
年間120~130万台規模
「アフリカで求められる耐久性や低燃費、価格などとインド製のモデルとでは親和性がある」─。このように語るのはスズキ常務役員で四輪欧州・中東アフリカ本部長を務める加藤祐輔氏だ。
インドで新車販売台数のシェアで約40%を占めるスズキが「次なるインド」を定めた。アフリカである。同社は2031年3月期までの中期経営計画で中東・アフリカ市場を「次に大きな成長可能性を秘めた市場」と設定している。
現在の中東はイラン情勢で〝休業〟状態だが、アフリカは〝ラストフロンティア〟として注目されている。アフリカ大陸全体の人口は25年時点で約15.5億人。国連の見通しでは50年には世界の4人に1人、80年には3人に1人がアフリカ人になると予測されている。
しかし、「新車市場規模は年間120~130万台規模で横ばい」(加藤氏)が続く。アフリカと人口が近しいインド(約14億人)の新車市場は年間400万台超。それに比べてアフリカの「新車化率」は低い。
実はスズキはアフリカでは過去10年で販売台数を5.5倍に増やしている。中でも南アフリカでは12倍に伸長。24年度時点で、アフリカ54カ国のうち5カ国でシェア1位を獲得。25年度の販売台数は約12万7000台でシェアは約9%に迫る。日系メーカーでは約22.4万台を販売するトヨタに次ぐ。その中で加藤氏は「30年度に年間新車販売台数を15万台、シェアで10%を目標とする」と語る。
なぜ、スズキの車が伸びているのか。まずは冒頭の加藤氏の発言からも分かるように、スズキのクルマがアフリカの道路状況やニーズに合致している点が挙げられる。アフリカの多くの地域は未舗装路や悪路が占める。そのため、耐久性が高く、低燃費で価格の抑えられた小型車が求められるのだ。そこで「小・少・軽・短・美」(「小さく」「少なく」「軽く」「短く」「美しく」)という同社の得意領域が生きる。
さらにスズキのクルマがインド生産という点でも親和性が高い。インドも悪路が多く、燃費や低価格が求められる。自ずとインドで生産したクルマがアフリカでも売れる。しかもインドという立地にも優位性がある。
アフリカに輸出する場合、日本からアフリカまでの直線距離は約1万2000㌔。南アフリカまでの海上輸送で約40日かかるのに対し、インドからアフリカまでの距離はその半分の約6000キロ。日数も約14日とコスト・時間の両面で有利になる。
加えてアフリカ各国の自動車政策が追い風になっている面もある。例えばコートジボワールでは18年から「車齢5年以上の中古車輸入禁止」という規制が導入済みだ。前述の通りアフリカの国々で新車販売が伸びない背景の1つに中古車の存在がある。アフリカでは年間約500万台の中古車が売られている。
アフリカで中古車を手掛ける企業の幹部は「日本車であれば走行距離が10万キロを超えていても現地では新車と評されるくらい、日本車の性能に対する信頼度は高い」という。しかしコートジボワールでは中古車輸入が規制された結果、新車市場が急速に立ち上がった。スズキはその波を捉え、18年に約1300台だった台数を23年には1万1400台に伸ばし、同国で4年連続シェア1位を獲得した。
スズキの南アフリカ販売子会社の本社
トヨタグループとの協業も大きい。豊田通商とはガーナ子会社の生産工場でスズキ車を生産。アフリカ各国政府が規制などを導入して現地生産促進政策を推進する中、完成車輸入だけでは限界があったが、豊通との協業による現地生産でそれをカバーできるようになった。
また、スズキはアフリカ54カ国中、51カ国で販売しているが、販売子会社がある南アフリカを除いた30カ国以上では、豊通の子会社で仏商社のCFAOが販売会社を担っている。「個別で取り組むより効率が良い」(同)というわけだ。
他国のメーカーも虎視眈々
ただ、スズキが現在のシェア9%から10%と僅か1ポイント引き上げるだけの目標を設定したのにはアフリカ特有の課題がある。アフリカは突如政策が変わるといった独特の市場だ。加藤氏も「商機を逸することなく迅速に対応する」と強調する。また、前述した中古車との戦いに加え、世界各国の自動車メーカーも虎視眈々とアフリカを狙う。
中国のBYDは130万台を輸出する計画を掲げており、その輸出先の1つにアフリカを位置付ける。独フォルクスワーゲンも中国を輸出基地とし、電気自動車などの新エネルギー車を将来的には北アフリカなどにも輸出する構想を掲げる。
スズキもアフリカを4つのエリアに分け、各地域に沿った成長戦略を掲げる。南アフリカでは所得向上と共に個人需要のSUV(スポーツ多目的車)比率が高まるという傾向を捉えてSUVを中心にファミリーやレジャー用途の商品を強化。公共交通が脆弱でタクシーやライドシェアなどが市民の足替わりとなっているコートジボワールやアンゴラではタクシー・ライドシェアに適した低燃費・高耐久・低価格な小型車を増やす。
1978年に社長に就任した鈴木修氏(故人)は国民車構想を計画していたインドにいち早く乗り込み、スズキの屋台骨にまで育て上げた。その思想を受け継いだ鈴木俊宏氏ら〝チーム・スズキ〟が、それをアフリカでも実現できるかが問われる。
