【政界】高市首相が異例の補正予算編成を決断 複雑化する国際情勢の中で試される手腕

首相の高市早苗は2026年度補正予算案の編成を検討するよう指示した。当初予算の成立から1カ月あまりで補正予算編成に踏み切るのは異例で、緊迫が続くイラン情勢に伴う原油高の長期化が政権に重くのしかかった格好だ。緊張関係が続く米国・イラン関係に加え、米国、ロシアと相次ぎ会談し、存在感を増す中国の動向を始め、不安定さを増す国際情勢は政権運営に重くのしかかっている。高市は難しい舵取りを迫られている。

経済の減退を警戒

「国民の皆様の命と暮らし、経済活動に支障が生じないように政府の取り組みをさらに強化する」。高市は5月25日、首相官邸で記者団にこう述べ、3兆円強の補正予算を編成すると正式表明した。

 補正予算案はホルムズ海峡の閉鎖などに伴う原油高への対応が主目的だ。高市は5000億円を費やし、消費量が増える7~9月の電気・ガス料金の支援を行う。一般家庭の3カ月平均で5000円程度の負担引き下げになる計算だ。財源は4月に成立した2026年度予算で積み立てた総額1兆円の一般予備費だが、今回の補正予算案で一般予備費を積み足し、1兆円に戻す。

 さらに一般予備費とは別にエネルギー価格の急騰などの対策として「中東情勢等対応予備費」を創設する。高市は原油高対応として、全国のガソリンの平均価格を1リットルあたり170円程度に抑える補助金を3月19日から再開しているが、その基金は6月末にも枯渇する。

 高市は「必要に応じて中東情勢等対応予備費も活用し適切に対応する」と明言し、対応予備費から充当し継続する構えを示した。電気・ガス料金補助の対象とならない特別高圧電力やLPガスの利用者を支援するため重点支援地方交付金の追加措置も行う。

 高市が警戒するのは経済の減退にほかならない。高市は記者団に対し、ホルムズ海峡を経由せず、8割を代替調達できる見通しを明らかにした。「日本全体として必要な量は確保されており、ナフサ及び石油製品は年を越えて供給可能だ」と語った高市は「現時点で経済活動にブレーキをかけるような形で節約をお願いする段階でない」と強調した。

 高市が最も神経をとがらせたのは市場の反応だ。補正予算編成の観測が広がった5月18日、東京債券市場では長期金利の指標となる新発10年物国債の利回りは一時、29年ぶりの高水準となる2.800%まで上昇した。

 この金利上昇は、日本の財政状況に対する不安感が高まり、日本国債売りが進んだことが要因とみられる。「積極財政」を掲げる高市が懸念したのは長期金利のさらなる急騰だ。

薄氷の政権運営

 約3兆円強という補正予算の規模は従来の補正予算の規模と比べても小さいが、財源は特例公債(赤字国債)に頼らざるを得ない。そこで高市が強調したのは「財政配慮」の姿勢だ。高市は25年度の国債発行額が3兆円ほど抑えられるとの見通しを説明。「市中への発行総額を増やさず対応できるため、国際マーケットに影響を与えることなく実行可能だ」と語ったうえでこう強調した。

「責任ある積極財政の考えのもと、市場動向や経済指標を十分注視しながら政府債務残高対GDP比を安定的に引き下げ、財政の持続可能性を実現し、マーケットからの信認を確保する」

 市場動向をにらみながらの難しい舵取りに追われる政権。高市の側近は「薄氷を踏むような思いで日々の業務に当たっている」と漏らした。

 高市は2月の施政方針演説で「補正予算が組まれることを前提とした予算編成との決別」を宣言した。予算編成の改革を目指す高市だけに、当初予算成立直後の補正予算案の編成はできれば避けたかったのも本音だ。長期金利の上昇や円安の加速というリスクの中で編成に踏み切った姿には、経済の減退を何としてでも防ぎたいとの強い思いが透ける。

連立拡大論が再燃

 この補正予算案編成は「副産物」も生み出した。高市の表明の5日前の5月20日、今特別国会初の党首討論が開催された。注目を集めたのが、高市と国民民主党代表の玉木雄一郎の応酬だ。

 3兆円規模の補正予算編成を提案した玉木に対し、高市は発言を熱心にメモに書き取りながら真剣に耳を傾け、「玉木代表はガソリンの暫定税率廃止で共感し、一緒にやってきた仲間だ」と語りかけた。

 玉木が原油高の長期化を見据え、ガソリン補助の支給基準を段階的に引き上げる案を提案すると、高市は「大局的な観点からの提案をいただき、とても重く受け止める」と協調姿勢を見せた。「できるだけ新規の国債発行に頼らない補正予算にすべきだ」との玉木の提案にも高市は「財源の確保は大丈夫だ」と応じた。息の合った掛け合いは「雪解け」を印象づけた。

 高市は昨年末、玉木が求めたガソリン暫定税率廃止に踏み切り、玉木も当初予算の年度内成立への協力を確約。自民、国民民主両党は距離を縮めた。ところが、連立入りに煮え切らない対応を続けた玉木に、高市は不信感を強め、1月に高市が衆院解散に踏み切り当初予算の年度内成立が絶望的になると、国民民主が反発した。

 それでも同党は当初予算に賛成する条件として、参院での採決日程の先延ばしを提示したが、高市は応じなかった。国民民主は採決で反対に転じ、政権と両党の亀裂は深まった。その間、関係改善に腐心したのは、国民民主幹事長の榛葉賀津也と気脈を通じる自民副総裁の麻生太郎だ。

