
「民間が稼ぐ力を付けないと日本経済は成長しない」─大田氏はこう強調する。高市早苗政権は「強い経済」を掲げているが、これを牽引するのは政府ではなく民間企業だという考え。政府の補助金などは短期では効果が出ても、中長期の成長にはつながりにくい。やはり規制改革など、民間が力を発揮しやすい状態に持っていくことが大事だと訴える。財政を含め、高市政権はどんな経済政策を打っていくべきなのか─
なかなか進まない労働市場改革
─ 高市早苗首相は「強い経済」を掲げて政策を進めようとしています。今後の政策の方向性をどう見ていますか。
大田 高市首相が就任後、真っ先におっしゃったのが「強い経済」でした。まさにおっしゃる通りだと思いますが、問題はどうやって強くするかです。
そのために大胆な「危機管理投資」と「成長投資」を進めるとしています。経済安全保障、食糧安全保障、エネルギー安全保障、健康医療の安全保障などは、どれも重要ですし、政府の役割も含まれますが、経済を牽引するのは、やはり民間です。
政府は民間ではできない部分をサポートするのが役割です。何よりも民間が稼ぐ力を付けないと日本経済は成長しません。これはバブル崩壊後の日本経済で、長年にわたる課題です。
─ 日本が成長戦略を打つにあたって、気をつけるべきことは何だと考えていますか。
大田 成長戦略には2つのタイプがあります。1つは補助金や政策税制など、政府が支援をすることで新たな需要を作り出すものです。研究開発税制や賃上げの支援が該当します。もう1つは政府が邪魔をしている部分、阻害要因を取り除くことです。規制改革がその典型です。
1つ目は、すぐに効果が出ますし、誰も反対しません。一方でもう1つの方は反対が非常に強く、効果が出るまでに時間がかかります。例えば、農業改革や医療制度改革を実行してもGDP(国内総生産)がすぐに増えるわけではありません。
ただ、日本経済をこの先10年で見た時に、構造改革は避けて通れません。1つ目の改革は需要を強くし、2つ目の改革は供給側を強くするものですが、今の日本では供給側を強くすることが必要です。
─ 供給側を強くする改革として、いま何が必要だと。
大田 私は特に必要なのは労働市場改革だと考えています。岸田政権の時から「人への投資」が言われ、企業も雇用制度改革に取り組んでいます。「骨太方針」にも「三位一体の労働市場改革」が盛り込まれていますが、実際には進んでいません。
中小企業や社員が成長分野に移れる仕組みを
─ この要因は何だと考えていますか。
大田 イノベーションを牽引するのも、経営改革を実行するのも、社会のデジタル化を進めるのも「人」です。ですから労働市場を改革し、社会全体で適材適所を作り出して「人」を活かすことが大事です。産業の新陳代謝とセットでの労働市場改革が必要ですが、改革を進めるとなると反対が強い。
日本は産業の新陳代謝が弱く、規制と補助金と税制で、生産性が低いところを低いままで守ってしまっています。系列、メインバンク制、株の持ち合い、終身雇用など長期的に取引関係を固定して成長しようという戦後の日本型経営が成功したこともあり、政策でも現状を固定して守る仕組みが強いんです。
そうではなく、例えば中小企業が今の仕事では生きていけないという時に、成長分野への転業をサポートするような政策は弱い。人が成長分野に転職する際も支援は弱く、同じ企業に勤め続けようという時の雇用調整助成金などは手厚い。しかし、これだけ変化が激しいと、固定は安定ではありません。
─ 日本では99・7%が中小企業で、雇用でも7割を占めています。この部分の新陳代謝がなかなか進んでいません。
大田 中小企業を守るのではなく成長を促す政策こそが大事です。転業支援だけではなく廃業支援も必要です。事業承継に向けたM&A(企業の合併・買収)などが活発になっているのはよい動きだと思います。
デジタル化で無形資産が重要な時代です。これまでの日本はモノづくり、有形資産中心の経済にフィットする仕組みでしたが、無形資産経済は変化が速いですから、柔軟性のある仕組みに変えていくことが必要です。
転業、事業再編、転職など環境に合わせて柔軟に対応できる流動性をもった仕組みに変えていかねばなりません。
─ 製造業もソフト化が必要になっていると。
大田 製造業も、モノを売ってマージンを稼ぐというモデルでは収益をあげられません。サブスクリプション(継続課金)や企業へのソリューション提供、ソフトウェアなどのサービスが収益源になってきており、無形資産投資がカギを握っています。時代は大きく変わりました。
また、労働市場の流動化というと反対の声が起きますが、若い世代では転職は普通のことになっています。
今の状態では保障がないままになし崩し的に流動化が進んでしまいますから、第一に成長分野に転職しやすい仕組みの構築、第二に豊富な能力開発の機会の提供、第三に多様な働き方を支えるセーフティネット、という3つの柱が大事になります。
これらをパッケージでつくっていくことが喫緊の課題です。政府は、失業を防ぐことより成長分野への移動を促す「積極的労働市場政策」への転換を打ち出したのですから、これを実行に移してほしいですね。
地方創生に向けて必要なこととは
─ 地方創生が日本の課題として言われますが、どう進めればいいと考えますか。
大田 地方経済の活性化は非常に重要です。東京か地方かというゼロサムの発想から抜け出すことが出発点だと思います。
東京はさらに魅力ある大都市にならなければなりませんし、地方はそれぞれが魅力ある地域をつくっていかなければなりません。地域でも、牽引するのは民間ですから、中核企業が育っていくような仕組みをつくっていくと同時に、それをサポートする仕組みが必要だと思います。
