「新規事業を量産できるプラットフォームに」伊藤忠商事が取り組む『社内兼業制度』

〝マーケットイン〟の発想を浸透させようとする中で…

 この6月から、全国のファミリーマート約1万6300店舗で販売されているプロテイン飲料『タンパクチャージ』。発売から2カ月で70万本の売り上げを目指す。

 実はこの商品、ファミリーマートの親会社である伊藤忠商事の社員が社内兼業でアイデアを結集し、開発。社内兼業制度を活用し、約10カ月で初の商品化にこぎつけたものである――。

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「縦割り感が強い総合商社という特性の中で、お客様がこういうことでお困りになっていると考えた時に、自部署だけでは解決できないことも多い。そこで組織の壁を超え、年齢に関係なく、若手や中堅でも自由に手を挙げることのできる機会を提供できないかと考えて、立ち上がったのが社内兼業制度」

 こう語るのは、伊藤忠商事 人事・総務部Virtual Office Design Teamの渡邉貴志氏。

 同社の社内兼業制度『バーチャルオフィス』は2023年度から導入された。これは自らが所属する部署だけでは実現できない新しい事業にチャレンジしたいと考える社員が集まり、各事業部の組織の壁を越えてチームを組成し、個々の案件を推進していく制度。

〝所属部署の壁を越えて〟というのがポイントで、お互いのノウハウを共有しながら、効率よく、案件を推進することを目的としている。

 同社では以前から、組織を超えたアイデアやリソースをいかに共有するか。そして、若手・中堅社員の主体性・成長機会をどう引き出していくかということが課題になっていた。

 従来から同社は、金属や繊維、食料など、部門ごとにディビジョン・カンパニー制を採用している。これは意思決定が迅速になされるなどのメリットも多いが、一方で、組織の縦割りによる組織間の人員やリソースの効率的な共有が十分ではないという課題もあった。

「他のカンパニーが何をやっているか把握できていない社員は意外と多く、他部署との接点がほとんどない社員もいる。隣がどんな事業をやっている部署かということは分かっていても、そこにどういうお客様がいて、売り上げがいくらあるということまでは分からないことも多い」(人事・総務部 Virtual Office Design Teamの横田裕昭氏)

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 また、若手・中堅社員にとっては、会社にキャリアを決められるのではなく、自身で自らのキャリアを切り拓き、成長機会を得ることに大きなやり甲斐を感じる反面、自らが選択できるキャリアの選択肢が限定的であることや新規事業に関わる機会が十分だと感じていないという課題もあった。

「会社全体として〝(お客様目線で事業やサービスを考える)マーケットイン〟の発想を浸透させようとする中で、従来の縦割り組織ではお客様目線に応える事業やサービスを提供できる体制になっていないという課題感があり、それを打破したいと思っていた」(渡邉氏)

 これらの課題を解決する一つの取組みとして導入されたのがバーチャルオフィス。希望する社員は1週間に5時間まで、関心のある新規事業創出に携わることができる。

 冒頭のプロテイン飲料の開発は、食料カンパニー、エネルギー・化学品カンパニー、人事・総務部の若手・中堅社員3人によるプロジェクト。3人は同期でも知り合いでもなく、全員が「はじめまして」という間柄だ。

 プロジェクトでは〝誰でも日常的に飲めるプロテイン飲料〟をテーマに、20~60代の男女約1000人に消費者調査を実施。筋トレが大好きでムキムキの人向けというよりは、普段あまりプロテインを飲まない人や健康意識の高い人向けに商品を開発。 チーム発足から10カ月で商品の開発・販売にこぎつけたのは、異例の速さだという。

 同商品はファミリーマートの店頭で販売することを目標に開発された。構想段階から、売り場(顧客接点)を持つファミリーマートと具体的な協議を進められたことも大きい。

ヨコ連携を意識した文化が定着していくために

 同制度を定着させ、成果を出すには上司の理解が欠かせない。このため、参加者は定期的に上司と面談し、自分がどんなことをチャレンジしているかを報告。現状、当初懸念していた本業への支障や残業時間の増加といった問題は出ていないという。

 23年度は16案件、24年度は14案件に着手。初の商品化にこぎつけた今回のプロテイン飲料以外にも、環境にやさしい肥料の開発や女性の健康課題をテクノロジーで解決するフェムテックなど、新事業のタネが生まれつつある。

 渡邉氏は「個人的には『バーチャルオフィス』を新規事業が量産できるプラットフォームにしていきたい。そこに参加した人がどんどん増えていくことで、さらに顧客視点を持った社員が増え、新規事業が増えていけばと。ここから大きなビジネスが創出されるのが一番理想的だが、とにかく、ヨコ連携を意識した文化が定着し、カンパニーの壁を越えていくきっかけになればと思っている」と語る。

 伊藤忠の今期(26年3月期)業績は当期純利益が9000億円(前年同期比2・2%増)となる見通し。2期連続で最高益を更新し、三井物産の7700億円(同14・5%減)、三菱商事の7000億円(同26・4%減)を追い抜き、5年ぶりの商社首位に返り咲く見通しだ。

 部門ごとの縦割り組織による弊害の打破は総合商社にとって大きな課題だが、他の企業にとっても縦割りの打破は共通の課題であろう。社会課題が複雑化する中で、従来の縦割り組織では十分に対応しきれない事業はどの会社にもある。

 そうした組織に風穴を開け、いかに組織を活性化し、潜在力を発揮していくか。伊藤忠の取り組みが注目される所以である。

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