
長引くウクライナ問題と中東情勢
─ 中東情勢の問題、米中対立など課題は多いですが、現状認識について聞かせてください。
森本 中国は2040年代末頃までに米国を凌駕したい一方、米国はそれを阻止する考えに変わりはなく、米中は経済・軍事・外交・技術のいずれか一分野で相手が優位に立つと、別の分野で覆すという相互牽制のG2関係にあります。ただ、5月の米中首脳会談で、中国が台湾問題をめぐって米国を牽制する先手を打ったことや、米国が欧州と十分に協議しないままイスラエルの要請に応じてイランを攻撃したことなどから、欧州では米国離れの動きもみられており、現状では米国がやや不利な立場に置かれています。
ウクライナ戦争では、ウクライナが徐々に戦力を回復し、長距離ドローンによる西シベリアの石油精製施設への攻撃など、戦域を拡大してロシアを苦しめています。ロシアは兵員不足と財政逼迫に加え、120万人の死傷者やエネルギー問題による国内経済の不振にも苦しんでいます。もっとも、ウクライナも死傷者50~60万人、800万人の避難民を抱えており、苦しい状況に変わりはありません。欧州のウクライナ問題と、中東湾岸地域における米国・イラン問題は、解決までになお時間を要するでしょう。
─ 欧州の国々はこのことをどう捉えているんですか。
森本 米国が在欧米軍を削減した後、欧州が自力で防衛体制を構築できるかが課題です。ロシアが欧州本土へ侵攻してくる場合、欧州防衛の中心となるのは英・独・仏に加え、ポーランド・バルト3国・フィンランドです。7月7~8日に開催されるNATO首脳会議では、米国が在欧米軍削減に関する全体構想を説明するとみられます。欧州大陸の戦域は陸上が中心であり、主戦力は地上軍・空軍・戦略部隊で構成されています。欧州諸国は、在欧米軍の削減に備え、米軍の削減対象となる部隊とローテーションで維持される部隊を見極めながら、欧州正面の防衛体制を再構築していくことになるでしょう。
しかし、それでも戦略輸送・空輸作戦・情報・偵察・通信・宇宙・サイバー・核抑止などの分野では、依然として米国に多くを依存せざるを得ない状況が続くと思います。
─ 米・イスラエルとイランの問題はどうですか。
森本 イランは米国との交渉において、全面的に屈服する考えはなく、歴史と民族の誇りをかけ、自国の国益を守るとの立場で交渉に臨むでしょう。
両国にとって大きな焦点となっていた核開発問題については、イランの核濃縮物質をIAEA(国際原子力機関)の監督下、希釈することで合意しています。イランのウラン濃縮度は60%以上に達しており、このまま進めば短期間で核兵器開発に至る可能性があります。
そのため、米国はIAEAの協力を得て濃縮ウランを希釈し、濃縮度を20%まで引き下げる方針です。ただ、イランはIAEA査察官の受け入れを拒否する姿勢を示し始めており、おそらく国内に核開発を放棄することに反対する勢力が存在するのでしょう。そうなると、核濃縮物質の希釈をどこまで実際に進められるかが、今後の大きな鍵になります。
─ 世界経済に打撃を与えているホルムズ海峡のあり方については米国とイラン間でズレがあります。
森本 ホルムズ海峡の解放については、イランが合意したようにみえるものの、イスラム革命防衛隊は、自国領海内における同海峡の権益を他国に譲らないとの立場を維持すると考えられます。こうした中、依然として問題となっているのは、ホルムズ海峡の全面的な再開を待つ400隻以上の大型タンカーの多くが通航できず、ペルシャ湾外で待機していることです。この問題の行方は、今後の機雷掃海作業がどのように進展するかにかかっています。
イランは、機雷掃海が完了した後も、ホルムズ海峡の通航料支払い要求を取り下げない可能性があります。また、機雷掃海には協力せず、どこに機雷を敷設したかを明らかにしない可能性もあります。米国を中心に機雷掃海の手続きを進め、タンカーが安全に航行できるようになるまでには、まだ時間がかかると思われます。結局、それまではホルムズ海峡の安全な通航が確保されず、石油価格も高止まりすることが予想されます。加えて、現状では、日本が機雷掃海作業に参加することも困難な状況にあります。
─ 日本のエネルギーは中東依存が9割ですが、代替の調達先の多様化をさらに推し進める必要がありますね。
森本 米国や南米のブラジルなどが当面の調達先となる可能性はあります。ただ、こうした国々から原油を輸入する場合、現有の精製施設では十分に対応できず、新たな調達先の原油の性状に適した精製設備を整備する必要があります。こうしたインフラ整備には時間もコストもかかります。したがって、日本は石油・天然ガスに依存するエネルギー政策から脱却し、原子力や太陽光、風力、水力、バイオマスなどの再生可能エネルギーへの依存度を高めるという代替策を進めるべきです。現在、原子力の発電比率は1割程度ですが、2040年頃までに再生可能エネルギーを4~5割、原子力を2割とする見通しが立てば、原子力への依存度は現在の2倍になります。今回のイラン問題が日本のエネルギー自給に重大な影響を与えたわけではありませんが、今後は原子力発電所の再稼働も含め、実現的な取り組みを進める必要があります。
─ ナフサ不足で経済界では各企業が対応を強いられていますが、政府は在庫があると言っています。
森本 足りない原因はさまざまありますが、国全体として本当に不足しているかというと、必ずしもそうではありません。流通の過程で目詰まりが生じていることに加え、いずれ不足するなら早めに買っておこうという買い占めも原因といえます。つまり、全体の供給量はあるにもかかわらず、買い占めなどによって必要なところへ十分に行き渡らないという現象が起きているのです。
国内外で危機を抱える今