一部の地方銀行では、地元企業が後継者難の時に、ファンドをつくって企業を買い取って再成長させたり、サーチファンドで後継者を探すといった取り組みを始めています。政府の補助金ではなく、民間の力をいかに活性化させるかが大事です。
─ 各地方自らが、中核企業を含めた成長の絵を描くことが大事だと。
大田 そうです。しかも、それは単に産業を誘致するといったワンパターン化されたものではなく、地域独自の絵です。場合によっては周辺の自治体とも連携していく。
地銀は以前よりも広い範囲で事業をしていますから力を発揮できるでしょうし、日本政策投資銀行等による広範囲の仕組みがあります。補助金を出すにしても、まずは絵を描けた地域に必要な補助をするという考え方が必要ではないかと思います。
例えば、冨山和彦さんが会長を務める「日本共創プラットフォーム」は地方で中核企業づくりに取り組んでいます。経営悪化が問題のバス会社でも、経営人材の投入やデジタル化による経営改革で立て直すということを実践しておられます。
─ 人口減、少子高齢化はマイナスですが、その中で工夫することで成長はできると。ただ、今の日本の潜在成長率は0・6%程度と低いですね。
大田 潜在成長率の低さは日本の最大の課題です。潜在成長率は労働力の投入、設備など資本の投入、生産性という供給側の指標で導き出されます。
労働力は大きく増やすことは難しいですから、人材投資で労働力の質を上げることが重要です。設備投資については、日本企業は無形資産投資が弱いことが問題です。
とくに、人材投資、ブランド力、組織改編などへの投資が弱い。この分野への投資は生産性に直結しています。この取り組みを実行するかどうかは経営者次第です。経営者に求められる役割は、以前以上に重みを増しています。
政府の役割も重要で、労働市場改革を進めること、デジタル化に対応した規制改革を進めることは、生産性に直結します。
「責任ある積極財政」に必要な視点
─ 高市首相は「責任ある積極財政」を掲げています。財政は日本の課題と言われていますが、この問題への考えは?
大田 「責任ある積極財政」とは何なのかについては、今後示していただけると思いますが、非常に重要な部分です。これまで給付や減税など、様々な財政出動をしてきましたが、一度としてその検証がなされていないことが問題です。
─ 足元で株価は高いですが、長期金利が上がり気味で財政への先行き不安も言われます。
大田 株価はAIバブルではないかと言われますが、90年代のITバブルとは様相が異なります。また、日本株は36年前に3万8915円を付けた後は、世界の株価の伸びに比べると、あまりに遅い上昇です。
むしろ、今の株高の時に企業がそれに見合った稼ぐ力をどう付けるかが大事です。東京証券取引所が打ち出したように「資本コストを意識した経営」によって事業構造を転換し、稼ぐ力を付けていくことができるかが問われます。
また、財政については「責任ある積極財政」の「責任」の部分をマーケットに示し、財政運営への信頼を得なければなりません。私は中期の財政フレームをつくって、それに沿った財政運営をすべきだと思います。
過去には小泉内閣の最後につくられた財政改革プランを、第一次安倍内閣、福田内閣で実行してきました。歳出削減と増税を組み合わせたプランですから、国会では猛反発を受けましたが、多くの国で中期の財政フレームをつくって実行しています。日本では、麻生内閣以来、つくられていません。
─ 財政フレームをつくる上で重要なことは何ですか。
大田 何年間で基礎的財政収支をゼロにするといった「目標」、それを達成するための「歳出改革」、そして「増税」。この3つを持った計画が必要です。日本では、目標だけを示し、この目標すら達成年度を先送りしてきています。
しかし、財政フレームをつくること自体、国会では消費税の扱いや社会保障制度などをめぐって大議論になります。少数与党の下で財政フレームをつくり、財政再建を行うことが相当難しいのは確かです。
フランスで財政不安が起き、暴動まで起きていますが、あれはフランスだけの問題ではなく、少数与党の下で財政が悪化してきた時に、財政再建策を実行するのがどれだけ難しいかということを示しています。
政治が不安定であれば、いつ選挙になるかわからないため、減税と歳出拡大という短期的な人気取り合戦になりやすい。現時点ですら、歳出メニューは防衛費を始め、ずらっとあります。
─ 財政再建に取り組むのは難しい環境だと。
大田 ええ。過去も難しかったのですが、それよりもはるかに難しくなっています。いったん財政不安が起きると、政権が不安定なために財政再建策を実行できず、財政危機に陥るという形で負のスパイラルに入りかねません。
その意味でも、独立した財政機関をつくることが重要です。OECD(経済協力開発機構)では大半の国が設立しています。「金利のある世界」になったうえに、実際に金利上昇リスクが意識されてきたいまこそ、政権が財政運営に責任を持つための仕組みをつくるべきです。
─ 政策は中長期の視点を持つことが大事だと。
大田 そうです。今は政策があまりにも短期的になっています。改革が難しいまま今に至っている課題がいくつもありますが、このまま10年が経ってしまっていいのかという視点が重要です。
例えば、農業はすでに担い手の平均年齢が70歳近くで、10年後の姿を描けない。しかし、農業をやりたい若者は多いし、美味しい農産物をつくる技術力もありますから、ここで「産業」として農業を強くする政策に思い切って舵を切り、デジタル化で強い農業をつくるべきです。
医療制度も、いまのままでは、高齢化がピークを迎える2040年を乗り切れません。この10年で日本は大きく変わるでしょう。いまこそ10年を視野に入れた政策が必要です。