは、AIエージェントの推論や計画、ツールの操作、複数工程にまたがるワークフローを管理する基盤となる。Synopsysが提供するEDAやAnsysブランドのシミュレーション・解析製品に加え、顧客が開発したAIエージェントも接続できる。

「Autopilot Platformは、AnsysとSynopsysの両方の製品へメリットをもたらす。3D IC、PPA、熱、応力といった幅広い領域を対象に、AIを活用してエンジニアリングの仕事の進め方を変えることができる」(Pytel氏)

個別製品を直接統合するだけでなく、Autopilot Platform上のAIエージェントが複数のツールを横断して操作することで、シリコンからシステムまでのワークフローをつなぐ考えだ。

2027年初頭までに数十のエージェント機能を展開

Synopsysは、半導体設計やシミュレーション業務を自律的に進める「AgentEngineer」の展開も進めている。

Pytel氏は、2027年の早い段階までに数十単位のエージェント機能が利用可能になるとの見通しを示した。流体力学分野では、複数の作業を長時間にわたって実行する「Long-Horizon Agent(ロングホライズンエージェント)」が、すでに27のタスクエージェントを扱っているとする。

また、基調講演では、AIエージェントがサーバボードの形状や部品配置を確認し、電磁干渉が発生する可能性のある場所を抽出した後、ニアフィールドとファーフィールドの解析を実行するデモが紹介されたが、そこではエージェントが業界規格を記載したPDFも読み込み、シミュレーション結果と規格値を重ね合わせて合否を確認する様子まで示された。従来は専門のエンジニアが数日を要していた一連の作業を、数時間へ短縮できる可能性があるとしている。

最終判断から人間を外すかは顧客が選択

AIエージェントが解析から規格適合性の確認まで実行するようになれば、最終判断にエンジニアが必要なのかという疑問も生じる。

Dawson氏は、Autopilot Platformの目的について、エンジニアがソフトウェアの操作方法を習得するために費やす時間を減らし、ツールから得られる価値を高めることだと説明する。

「エンジニアには、シミュレーションの方向付けや、エンジニアリング上の判断を引き続き担ってもらう。一方、答えを得るためにツールの使い方を長時間学ぶ必要はなくす。エンジニアがツール操作ではなく、エンジニアリングの価値へ集中できるようにしたい」(Dawson氏)

Pytel氏は、人間を一連のループの中に残す(ヒューマン・イン・ザ・ループ)か否か(ヒューマン・オーバー・ザ・ループ)は顧客側の選択になるとの見方を示した。ただ、人命に影響する設計では、AIが優れた判断を提示した場合でも、人間が結果の妥当性やハルシネーションの有無を確認する必要があるともする。

一方、反復性が高い工程では、企業の判断によって完全自動化することも考えられる。Synopsysとしては、人間が最終判断する運用と、特定工程から人間を外す運用の双方を支援する方針としている。

AIエージェントが誤った設定も検出

AIエージェントが解析条件を設定する場合、その設定自体が誤っていれば、物理的に妥当でない結果が生成される可能性がある。Dawson氏は、こうした問題を検出して改善方法を提示する機能について、すでに実用化が始まっていると説明した。

一例が、シミュレーションに用いるメッシュの問題を自動的に特定し、改善方法を提案するメッシングエージェントである。AIが解析作業を実行するだけでなく、設定や入力データの不備を検出することで、結果の信頼性を高める。

Pytel氏は、このような自動検証をAIエージェントにおける大きな付加価値の領域に位置付けられると説明する。

顧客データはオンプレミス環境で保持可能

製品設計やシミュレーションでは、未発表製品の構造や材料、性能など、機密性の高いデータを扱うことになることが多い。Autopilot Platformの導入形態について、Pytel氏は顧客が選択できるとしており、クラウド環境でも利用できる一方、顧客のオンプレミス環境や仮想プライベートクラウドへ導入することも可能であり、扱う機密レベルなどを踏まえて柔軟に対応できるとしている。

オンプレミス構成では、AIエージェントが扱う設計データを顧客環境内に保持できることになる。ただし、運用に必要なハードウェアや計算資源は顧客が用意する形となるが、必要に応じてクラウドを利用する構成も選べるともしている。

