あらゆる動物の集団内には、多様な理由により繁殖能力を持たないオスがいる。そして、メスが不妊のオスとだけ交尾した場合、当然ながら子孫を残すことはできないという、繁殖上のリスクが存在する。そのため、メスはそのリスクを回避する戦略を採っていると考えられるが、「不妊のオスを見分けて交尾を避ける」のか、それとも「複数のオスと交尾することで受精できない(繁殖に失敗する)という事態を避ける」のかは、これまでわかっていなかった。
岡山大学、東京大学、岐阜大学、香川大学の4者は、穀物のような貯蔵食品に発生する害虫として知られる「コクヌストモドキ」を用いて、複数のオスと交尾することで繁殖失敗リスクを低減する「ベットヘッジ型の多回交尾」仮説の検証を行ったことを、10月5日に共同発表した。
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メスの多回交尾に関する実験系(A)と観察結果(B)。不妊オス環境で進化したメス(IM♀)は、対照群(C♀)と比較して交尾相手の数を増やす傾向(多回交尾)が認められた (出所:岡山大ニュースリリースPDF)
オスの半数が不妊という人工環境でメスを15世代以上進化させた結果、不妊オスが存在する環境で進化したメスは、複数のオスと交尾する程度が対照群より一貫して高い傾向を示すことが確認されたという。これにより、メスが相手を見分けられない状況下では、「1匹のオスに全てを賭けない」というリスク分散戦略を採る可能性が示された。
同成果は、岡山大 学術研究院 環境生命自然科学学域の宮竹貴久教授、東大大学院 総合文化研究科の松村健太郎助教、岐阜大 応用生物科学部の日室千尋准教授、香川大 農学部応用生物科学科の安井行雄教授、沖縄県の共同研究チームによるもの。詳細は、日本動物行動学会が刊行する英文専門論文誌「Journal of Ethology」に掲載された。
進化生物学における「ベットヘッジ」仮説の検証
動物のオスは、必ずしも毎回交尾に成功するわけではない。遺伝的要因や病気・けがによる生殖器の損傷、精子の一時的な枯渇など、さまざまな理由で受精に失敗する。先行研究では、30種の昆虫において、1回の交尾が受精に至らなかった確率は0〜63%(中央値22%)と報告されていた。
もし集団の20%のオスが不妊だった場合、3匹のオスと交尾したメスが繁殖に完全に失敗する確率は0.2^3=0.8%となり、1匹のみと交尾した場合の25分の1と劇的に低下する。つまり、相手が繁殖可能か判別できない場合、「何らかの手掛かりで不妊オスを識別・排除する」ことよりも、「相手を問わず複数のオスと交尾してリスクを分散する」ほうが、はるかに低コストで実現できる可能性がある。
このような戦略は、進化生物学では「ベットヘッジ」と呼ばれており、研究チームは今回、この仮説の検証に取り組むことにした。
今回の研究成果
今回の研究ではまず、メスが不妊オスを見分けて交尾を避けるように進化するのかが検証された。その結果、不妊オスが存在する環境で15世代以上進化したメスに、不妊オスを明確に避ける行動は見られなかった。また、交尾後に不妊オスの精子を選択的に利用しない能力が進化したことを示す明確な証拠も得られなかったとした。つまり、今回の実験では、メスは「不妊オスを見破る能力」を明確には進化させなかったのだ。
次に、メスが不妊オスを見分けられないのであれば、複数のオスと交尾することでリスクを分散させるという可能性が調べられた。主要な統計解析では、不妊オスが存在する環境で進化したメスと対照群の間に、多回交尾の程度の統計的に有意な差は確認されなかったという。
しかし、複数の解析を比較すると、不妊オスが存在する環境で進化したメスでは、対照群より多くのオスと交尾する傾向が一貫して見られたという。この結果は、「多回交尾が進化した」と断定するには至らないものの、「相手を見分けられないなら、交尾する相手の数を増やす」という方向への進化的変化が起こり始めている可能性を示しているとのこと。
動物の配偶行動の研究では、従来「メスはより質の高いオスを選ぶ」という側面が注目されてきた。しかし現実には、オスの繁殖能力をメスが正確に見抜けるとは限らない。その際に重要なのは「誰を選ぶか」ではなく、「一匹のオスに全てを賭けないこと」という可能性がある。
複数のオスと交尾すれば、その中に繁殖能力を持つオスが含まれる可能性が高くなり、「すべての交尾相手が不妊だった」という致命的なリスクを回避しやすくなる。今回の研究は、多回交尾が単に「より多くの子孫を残すため」だけではなく、予測不能な繁殖リスクに備える「保険」(リスクヘッジ)として進化する可能性を示唆しているとした。
この研究成果は、農業害虫などの根絶に用いられる「不妊虫放飼法」の運用においても重要な示唆を与えるという。
不妊虫放飼法とは、人工的に不妊にしたオスを野外に大量に放ち、野生のメスと交尾させることで、次世代の個体数を減少させていく防除方法のこと。少なくとも今回の実験の範囲内では、15世代を経たメスであっても不妊オスを識別して避ける能力を獲得しなかったため、メスが短期間で不妊オスを見破る能力を進化させるとは限らないことが示されたかたちだ。
一方で、不妊オスが存在する環境で進化したメスは、複数のオスと交尾する傾向を強めた。もし野外でも同様の進化的変化が起これば、不妊オスが大量に放たれた環境下では、メスがより多くのオスと交尾するようになる可能性があるとした。
今回の研究は、害虫防除において単に目先の個体数を減らすだけでなく、人間が加える防除の圧力に対して、害虫がどのような進化的応答を見せるのかを考慮する重要性を示している。
今後、不妊虫放飼法を始めとする防除技術をより効果的に運用するには、防除が引き起こす「進化の力」が害虫の行動や繁殖戦略に与える影響を深く理解していく必要があるという。