
「良いモノを持つ喜び、そして自分にピッタリのサイズのものを持ってもらいたい。お客様の来店のハードルを下げ、楽しんでいただく体験を重視したい」と語るワコールホールディングス(HD)社長の矢島昌明氏。来店価値を上げる策として、同社は3Dボディスキャン『SCANBE(スキャンビー)』というサービスを開始。店員との接触なしに、セルフで自身のサイズ測定ができる。強みである丁寧な接客の対極にあるセルフサービスで、これまでとは違った顧客層の取り込みに成功。下着という枠を超え、今後目指していく先は─。
下着目的でなくてもOK 無料3D計測サービス
「わたしたちは測るだけで一切勧めませんと宣言し、お客様に楽しんでいただく体験を重視していく」─。こう話す老舗下着メーカー・ワコールHD社長の矢島昌明氏。
コロナ禍以降、百貨店、チェーンストアなど店舗への来店が極端に減少。人々は外出しなくなり、下着と肌着が一体となったブラトップなどの簡易下着が定番化した。
従来型の〝下着離れ〟が起き、ユニクロの『ブラトップ』を筆頭に、ワコールでも〝下着メーカーが本気でつくったブラトップ〟として売り出した『ウイング』の『シンクロブラトップ』は売上好調だ。
そんな中、同社は店舗への来店ハードルを下げることを考え、6年前から3Dボディスキャン『SCANBE(スキャンビー)』という無料サービスを始めた。
これまで得意としてきた丁寧な接客を求めるニーズがある一方で、プライベートゾーンに関わる下着売り場では、試着の際に初対面の販売員と個室で2人きりということに抵抗がある人もいるというニーズに着目。
このボディスキャナはセルフサービスで、プライベート空間を守りながら、自分の身体と向き合うことができる。3秒でボディスキャンを行い、全身20カ所の採寸データ、体型特長、下着のサイズを測定。データは自身のスマホに保存が可能だ。
「お客様のニーズを深掘りしていくと、機能だけでなく、自分の3Dデータを測るときの衝撃や高揚感、楽しさが潜在ニーズにあった。そのニーズを組み込み、体験にストレスを感じることがないよう設計した」(開発担当者)
顧客の楽しさを引き出すため、開発メンバーは実際に市場にある人気のサービスを徹底調査し設計した。プリントシール機のような操作感や、データが出てくるときの効果音、動物モチーフのキャラクターが画面に出てくるなど、女性が〝可愛い〟と感じる仕掛けをたくさん忍ばせている。
この無料体験サービスを行い、若年層や、今までワコールの店舗に来たことがない人、下着目的でない新たな顧客層を拾うことに成功し、サービス開始6年間で利用者は30万人を突破した。測定で得たデータの活用は人それぞれだ。
ボディメイク中の人、身体の状態を把握したい人、通販で買い物をする際にサイズを参考にする人、コスプレ用に自分で服を作る人など、様々な人が足を運ぶ。
販売員は客に求められなければ話しかけることはなく、むしろこれだけの来店も推奨している。
新たなビジネスモデルの可能性
しかし意外なのは、無料測定だけでなく、それを発展させた有料のサービスも人気を博している点。24年3月からこのボディスキャンに『わたしを知る骨格診断』(3500円)、25年6月から『からだバランス診断』(2000円)という有料サービスが追加された。
「お客様の声に答えがある。上司ではなくお客様の声を訊け」と強調する矢島氏の言葉通り、これらの有料サービスはまさにお客様の声から生まれた追加サービスだ。無料計測を行い、自分の姿勢の悪さに気づいたという声が多数あり、この骨格診断サービスを開始した。
骨格診断専門店の価格相場は1万円前後と体験ハードルが高く、ネット上の無料の自己診断はデータが曖昧だという顧客心理をつき、絶妙な価格設定も顧客ニーズを掴んだ。都市部で行われたポップアップイベントは、予約制にも関わらず毎回満員となっている。
「このデジタルコンテンツは新しいビジネスモデルの1つになり得る。デジタルデータを活用し、インナーウェア売り場だけでなく、アパレル、ヘルスケア分野にも拡大を図りたい」と開発担当者は語る。
現時点では、伊勢丹と協業し、3D計測した体型データを基にアパレルの提案が行われている。また、乳房の治療を行う都内の医療機関においても連携が進められ、開発の最中にある。
大阪・関西万博でもこの『スキャンビー』を出展し、万博限定で男性の体験も受け付けた。今後は例えばジム等への設置など、性別を問わないサービス展開も視野に入れる。
ブラトップなどの簡素化された下着は、ボディラインの崩れや肩こりなど、身体の不調に繋がりやすいという消費者の声もある。ワコール人間科学研究開発センターでは、長年身体に合った下着をつけている人ほど、体型の変化が少なかったというデータも出ている。
『スキャンビー』を自身の身体のメンテナンスとして使い、サイズを正しく把握して適切な下着を身につける喜びを知って欲しい─という同社の願い。冒頭に記したように、店員から商品は勧めず計測後に希望者のみ接客を受ける仕組みとなっている。
数値データを基に自分で店内、もしくはオンラインで商品を探すことも可能だ。こうした心理的な気軽さが顧客に受けている。
現在27店舗に設置しており(25年7月時点)、今後も店舗での体験価値を高めていく。1台あたりのコストが高いことが課題だが、下着販売以外の新たなビジネスモデルを確立したことの意味は大きい。25年3月期で3年ぶりの黒字転換した同社。
創立から76年。商品開発、マーケティングも消費者目線に立った経営改革が進められている。