アシックス会長CEO・廣田康人が語る『日本発のグローバルスポーツブランド』になるために必要なこととは?

「アスリートの声を聞く」─。2025年9月開催の「東京2025世界陸上」では、多くの選手がアシックスの製品を着用した。中でもマラソンではナイキ、アディダスという世界のライバルを抑えてトップシェアを獲得。そのためにはアスリートのニーズに応える製品開発が重要。また、スポーツは疲弊する地方経済の活性化にもつながるとして、各地でイベントも企画。「スポーツの垣根を低くしたい」と語る廣田氏だ。

 世界陸上を通じて 「支える楽しみ」も浸透

  ─2025年9月開催の「東京2025世界陸上」は盛況のうちに幕を閉じましたが、アシックスのランニングシューズの着用率は高かったそうですね。

 廣田 ええ。例えば我々が最も力を入れていたマラソンでは男子が39・8%、女子が32・9%(※当日実際に走ったランナー、途中棄権含む)と、ナイキ、アディダスという世界のライバルを抑えてトップシェアとなりました。特に日本開催の世界陸上で、これだけの成果を出せたことは、非常にありがたかったですね。

 ─ 今回の世界陸上は多くの人が感動を覚えたわけですが、廣田さんはどういう感想を持っていますか。

 廣田 本当に多くの方々が関心を持って陸上競技を見て下さったことは本当に嬉しいことです。スポーツが生活に溶け込んできています。

 スポーツは「みる楽しみ」、「する楽しみ」がありますが、それに加えて大会を「支える楽しみ」というものを皆さんが感じていただけたのではないかと思います。

 こうした大会を通じて、皆さんが身体を動かそうと思っていただき、少しでも歩いたり、走ったりする方が増えて、健康になってくれたら、さらに素晴らしいことだと思います。

 ─ 今、健康と要介護の中間に位置する「虚弱」な状態である「フレイル」を予防することが大事だと言われますが、それにはやはり運動が大事になりますね。

 廣田 ええ。身体を動かすことで筋肉を若々しくしていくのは非常に重要なことです。日本人のデータを見ると、シニアの方は比較的身体を動かしていますが、30代、40代の人たち、中でも女性の運動実施率が非常に低いんです。

 先ほど、聴覚障害者のための世界的スポーツ大会「東京2025デフリンピック」のイベントの際に東京都の方と話をしたのですが、運動について問題意識を持っているとのことでした。

 都市としての魅力はもちろんのこと、そこに住んでいる人たちが健康で、元気で明るく過ごすことができる都市をつくりたいということをおっしゃっていました。

 その時に大事なのは、やはり身体を動かすことですが、世界陸上は1つのきっかけになったのではないかと思います。選手たちがすごい技を目の前で見せてくれましたから。

 ─ 世界では戦争、紛争が相次いでいますが、スポーツは競争をしながら共生をするという貴重なものですね。

 廣田 そう思います。スポーツは、ある一定のルールの下で競争するものです。世界大会ではナショナリズムが高揚しますが、こういった形での戦いは本当にいいものだと思います。やはりスポーツは平和でなければできない平和産業です。そこを改めて浸透させていく必要があります。

 多くの人が健康でいられれば、国の医療費の問題も減少に向かいます。ですから幼少期、青年期、壮年期、高齢期、いずれの年代を問わず、身体を動かし続けることが大事です。

 今はスポーツをするというと、何か特別なことをするという意識を持たれている方も多いですが、この垣根をできるだけ低くしたいんです。少し歩く、少し走る、あるいは水泳でもいいと思いますが、気軽にスポーツを楽しむことができる世の中になったらいいなと思います。

 また、世界陸上で選手たちが信じられないスピードで走る姿を見ていると、見るだけでもワクワクしますし、勇気をもらい、前向きになります。こうしたことも大事だと思います。

 私自身もマラソンを含め、走る習慣がありますが、スポーツをしていると会社の肩書きなど、立場が関係なくなります。その意味で、自分の会社以外のコミュニティを持つことも重要だという感じがしています。

 地方の資源を生かしたマラソン大会の開催

 ─ 日本の課題として地方創生が言われますが、スポーツとの関係をどう考えますか。

 廣田 例えば、マラソン大会は47都道府県全てで開催されています。そして、この大会間での競争もあります。その中で、各都市、各地方がそれぞれの工夫を凝らして、マラソン大会の価値を上げようとしています。

 また、マラソン大会は朝早くから始まりますから、前日から宿泊をし、食事をする方々が多くおり、そこで地域でお金が落ちることにつながります。そして多くのボランティアの方々が大会を支えていますから、そこで地域の人たちとの交流も生まれます。

 ─ 例えば、成功している大会などはありますか。  廣田 今年12月14日開催の「富士山マラソン」は富士山の周辺を走るということで、国内の方はもちろんのこと、インバウンド(訪日外国人観光客)にもすごい人気です。

 定員はフルマラソンが5700人、河口湖1周コースが4200人、チャリティファンランが2100人ですが、あっという間に満員になったほどです。そのうち半分以上が外国人です。

 他にも、山形県東根市では毎年6月に「ひがしねさくらんぼマラソン大会」が開催されており、さくらんぼやおにぎり、記念品が配られますし、千葉県富里市の「富里スイカロードレース大会」では、給水所ならぬ「給スイカ所」が設置され、ランナーにスイカがふるまわれます。

