「AIを導入したものの、期待したほどの成果につながらない」――こうした悩みを抱える企業は少なくないだろう。AIエージェントに自律的な推論・判断を任せ、ビジネス価値を最大化するには何が必要なのか。
8月25日に開催されたオンラインセミナー「TECH+セミナー AIビジネス実装Day 2026 Aug. AIを導入するために整えるべき基盤設計」では、ファイントゥデイ IT本部 Vice Presidentの小室英彦氏と、同本部 Managerの槙智史氏が登壇。複雑な在庫調整業務を11工程から4工程へ激減させるなど、圧倒的な成果を上げ続ける同社の取り組みを紹介した。
AIエージェント活用を支えた、創業時からのIT基盤づくり
ファイントゥデイは、資生堂のパーソナルケア事業が独立するかたちで2021年7月に創業した。「TSUBAKI」「ウーノ」「シーブリーズ」などのブランドを持ち、売上規模は約1,000億円強。そのうち海外売上が約60%を占めるグローバル企業である。
同社は創業直後から、クラウドERPとSaaS型データプラットフォームを軸としたIT環境をゼロベースで立ち上げてきた。とくにコア業務においては、Fit to Standardのアプローチを採り、クラウドERPの標準機能に業務プロセスを徹底して合わせにいったという。これにより、業務の標準化が進み、売上や在庫数量といった重要なデータがERP内に統合された状態をつくり出した。この“見通しの良さ”が、後のAIエージェント活用を支える土台になる。
サプライチェーンやファイナンスの基幹システム、データプラットフォームを統括する小室氏は、AIエージェント導入で成果を出すための重要要素として、基盤、プロセス設計、人材の3つを挙げる。
要素1:テクノロジーの進化を享受できる基盤
第1の要素は基盤である。ここで小室氏が強調したのは、「単にクラウドを使うこと」と「機能の進化を継続的に業務価値へ転換できること」の違いだ。「クラウドERPをはじめとするSaaSの活用は有効な選択肢の1つ。ただ、進化をどう取り込んでいくかという戦略まで落とし込めないと、クラウド利用の費用だけが高くなっていってしまう」と語る。
もう1つの論点がデータだ。同氏は、データは集約・統合するだけでなく、AIが理解できるセマンティックをセットで組み込み続けることが重要だと語る。APIやMCPが実装され進化していくプラットフォームを選ぶことも要点に挙げた。
要素2:AIを前提にした業務プロセス設計
第2の要素はプロセス設計だ。ここで同社が徹底しているのが、問いの立て方である。「どの業務にAIを適用するか」ではなく、「どんなプロセスならAIエージェントが効率的に働けるか」という視点で問いを立てる。
「人間の能力や労働力、あるいは忍耐力の制約でこれまで実現できなかったプロセスを、推論能力を持つAIエージェントを前提に見直していく。ただし、何でもAIにやらせればよいわけではありません。プログラムで実装できる定型業務はあえてやらせないといった、コスト効率の観点も欠かせません」(小室氏)
要素3:業務とデータをつなぐ「BITA人材」
第3の要素が人材である。ファイントゥデイは創業時から、業務とITの双方を理解する人材像「BITA(Business IT Architect)」を掲げてきた。IT人材が業務にも目を配り、企画・要件定義・実装・運用をトータルに担いながら利用部門とDXを進める体制が育っているという。
「業務プロセスを俯瞰し、そのなかでどんなデータが生まれ、その意味構造がどういうものかを言語化できる。そのうえで、どこをAIに任せればよいかまで設計できる。こうした人材こそが、AI活用推進の中核だと考えています」(小室氏)
兼務チームで2カ月弱、20件超のエージェントを試行
これらの取り組みを支える仕掛けが、槙氏がリードする「AIエージェントプラットフォームチーム」だ。専属ではなく兼務メンバーで構成され、AI活用環境の整備、社内外への情報発信、事業部門との接点を通じたドメイン知識の獲得・更新、機会創出の仕組みづくりという4つの軸で活動する。
取り組みのスピードは速い。2026年6月から特定部門を対象にAIエージェントと生成AI「Claude」のパイロット展開を開始し、2カ月弱でAIエージェントは20件以上、Claudeは100件以上の試行案件を創出した。
「これだけ短期間で実績につながっている要因は、推進するBITA人材に業務のドメイン知識が備わっていること、AIドリブンなデータがERPなどにすでに整っていること、そして活動方針を明確に定めていることの3点に尽きます」(槙氏)
同チームは「業務改善」「外注費削減」「売上向上」の3領域にフォーカスし、個人の局所的なアイデアを全社の成果へとスケールさせることで投資対効果の最大化を狙う。AIの活用そのものを目的とせず、「ROIや売上拡大を目指すための手段」と位置付け、既存プロセスをECRSの原則(排除・結合・再配置・簡素化)で見直したうえで、人が担う工程とAIに任せる工程を切り分ける設計を徹底しているという。
実装事例──在庫調整は11工程を4工程に
セミナー後半では、具体的な実装事例が紹介された。
1つ目は、コア業務である在庫調整だ。従来、在庫管理担当者はレポート出力、配分計算、担当者の承認、ERPへの手入力といった約11工程を手作業で行っていた。これをワークフロー型AIエージェントに置き換えたことで、スケジュール起動を起点にクラウドERP内のデータに基づく配分計算、承認依頼、在庫移動数の登録、関係者への通知までが自動化され、工程数は4つへと激減した。
「最大の成果は、作業時間の短縮だけでなく、事前のデータ分析や判断といった前工程をゼロにできたことです。AIエージェントに自律的な推論を行わせることで、これまで人が経験やナレッジで補ってきた業務までカバーできるようになりました。空いた時間は、S&OP(Sales and Operations Planning)など、より高いビジネス価値に貢献する業務へシフトできます」(槙氏)
2つ目は、ノンコア領域である消費者・市場調査での活用だ。従来はBIツールで分析者が担っていたデータの加工・可視化・インサイト導出を、指示ベースでAIエージェントに任せる。AIが思考と試行の“加速装置”として機能し、埋め込んだ背景知識はそのまま組織知として蓄積されていく。
さらにデータプラットフォーム上では、コーディングエージェントも徹底活用。要件を提示すれば、コーディングからブランチ作成、コミット、PR作成、コードレビューまで、GitHub開発フロー全工程をAIエージェントが一気通貫でカバーする。
「AIエージェント自体が答えを出す存在ではなく、思考を加速する存在として分析者の力になっています。コーディングでも、優秀なプログラマーやベテランエンジニア相当の活躍をしてくれる。これまで1〜数人月かかっていたデータ可視化機能やパイプラインも、1〜2時間で構築できるようになりました」(小室氏)
AIそのものでは差がつかない、競争優位を生む「設計する力」
講演の最後に、小室氏は改めて基盤・プロセス設計・人材の3つの重要性に立ち返った。基盤の導入ハードルはサービス化によって下がり、コモディティ化が進んでいる。だからこそ、事業会社が自ら設計・実装し、知見を蓄積することに価値がある、と説く。
「成果を左右するのは、導入されるAIの機能やプロダクトそのものではありません。データを含む基盤と業務プロセスを、AIを前提として設計・準備できるかどうかにかかっています。業務プロセスを持つ事業会社としては、自ら環境を設計・実装し、知見を蓄積していくこと、つまり『導入を通した組織知の蓄積』が、継続的な競争優位の創出につながります」(小室氏)
ツールに頼るのではなく、それを生かす土台を自らつくる——ここに、事業会社がAIエージェント時代を勝ち抜くための鍵がある。




