
世界は「人口比例選挙」 一人が複数票持つ日本は民主国家か
今まで日本の憲法学者は何をしてきたか。
本書は男子普通選挙法の改正により実現した1925年に遡り、民意と議会の意思の一致を希求するための選挙法について西欧諸国の動向を含め俯瞰している。
しかし、本書の参考文献を見ても、「一票の価値」を巡る論稿の多くは統計学者や、実務家によるものが多く、日本の憲法学者に選挙法専門家は少なく、見るべき論稿も僅少である。
世界でわが国しか採用していないアダムズ方式の欠陥や、一票の格差を2倍、3倍に放置している日本の異常な選挙制度について、ドイツやイギリスが2010年代から10年がかりで是正する選挙制度改革を行った点についても具体的な分析は見られない。
民主国家の原点は、一人一票等価値に立脚する。
一人一票の価値に注目する定数訴訟については、本書は60年以上昔の、1962年以降の越山訴訟には触れているが、2009年以降、10回を超える全ての国政選挙について提訴し続けてきた升永英俊、伊藤真、久保利英明を中心とした弁護団が創出した最高裁判例、高裁判例批判はない。
優れた政治的イシューであり、国民の人権や国家の統治構造にかかわる現在進行形のこのテーマについての憲法訴訟の実態をスルーするのはフェアとは言えないだろう。
本書は終章において、突然、近未来とは言えない「100年後、80年後の選挙の情景」について記述する。
たしかに、それほどの長期間、世界にも稀な投票価値の不均衡を放置すれば、日本国自体が存続できなくなるという危機感はないのだろうか。
バブル崩壊以降の日本の失われた30余年が、政治の機能不全に起因するとすれば、一票の格差により国民主権が大きく揺らぐ状況を国家ガバナンスの基本的欠陥として警鐘を鳴らすのが憲法学者の本分ではないのだろうか。
日本の憲法学者の奮起を望む次第である。