トークンの消費は従量課金だけに限定しないように配慮

生成AIやAIエージェントを設計業務へ広く適用すると、利用するトークン量と推論コストが増え、開発費を押し上げる可能性がある。すでにゲームにおいては、生成AIを使ってゲーム内のキャラクターに指示を出せるようなものも出てきているが、想定以上にトークンの消費コストが増大し、利益を圧迫する事態に陥っているといった声も聞こえるようになっている。産業分野であっても同様のリスクが考えられるわけだが、Pytel氏は、Autopilot Platformの料金体系について、従量課金だけに限定しない柔軟なビジネスモデルを採用する考えを示した。

「コンピューティング環境とLLMに選択肢を持たせ、顧客がコストを制限できるよう、さまざまな構成を用意する。支出を顧客自身が柔軟に管理できるよう、意図的に設計している」(Pytel氏)

具体的には、従量課金に加えて複数のオプションを用意し、一時的に計算能力を追加したい場合には、追加リソースを購入する仕組みも選択肢になるという。顧客が利用するLLMや計算環境を選べる構成とすることで、必要な性能、機密性、コストのバランスを取りやすくする狙いがあるという。

サロゲートモデルは回答の信頼度を提示

大量の設計候補を短時間で評価する手法として重視されているのが、物理シミュレーションの結果を学習したサロゲートモデルである。

高精度な物理シミュレーションと比べて短時間で推論できる一方、学習した条件の範囲を超えると精度が低下する可能性がある。

Dawson氏によると、Ansysブランドのサロゲートモデリングツールである「Ansys SimAI」は、回答に誤差範囲を付け、モデルが結果に対して持つ信頼度も提示するという。

入力条件が学習範囲から外れるほど信頼度が下がるため、エンジニアは表示された信頼度を基に、サロゲートモデルの結果を利用するか、高精度な物理シミュレーションへ戻すかを判断できるようになる。

同様に、Ansysブランドの製品情報を回答するナレッジベース型AI「Ansys GPT」も、高品質なAnsysのデータを用いて学習し、回答の根拠となる参照情報を示す構成を採っているという。

Pytel氏は、エンジニアが物理ベースの正しい情報を根拠として意思決定できることが重要であり、情報の出所まで確認できる環境を整えることで信頼性を確保すると説明した。

設計候補が増えても判断するのはエンジニア

AIと自動化によって短時間で多数の設計候補を生成できるようになる一方、どの候補を選ぶべきかという判断は複雑になる。

Dawson氏は、性能、コスト、重量、消費電力、安全性などのトレードオフを評価することこそ、エンジニアリングの本質だと強調する。

AIやシミュレーションは、設計者が従来より深く製品を理解し、より多くの選択肢を検討するための手段となる。最終的に何を重視し、どの案を採用するかは、エンジニアが専門知識を基に判断する必要があるという。

Pytel氏は、AIによる自動化で個々の設計に必要な時間が短くなれば、候補が増えても全体の設計時間を削減できると説明する。さらにAgentEngineerを組み合わせることで、設計案の生成だけでなく、評価や収束までを効率化できるとの見方を示した。

AI時代に求められる論理力と分析力

AIによって設計作業が自動化されると、エンジニアそのものが不要になるのではないかという懸念も当然のことながらでてくる。すでにソフトウェアエンジニアについては、不要論も出てきており、一部の企業ではリストラが実施されたといった話も聞こえてきている。

これに対しDawson氏は、AIと自動化によって、ものづくりのエンジニアがソフトウェアの操作方法を習得する時間を減らし、純粋なエンジニアリングへ使える時間を増やせるようになると説明する。

「顧客には優れたAnsys製品のユーザーになってもらうことより、優れたエンジニアになってもらいたい。AIは、そのための時間を生み出すことができる」(Dawson氏)

  • AI時代のエンジニアの役割について説明したAnthony Dawson氏とSteve Pytel氏

    AIはエンジニアの代わりになるものではなく、純粋なエンジニアリングに向かう時間を増やしてくれるためのツールであると語ってくれたAnthony Dawson氏とSteve Pytel氏は

Pytel氏は、そうしたAI時代のエンジニアに必要な能力として、論理的思考力と分析力を挙げる。機械、電気、光学、材料など、それぞれの領域における基礎知識と専門知識を論理的に応用し、AIやシミュレーションが提示した複数の結果を分析して、適切な判断を下す能力が重要になるという。

