
「会社を次にどうやって発展させていくかという非常に大きな岐路に立っている」─東京海上ホールディングス社長の小池氏はこう話す。53歳という大手金融機関最年少での社長就任。国内保険事業で、企業保険での価格調整問題などの課題に直面し「事業モデルの大変革に取り組んでいる」。同時に、成長の源泉となった海外企業買収、さらには保険以外の領域でのソリューション提供への注力など、次の成長に向けてどう取り組んでいくか─。
多様な価値観を包摂した経営を
─ 日本全体、世界全体で政治状況が揺れる難しい状況の中ですが、現状認識を聞かせて下さい。
小池 私は2025年4月に海外赴任から戻ってきたのですが、ちょうどアメリカでの政治的な地殻変動を目の当たりにしてきました。
日本でも、先の選挙において、やはり独自の意見、民意の反映がなされてきています。改めて、多様な価値観というものが、政治のあり方についても反映されてきていると感じています。これは、我々が事業をする、事業運営をする上でも、同じようなことが言えると思うんです。
すなわち、今までは我々が企業としての形、あるいは企業としての理念というものを提示すれば、そこに大半の社員がついてきてくれるという時代でしたが、そういう時代はもう終わっています。やはり、多様な価値観をいかに包摂しながらマネジメントをしていくかが問われています。
─ 企業と社員の関係も変化してきていると。
小池 ええ。このことは、我々が20年前から海外事業を本格的に展開し、今や世界57カ国、5万人を超える社員が集う形になっているわけですが、この時にすでにある意味体験していることではあります。
海外企業を買収する中で導き出した我々の答えは、迎え入れた会社の独自性、価値観をそのまま生かしながら、我々のグループの中に取り込むということです。
仲間に迎え入れる時に、我々のエコシステムへの同化を求めずに、それぞれの事業の強みを生かしながら、グループとして全体を形作っていくと。こういう経営の形で成長を遂げてきていますから、このことは我々の大きな強みになると思っています。
─ これまでも多様な価値観と向き合ってきた経験を生かすことができるということですね。
小池 ただ、海外企業との関係と同じようなことが、東京海上日動、あるいは日本の国内保険事業でもできるのかというのは非常に難しい面もあります。
というのは、東京海上日動という非常に大きなドミナントな会社が、国内保険事業の中心を占めてきた、担ってきたという歴史的経緯もあるわけですから、ここがいかに、今申し上げたような多様な価値観を包摂しながら、事業モデルを進化させていけるのかということです。
─ 新しい事業領域の会社との連携も出てきていますね。
小池 はい。我々は25年5月に建設コンサルティング会社のID&Eホールディングスを仲間に迎え入れて、保険という領域から、保険以外の領域での安心・安全の提供に、さらに一歩踏み出したわけですが、これも同じようなことが言えます。
ID&Eの価値観と我々の価値観、企業理念として相通ずる部分があるからこそ、グループに迎え入れたということがあるわけですが、これを本当にうまくやっていけるのかというのは、今、政治で見えているような多様な価値観の表出をどうマネージしていくかということと、根底は全く同じだと思っています。
ですから、多様な意見をしっかりと表明してもらえるような関係をつくっていくということ、そしてそれをどのような形で経営の中に取り入れていくかというところが我々にとっても非常に大きな課題だと思っています。
リスクも孕んだ大きな分岐点に
─ 改めてですが、社長就任の抱負を聞かせて下さい。
小池 私は前任の小宮(暁・現会長)から、強い事業基盤を引き継ぐ形になったという意味においては、非常に幸運だと思っています。
追い風参考ではありますが、純利益で1兆円という利益を上げる会社になりました。国内、海外のポートフォリオをバランスよく備えることによって、売上高の半分、利益で6割強が海外企業から上がってくる形になっています。手前味噌で恐縮ですが、国内外に優秀な人材も集っています。
ただ、これをさらに、次どうやって発展させていくかという、非常に大きな岐路に立っていると考えています。これは国内保険事業、海外保険事業、保険にとどまらない安心・安全のソリューションの提供を加えて、この3つそれぞれに、さらなる進化が求められている状態だと思います。
─ 国内保険事業では、企業向け保険の価格調整問題などもありました。