 衆院は2月の衆院選の歴史的大勝により自民は単独で3分の2以上を占める議席を確保したが、参院は自民、日本維新の会を合わせても120議席にとどまり、過半数には5議席足りない。これに参院で25議席を有する国民民主が加われば、政権運営は安定する。麻生や麻生派に所属する幹事長・鈴木俊一は「憲法改正も重要案件の法整備も、国民民主党の協力がなければ実現しない」と高市に同党との連携の重要性を説いた。

「国民民主党との連携は極めて重要。連立を真剣に考えなければならない」。自民参院議員会長・松山政司は党首討論に先立つ18日にこう発言すると、鈴木も記者会見で歩調を合わせ「国民民主党も連立に加わってもらうことが大切ではないか」と踏み込んだ。

 高市も憲法改正で国民民主が求める緊急事態条項の創設と参院の合区解消の議論を優先する姿勢を示した。徐々に玉木らとの距離を縮め始めた高市は自民幹部の相次ぐ発言を受け、さらに歩み寄りの姿勢を強めた。

 国会内で25日に開かれた自民と日本維新の会の幹事長、国対委員長、政調会長の会談では、国民民主党の連立入りが話題となった。維新幹事長の中司(なかつか)宏は会談後の会見で「基本的に政権基盤を安定にしていくことは望ましい」と述べ、国民民主の連立入りに賛同する姿勢を示した。

 今のところ、国民民主は与党から相次ぐ「ラブコール」に対しても「政策本意で判断していく」(玉木)と従来通りの慎重姿勢を続ける。26日の会見で連立入りについて問われた玉木は「よく揺れるって言われるけど、信念と心はしっかりと定位置にいる。ガリレオ・ガリレイの気持ちだ」と述べた。周囲が天動説を唱える中で地動説を主張し続けたガリレオに例えた形だが、玉木らの今後の動向は焦点となる。

 高市は国民民主からの協力を取り付けられるのか。政権と国民民主の「距離」は特別国会の新たな焦点となった。

 特別国会は補正予算案審議が加わり、7月17日までの日程はさらに過密となった。高市肝いりの「国家情報会議」創設法案は5月27日に成立したが、積み残しの法案は山積している。

 裁判所の再審開始決定に対する検察の不服申し立て(抗告)が原則禁止される条文を盛り込む刑事訴訟法改正案を巡っては自民党の事前審査が紛糾。政府案の修正により、国会提出がずれ込んだ。26日に審議入りしたものの、野党はさらなる修正を要求。先行きはまだ見通せない。

 日本の国旗を損壊するなどした場合に処罰する「国旗損壊罪」創設法案や、維新が求める副首都構想法案や衆院の定数削減については、法案策定に向けた調整が続いている。

 皇室典範改正案の行方も注目を集める。態度を保留してきた中道改革連合が党見解を表明して各党の見解が出そろった形で、各党とも①女性皇族が婚姻後も皇族の身分を保持②旧宮家出身の男系男子を養子縁組で皇族とする─の2案は事実上賛同する方向になった。

 衆院議長・森英介(自民)は15日の各党との協議会で案のとりまとめに着手すると表明。会合後の記者会見で森は「今国会中に皇室典範改正の成立にこぎ着けたい」と力を込めた。現実味を一気に帯び始めた皇室典範の改正だが、具体的な制度設計をどう行うかなど課題は残る。

同志国連携に腐心

 過密日程が続く特別国会。そのすき間を縫うように、高市は外交にも力を注いだ。

「温泉にしようかな。美しい場所にお連れしたい」。19日に韓国南東部・安東で開かれた日韓首脳会談後、高市は韓国大統領の李在明との次回会談について笑顔でこう語った。安東は李の故郷にあたる。1月の奈良に続く会談で、高市と李はともに親密な関係をアピールした。

 会談では、原油の相互融通などエネルギー安全保障協力を強化する方針を確認。原油不足に直面するアジア諸国への支援に向け、日本主導で立ち上げた通称「パワー・アジア」の枠組みを通じエネルギー供給の強化に取り組むことを決めた。日韓でアジア太平洋地域への関与を強めようとの思惑が透ける。

 高市の念頭にあるのは、中国の存在だ。北京で5月14、15両日に行われた米中首脳会談では、中国国家主席・習近平は高市政権について「『新型軍国主義』の復活で脅威が増している」との批判を展開した。防衛装備移転の「5類型」を撤廃し安全保障関連3文書の改定を進める高市の動向に、中国は神経をとがらせている。

 高市が5月初旬のベトナム、オーストラリア訪問に続いて韓国を訪れたのは、同志国との関係強化で中国をけん制するためだ。一方で冷え込む日中関係とは対照的に、中韓両国の関係改善が進む。政府内では日中の緊張緩和に向けた「韓国による中国への働きかけ」を期待する。

 27日にはフィリピン大統領・マルコスが来日した。フィリピンは南シナ海の領有権を巡り中国との対立を深めているが、防衛相・小泉進次郎が「5類型」撤廃直後に訪問。中古の護衛艦や地対艦ミサイルなどの供与に向けて協議が進んでいる。日本側は同国をオーストラリアに続く「準同盟国」として位置づけ、アジア太平洋地域への進出を強める中国に対抗しようと躍起だ。

 7月中旬には仏エビアンで主要7カ国首脳会議(G7サミット)が開催される。高市はその際、英伊両国も訪問する予定で、同志国連携の強化に向けた動きは活発化している。

 複雑化を増す内外情勢への対応で奔走する高市。正念場は今後も続きそうだ。(敬称略)

【政界】安倍路線継承へ党内基盤も強化 「強い日本」づくりに邁進する高市首相