AIがツール操作や反復作業を担うほど、設計の目的を定め、前提条件を検証し、複数の選択肢から最適解を判断するエンジニアの役割は、むしろ重要性を増すことになる。

「Re-engineering Engineering」が意味するもの

今回のイベントで掲げられた「Re-engineering Engineering」について、Dawson氏は、AI時代に変化する企業のエンジニアリングプロセスを支援することだと説明した。

AIの普及によって、設計、シミュレーション、試作、検証、運用の進め方は大きく変化することとなる。Synopsysは、顧客がその変化へ追従するだけでなく、自ら変革を主導するためのツールを提供することを目指してさまざまな取り組みを進めているという。

世界の研究開発費は1兆7000億ドルほどで、そのうちソフトウェアやITインフラなどのデジタル技術への支出は10%ほどであり、残りの90%は材料、物理試作、テスト、人員などに費やされているという調査結果があるが、Pytel氏は、この10%に当たるデジタル技術の活用範囲を広げることで、物理試作やテスト、手戻りを減らし、開発コストと市場投入までの時間を短縮することが「Re-engineering Engineering」の狙いだとする。

シリコンから宇宙、デジタルプラントまで拡大

Synopsysが対象とするエンジニアリング領域は、半導体や電子機器にとどまらない。Dawson氏は、基調講演でも提示されたヒューマノイドロボットを、シリコンからシステムまでを一体的に設計する必要性を示す代表例に挙げた。

ヒューマノイドロボットには、ロボットを駆動させるという用途が最適化されたロジック半導体と付随するメモリ、周辺状況やコンポーネントの疲労度合いなどを把握するためのセンサ、実際に関節や手指などを動かすためのアクチュエータ、モーターを駆動させるためのバッテリ、コンポーネントの健全性を維持するための熱設計、システムとしての健全性を担保する構造設計、そして行動制御のためのソフトウェアなどが必要になる。これら一連のシステム要件を満たし、最高の性能を低消費電力で、高い信頼性を維持したまま稼働させ続けるためには、専用シリコンと物理システムを協調して設計することが重要になってくるためである。

ヒューマノイドロボットに限らず、Synopsysのポートフォリオは、材料や個々のトランジスタを扱うTCADから、ロケットや宇宙ミッションの解析までさまざまな産業分野を対象としている。例えば航空宇宙分野では、将来、地球に衝突する小惑星に、宇宙空間上で人工衛星を衝突させて軌道を変更させることができるのか否かを実証する米国航空宇宙局(NASA)の試験ミッション「Double Asteroid Redirection Test(DART)」といったミッションレベルの解析にも同社の技術が活用されているという。

今後は、工場全体の挙動を仮想環境で再現するデジタルプラントや、製品・設備の運用データを反映するデジタルツインも、投資を拡大する領域としており、シリコン、材料、物理システム、工場、宇宙、といったありとあらゆる粒度の世界をつなぐ開発環境を整備し、AIと物理ベースの解析を組み合わせた自律型エンジニアリングを広げていく方針だとする。

機能安全の標準化活動にも参加

なお、AIエージェントを自動車や産業機器、医療機器などへ適用しようとする場合、機能安全や製品認証との関係性も考える必要がでてくることが想定される。

Dawson氏は、現時点ではAIをツール利用の支援や効率化へ活用することを重視していると説明する一方、Synopsysとしては各製品分野の規格やコンプライアンスに関して、標準化団体や認証に関わる組織と継続的に連携しており、AI活用に関する議論が必要になれば、既存の関係を通じて参加して、議論を交わし、より良い方向性の回答を導き出していきたいとする考えを示した。

Pytel氏によると、リソースの問題などもあるからだと思われるが、例えばAnsys Medini Analyzeを展開する機能安全分野のように、製品ポートフォリオと密接に関係する領域には積極的に標準化活動へ参加しつつ、人命や事故などが起こりにくい領域にはオブザーバーとして動向を確認する形で参加というように、標準化活動への関与方法は対象領域によって異なっているという。

AIエージェントによる自動化の範囲が広がれば広がるほど、物理的な妥当性、人間による承認、判断の根拠、標準への適合性をどのように確保するかが重要になってくるわけだが、Synopsysでは、AIによる設計探索と作業効率化を中心に据えつつ、Ansysブランドの物理ソルバーを信頼性の基盤として、エンジニアが根拠を確認したうえで意思決定できる環境を構築していくことで、そうした安全に利用できるという担保を提供する範囲を拡大させ、エンジニアが本当にやるべき製品価値を高めるためのエンジニアリングの時間の拡大につなげていくことを目指していくとしている。