
第二次世界大戦後、ブレトンウッズ体制の下で資本移動は制限され、先進各国は完全雇用や所得分配を重視する政策を採用した。自由化やグローバル化も進めたが、あくまで各国の社会契約を侵食しない範囲で行い、国際政治と国内政治の均衡が担保された。
重要なのは、自由化やグローバル化を否定したのではなく、社会の内部に埋め込んだことだ。これを政治学者のジョン・ラギーは「埋め込まれた自由主義」と呼んだ。市場機能を重視しつつ、資本規制や為替管理、社会保障制度など社会の安定化装置を整えることで、破壊力を封じ込めたのだ。こうして戦後の先進国は、安定した経済成長と均斉の取れた所得分配を実現した。
しかし、1970年代後半から米国は市場経済を解き放つ新自由主義に舵を切り、冷戦終結後の90年代以降は、各国で同様の政策を推進した。資本移動の自由化と規制撤廃は国際経済を活性化させたが、株主至上主義の経営は国内の所得分配を歪め、民主制や社会の安定性を掘り崩した。
こうした現在の国際政治、国際経済の姿は100年前と不気味なほど似通っている。第一次世界大戦後、各国は自由貿易と金本位制への復帰を通じ経済再建を試みた。それは市場経済の規律を最優先し、国内の雇用安定や所得分配を犠牲にする新自由主義的な政策だった。経済社会学者のカール・ポランニーが分析した通り、その後、1929年の米国の大恐慌をきっかけに、10年に及ぶ世界大恐慌が訪れ、ファシズム台頭と第二次世界大戦をもたらした。
冷戦終結後の90年代以降もまた、市場経済の効率性を信奉する新自由主義的政策が推進された。各国の社会契約を反故にし、経済格差が広がり、2008年のリーマンショックを契機に有権者の怒りは爆発して、10年代以降は各国の政治が不安定化すると共に脱グローバル化が始まった。
1930年代と同様、民主的な意思決定や社会的包摂を軽視し、経済合理性を優先すれば、急進的な政治勢力を呼び込む恐れがある。当時、米国は経済効率性と一定の距離を置き、フランクリン・ルーズベルト大統領の下、社会民主的なニューディール政策を遂行した。その後も労働組合の高い組織率や長期雇用制の慣行、復員兵の大学の授業料の援助による教育機会の拡大が、中間層を厚くすると同時に、所得分配の歪みを是正し、人々の社会的な上昇可能性を支えた。そうした包摂的政策が戦後の高成長をもたらす。
一方、第一次大戦の賠償問題を抱える中で、強い市場規律に晒されたドイツは、経済優先の論理を強め、民主主義や個人の自由を棚上げし、経済界は、労働組合よりはまだましとファシズムを招き入れた。歴史が示すのは、経済人は時として、経済を優先するあまり、民主制や個人の自由を犠牲にする政治勢力と結託しかねないことだ。米国では、既に政権中枢にIT寡頭資本が跋扈していないか。