 ─ 各地域で、地元の特色を出そうとしていると。

 廣田 そうです。やはり風光明媚なだけでなく、特色を出さないとなかなか訪れてもらえませんから、各自治体が様々な工夫をしています。

 アシックスの子会社にアールビーズという会社があり、レースのアレンジや企画を手掛けています。その企画の1つに「お城マラソン」があります。全国のお城のある場所で対象大会を完走すると、「完走タイム入り御城印」のスタンプがもらえるという仕組みです。

 走ることに加えて、日本の観光資産の魅力に触れることもできるんです。皆さんに様々な形でスポーツに触れていただくことで、私たちのビジネスにもつながります。

 世界で存在感を高める企業として

 ─ 三菱商事出身の廣田さんがアシックス社長に就任したのが18年のことですが、改めてこの間をどう振り返りますか。

 廣田 「日本発のグローバルスポーツブランドになろう」という目標を立てました。スポーツ好きな社員が集まって、彼らと一緒に取り組んできたわけですが、歩みを着実に進めることができているのではないかと思いますし、業績的にも成果が出てきました。

 やはり、海外に行ってトヨタ自動車の車やユニクロのお店など、日本製のものを見ると嬉しくなりますよね。それと同じように、海外でアシックスの製品を身に着けてくれる人を増やしていきたいんです。まだ道半ばですが、手応えを感じています。

 ─ ナイキやアディダスなど世界のライバルとの競争も激しいものがありますね。

 廣田 何とか追いつき、追い越せるようになっていきたいと思っています。スポーツブランド以外にも、「オニツカタイガー」というファッションブランドも持っていますが、これも国内外でご支持いただいています。

 このブランドもしっかり育てることで、「アシックス」と「オニツカタイガー」という2つのブランドで、日本発のグローバルスポーツブランドになっていきたいと思っています。

 ─ 日本経済全体で言うと、実質GDP(国内総生産)が4になり、1人当たりGDPで38位と存在感の低下が言われますが、個別企業は頑張ることが大事ですね。

 廣田 そう思います。まさに個別企業として世界で存在感を高めていきたいと思っているんです。私たちは1企業ではありますが、存在感を高める努力をすることで、同じように頑張る会社が増えることにつながるのではないかと。それによって世界で日本の存在が見直されることにつながると思います。

 多くの海外の人たちは日本が好きなんです。だからこそ、多くのインバウンドが来られています。ですから日本企業が匠の力、技術力を生かした、よい製品を出して、それを受け入れていただけるように売っていくことが、何よりも大事です。

 ─ アシックスのシューズも技術力の固まりですね。

 廣田 例えばマラソンのシューズは、我々もナイキもアディダスも非常に軽いんです。長く、速く走るためにはシューズは軽い方がいい。ただ、軽くする時に薄くすればいいというものではなく、足の安定性、クッション性を担保しなければなりません。そこに我々の技術の粋が詰まっています。

 アシックスの日本にある研究所の知見、グローバルの知見など、様々なものを活用しながら技術開発、生産をしています。そして、今まではアスリートが靴に合わせる形でしたが、我々は靴がアスリートに合わせていくという考え方で開発を進めています。

 開発にあたっては、もちろんAI(人工知能)も駆使していますが、アシックスの研究所では日夜、研究に打ち込んでいる人間がいます。重要なのは、彼らの知恵を知的財産、特許で抑えて、権利を保護することです。

 そして開発の途中で実際にアスリートに試し履きをしてもらい、そのフィードバックをもらって、さらに改良をしていくことが大事です。「アスリートの声を聞く」というのが、私たちの大きな方針です。

 ─ 廣田さんは創業者・鬼塚喜八郎さんの「頂上作戦」からヒントを得た「C-PROJECT(Cプロジェクト)」を展開しましたが、どういう思いで進めてきましたか。

 廣田 アシックスに来てみて、やはり技術、製品は非常にいいと感じましたが、なかなか販売に反映されないのはなぜだろうという問題意識がありました。

 本社と販売会社とのコミュニケーションがうまくいっていないという課題がありましたから、ここを一気通貫でできるように変えました。そして製品を出したら、最初はうまくいかなくてもしっかりやり続けようということも伝え続けたんです。

 21年のお正月の駅伝で、アシックスのシューズがゼロになるという衝撃がありましたが、ナイキが厚底シューズを出した時に、いつかはそういう時が来るかもしれないと思っていました。

 C-PROJECTは19年の終わりから始めていましたから、比較的早いタイミングでキャッチアップできたと思っています。会社の底力を感じましたね。

 従業員への還元も強化していく

 ─ 日本の個人消費の動向をどう見ていますか。

 廣田 デフレ経済に慣れていた日本が、コロナ禍などを経て、物価高、人手不足に直面しているのが今です。かつての高度経済成長期にはインフレでしたが毎年給与が上がるという好循環がありました。今はまだ物価だけが上がり、所得が追いついていない状況で、社会の中での格差も出てきている。

 企業としては株主に配当し、将来への投資をしながら、従業員の給与レベルを上げていくことも同時にやらなければ、経済は回っていきません。

 ですからアシックスは業界でナンバーワンの給与水準にしていこうという目標を掲げています。24年から25年の賃上げ率は約6%、新卒の初任給も2年連続で引き上げています。

 ─ 株主還元だけでなく、やはり従業員の賃上げを進めることが大事だと。

 廣田 そうです。アシックスでは25年から、資本コストと連動させて賞与を支給する「グローバル・プロフィットシェア」という仕組みを導入し、グローバルの従業員への還元を進めています。税後利益が資本コストを超えた分の10%を還元しています。

 やはり企業としては株主還元、将来投資、そして従業員への還元をして、健全に経済を回しながら成長していくことが重要です。日本全体で、そういう流れが生まれてくることを期待しています。