─ そうした海外要因に加えて、食品の消費減税や議員の定数削減など内政も混沌としていますが、高市政権の課題についてはどう捉えていますか。
森本 現時点では通常国会は7月17日に閉会することになっています。海外では、7月4日に米国独立250周年の記念行事、7月7~8日にはNATO首脳会議が予定され、高市政権の「骨太の方針」も7月に示される見通しです。そして8月には例年どおり各種行事が控えており、その後に内閣改造が行われるとすれば、おそらく8~9月頃になると思います。
─ 内閣改造のポイントは何になると考えますか。
森本 高市政権が発足した際の内閣は、党内の領袖や主要グループからの要望もあり、妥協や調整を重ねて組閣されました。ですから、次の内閣改造では、高市総理が自らの考えに沿った内閣をつくり、政策をより進めるため、多くの閣僚を入れ替えるのではないでしょうか。さらに与党連立の枠組みを考えれば、日本維新の会や国民民主党からの入閣もあり得ます。その後国会準備を経て、10月中頃には臨時国会が開かれる見通しです。
そして2027年秋には自民党総裁選挙も控えています。高市総理は、改造後の政権で政策を着実に実行し、総裁再選を目指す考えでしょう。各議員も、次の政権の下で決まる政策に強い関心を持っているため、内閣改造への注目度は高いと思います。
最優先課題は戦略3文書(国家安全保障戦略・国家防衛戦略・防衛力整備計画)の改定であり、年末に閣議決定される予定です。その草案作成に向け、NSS(国家安全保障会議)は有識者懇談会を通じて議論を進めています。自民党もすでに安全保障調査会が提言をまとめ、総理に提出しました。ただ、問題は防衛予算の規模が示されていないことです。先進国の中で防衛予算への具体的なコミットメントを示していないのは日本だけです。今回の戦略3文書を決める際には、少なくとも防衛費を対GDP比3%にすると示した方がよいと思います。そのためには、現在の防衛費の定義を見直せばよく、例えば国土交通事業や技術研究開発、防衛産業、防衛施設の抗堪性や強靱性なども含め、広い意味で防衛関連経費として位置付ければ、防衛費の対GDP比3%への引き上げは、それほど難しくないと思います。
今後重要となるのは、政府が防衛装備や防衛産業の成長・発展を後押しすることです。「骨太の方針」では、防衛公社の設立を明記する方向で調整が進められています。また、防衛生産基盤強化法を改正し、GOCO(国有施設民間操業)の制度化を進めるとともに、防衛装備移転促進のため、防衛公社や特殊法人を設立し、官民一体となって政策を実行することも検討されています。さらに、防衛産業の再編・統合を進める議員連盟もすでに発足しており、具体的な議論が進められています。防衛施設関連では大規模な業界団体も設立され、6月には約600社の企業代表が協議を行いました。こうした防衛装備や技術開発に関する民間の取り組みを国家として後押しすることは、日本の防衛力そのものの強化につながると思います。
─ 自分の国は自分で守るという流れからの防衛費増加と思いますが、肝腎の米国はどう受け止めているのでしょうか。
森本 米国は同盟国である日本に対し、防衛費について明確なコミットメントを示してほしいと考えています。一方、欧州は米国の支援が減少しても、自ら協力して欧州の安全を確保できるかを真剣に議論しています。米国や欧州からすると、日本は米国の同盟国ではあるものの、依然として十分な貢献を果たしているとは受け止められていないのです。今回のG7サミットでも、総理は欧米諸国の輪の中に入り込みにくかったようです。やはり、日本は欧州諸国と同程度に同盟国としての貢献を示す必要があり、そうでなければ欧州諸国との真の安全保障協力関係を築くことは難しいのではないかと思います。
─ そうすると、われわれはどういうスタンスで国際外交に臨めばいいのですか。
森本 欧州では陸上が主な戦略正面となっていますが、インド太平洋地域では海洋が戦略正面となっています。そしてこの地域では、中国が世界最大規模の海軍力を保有しています。中国は空母をすでに3隻保有し、4隻目となる原子力空母も建造中です。米国国防省は、2030年代半ばまでに中国の空母保有数は9隻に達すると見積もっています。一方、米国は11隻の空母を保有していますが、そのうち西太平洋・インド太平洋に展開しているのは2隻です。拠点は日本の横須賀などですが、北東アジアに常時展開している空母は1隻であることが多く、抑止力は十分とは言えません。日本としては、将来9隻体制となる中国の空母戦力に対応するため、米国の力を補完するとともに、同盟国・同志国・友好国との連携によって対応力を結集していく必要があります。
─ そうした同盟国・同志国との連携が世界に必要ですね。
森本 韓国、オーストラリア、ニュージーランド、フィリピン、インドネシアなどの国々は、海上防衛装備を日本から調達しようとしています。その理由は、海洋から迫る中国の脅威に対応するには海上防衛力の強化が不可欠であり、インド太平洋地域で中国に対抗できる艦艇建造能力を有する国は韓国と日本に限られるためです。米国の艦艇建造能力も十分とは言えない状況にあり、これらの国々は日本の海上防衛力に大きく依存しています。そのため、こうした国々との連携を一層強化することが求められます。
また、インド太平洋地域にはAUKUS(米英豪)とQUAD(日米印豪)といった枠組みがあります。特に、QUADにインドが参加していることは、極めて大きな意味を持ちます。これまでロシアとの関係を重視してきたインドを、どのように日米側との協力へ引き寄せていくかが、QUADの大きなポイントとなります。日本は、米国とインドの関係をつなぎとめる重要な役割を担っていると思います。