横浜国立大学(横国大)、東京大学(東大)、日本大学(日大)、神奈川大学、信州大学の5者は3月5日、宇宙線の観測実験「チベットASガンマ」において、地球から約800光年の距離にあるパルサー「ゲミンガ」の周囲に広がるガンマ線ハローを、100兆eV(100TeV)超という高エネルギー帯で精密に捉えることに成功し、P(ペタ)eV(1000TeV)級の「かに星雲」とは同じパルサーでも物理環境が大きく異なる可能性があることを明らかにしたと共同で発表した。
同成果は、横国大大学院 工学研究院の片寄祐作教授、東大 宇宙線研究所 高エネルギー宇宙線研究部門の瀧田正人名誉教授・シニアフェロー、日大 生産工学部の塩見昌司教授、神奈川大 工学部 応用物理学科の日比野欣也教授、信州大学 理学部の加藤千尋教授ら80名弱の研究者が参加する日中共同研究チーム「The Tibet ASガンマ Collaboration」によるもの。詳細は、米国科学振興協会が刊行する学術誌「Science」系のオンライン学術誌「Science Advances」に掲載された。
宇宙では、陽子やヘリウムの原子核、電子からなる宇宙線が飛び交っており、それらは109(10億)~1020(1垓)eVという幅広いエネルギーを持つ。特に、1015(1000兆)eV以上の領域は「ペタ(PeV)領域」と呼ばれ、極めて高いエネルギーとして扱われている。
宇宙線は電荷を持つため、磁場の影響で直進できず、その到来方向から放射源天体を特定することは困難だ。しかし、宇宙線が電子の場合、強い磁場中での「シンクロトロン放射」や、周囲の光と衝突してエネルギーを受け渡す「逆コンプトン散乱」により、高エネルギーのガンマ線を生じさせる性質がある。光は磁場を無視して直進するため、届いたガンマ線を分析することで、放射源天体やその周辺環境、さらには粒子の加速機構を探ることが可能となる。
このようなガンマ線天体の1つとして、近年、注目されているのがゲミンガだ。その正体は、極めて正確なリズムで高速回転する中性子星(パルサー)から吹き出すプラズマで形成される「パルサー風星雲」である。同天体では、電子や陽電子が高エネルギーにまで加速され、逆コンプトン散乱によるガンマ線ハローが周囲に広がっている。
これまで、「かにパルサー」を抱える超新星残骸「かに星雲」の観測からは、PeV領域までのガンマ線が検出されていた。しかし同じパルサーでもゲミンガは、これまでの観測エネルギーが最高で数十TeV(1013eV台)に留まっていた。かに星雲ほどの高エネルギーには至らないと見られていたが、電子の加速限界を直接示すガンマ線スペクトルの急激な減少(カットオフ)の有無が未確認だったため、決定的な結論には至っていなかったという。
さらに、宇宙線は磁場で拡散され、地球に届くまでに散乱されるプロセスも重要な情報であり、その強さは「拡散係数」で表される。そしてゲミンガでの拡散は、宇宙物理の未解決問題「陽電子過剰」とも密接に結びつく。同天体からは数十パーセク(1パーセク≒約3.26光年)程度に広がったガンマ線が観測されており、陽電子過剰を説明しうるエネルギーを持つ電子・陽電子が生成されていることは確実視されていた。
高エネルギー宇宙線やガンマ線が大気中の原子核と衝突すると、次々と二次粒子が発生し、最終的にはシャワーのように多数の粒子が降り注ぐ。この現象は「空気シャワー」と呼ばれ、地上から宇宙線を間接的に観測する手がかりとなる。
-

パルサー天体「ゲミンガ」から届いた宇宙線が大気中の原子核と衝突して生じた空気シャワーが、チベットASγ実験の観測装置に降り注ぐイメージ。(右上)ゲミンガの周囲に広がるガンマ線ハローのイメージ。(出所:信大Webサイト)
チベットASガンマ実験は地上に多数配した粒子検出器を用いて、この空気シャワーを観測するものだ。光学観測ではないため、昼夜・天候を問わない連続観測を可能とする。しかし、宇宙から届く100TeV超のガンマ線強度は極めて微弱で、宇宙線雑音(ノイズ)の数百分の1以下しかない。そこで研究チームは今回、ノイズの大幅な低減を達成するため、空気シャワー中の素粒子「ミューオン」に着目したという。
-

(左)標高4300mのチベット高原に設置された空気シャワー観測装置群。(右)地下に設置された水チェレンコフ型ミューオン検出器。画像は注水前のもので、現在は水で満たされている。(出所:信大Webサイト)
ガンマ線起源の空気シャワーに含まれるミューオン数は、宇宙線起源に比べて約50分の1と少なく、それによりガンマ線と宇宙線雑音の選別が可能だ。そこで、高精度なミューオン数測定を実現するため、他の大半の粒子を遮断できる地下2.4mに、水チェレンコフ型ミューオン検出器が多数親切された。この検出器の設置面積は世界最大級の3400m2を誇り、水深1.5mのプール中に光電子増倍管を取り付けられた構造となっている。これにより、ミューオンが水中で発するチェレンコフ光を捉え、空気シャワー中のミューオン数を正確に計測する仕組みだ。
今回の研究では、2014年から約2年間分のデータが解析された。100TeV以上のエネルギー領域で宇宙線雑音を1000分の1以下まで低減し、ゲミンガから放射される100TeV超のガンマ線のスペクトルが高精度に測定された。解析の結果、スペクトルは約100TeV付近での急減(カットオフ)が示された。これらは、周囲に広がる電子・陽電子が逆コンプトン散乱によって生成したものと考えられ、このことから電子の加速上限が約100TeVにあることが明らかにされた。
さらに、約16TeV~250TeVのエネルギー範囲でガンマ線ハローの広がりも測定された。その結果、ゲミンガ中心近傍の拡散係数が銀河平均の約100分の1と小さく、粒子の拡散が強く抑制されていることが判明。加えて、拡散係数がエネルギーの3分の1乗に比例する「コルモゴロフ型」と整合し、ゲミンガ周辺におけるプラズマや磁場などの乱流特性が初めて実験的に示されたとした。
研究チームは今後、南半球ボリビアで建設中の「ALPACA」など、チベットASガンマ実験と類似の観測装置による観測を進めるという。新たなエネルギー領域でのデータが蓄積されれば、銀河内のパルサー風星雲における電子加速のメカニズムや伝搬の実態が明確になり、宇宙線起源の解明が大きく前進することが期待されるとしている。