小池 ええ。国内保険事業では、お騒がせをしているインシデント(事件)があり、事業モデルの大変革に、それぞれの会社で取り組んでいます。
海外保険事業では、我々はM&A(企業の合併・買収)を通じて、ここまで成長してきました。これは07年のキルンという会社に始まって、20年のピュアグループという会社まで断続的に実施してきましたが、その買収からも5年が経ちました。
では、その次の成長は一体何なのかと。
今申し上げたID&Eを中心とした、保険にとどまらない安心・安全の提供という観点で次の我々のグループに入っていただく仲間を、どの領域に求めていくか。会社にとっては非常に大きな進化の可能性があります。
逆に言うと、リスクも孕んだ分岐点にあると認識しています。
中長期的な視点が日本企業のよさ
─ 東京海上HDはグローバル企業ですが、国と企業の関係をどう考えますか。
小池 我々は日本発祥の企業ですから、日本発のグローバルカンパニーとしての矜持を持ってやっていきたいと思っています。
グループ内では「パーパス(存在意義)・ドリブン経営」と言っていますが、このパーパスは、元々は日本という社会で育まれてきたものを、海外の仲間も加わることによって、さらに磨き上げていって、今の形になっています。
バックボーンとしては、やはり日本としてのよさというものが凝縮されていると思っていますし、このよさを失わずにいたいと思います。その上で、海外の仲間がさらに集ってきたくなるような会社をつくっていく。これが非常に大きなポイントだと思っています。
─ 小池さんが考える日本のよさ、日本企業の強さはどこでしょうか。
小池 まず中長期的な視点で物事を捉えているというところがあると思います。
我々が1つのところにコミットしていくと、短期的にどれだけ収益が上がるかといことももちろん大事なのですが、本質的にお客様や地域社会の発展をいかにお支えできるかという保険の本分に沿って、いかに事業を芽吹かせていくかが重要になります。
必ずしも短期でなく、中長期的な視点で事業を育んでいけた。これがあったからこそ、我々は海外のM&Aも、短期の成果を求めずに、まずは東京海上HDというファミリーに入って、彼らが腕を振るいやすい環境を整えて、そこから事業をブーストしていくというアプローチを取ることができたんです。
ですから、我々がM&Aをやる時はシナジー効果をもちろん期待しますが、一番は我々のグループに入って、気持ちよく、しっかりと仕事ができる環境を整えて、その会社の自律的な成長力を育んでいく。これがグループに入ってもらうことによるシナジーなんです。
この順番をしっかりと守って事業を進めてきたところが、日本的なよさによるものだと思っています。
いかに新領域を開拓していくか?
─ その意味で、常に企業の原点に立ち返ることが大事だと言えそうですね。
小池 そう思います。保険の原点ということと同時に、我々グループとしてのアイデンティティ(主体性)といいますか、グループのあり方の根源的な部分だと思っています。
─ 先ほど、ID&Eの買収を例に、保険にとどまらないソリューション、非保険事業を開拓していくという話をされましたが、どういった領域を視野に入れていますか。
小池 取り組みはまだ始まったばかりですから、完成形については社内でいろいろと検討している最中です。そして、どういった会社が、我々の理念に共鳴してくれて、仲間に入ってくれるかということにも関係してきます。
ただ、今我々として言えるのは、第一に保険というのは、これからも我々のコア事業であり続けるということです。
第二に、保険をコア事業にするという中において、やはり我々は安心と安全の提供を通じて、社会に貢献させていただくということがパーパスであり、我々の求心力でもあります。ここに合致する領域で事業展開をさせていただくということです。
─ その観点で今、新領域を探索していると。
小池 そうです。今、実際に準備会社や事業のコア会社を設立して、研究を進めているのがヘルスケア、モビリティ、そして脱炭素といった領域です。
ただ、それ以外にも、私が今申し上げたような点で親和性のある事業領域はありますから、そこは今、研究チームが検討を進めている最中です。
研究や検討を進めていく中で、一見、親和性が高く、シナジーがありそうに見えても、なかなか一緒にやるのは難しいというケースが出てくる場合もありますから、「必ずここをやる」といったことを決めきってやるというよりは、研究を続け、様々な企業と話をさせていただきながら、我々としての事業領域をしっかりと拡大していきたいと考えています。