
再生医療の可能性を広げるために
「今回の新製品は、ライフサイエンス領域における新事業の確立に寄与するものと考えている」─こう話すのは、積水化学工業代表取締役専務執行役員の清水郁輔氏。
2025年6月30日、積水化学は「iPS細胞」に代表される幹細胞の培養などを安定的に実現する細胞接着ポリマー「セグル」(Ceglu)を発表。同時に、そのセグルをコーティングした培養プレート「セグルマルチウェルプレート」の販売を開始した。
「セグルは化学合成ポリマーと、細胞接着分子をハイブリッドした、これまでにない細胞接着ポリマー」(積水化学ライフサイエンス事業開発部長・笠井正隆氏)。セグルの名前は細胞を意味する「CELL」と、接着剤を意味する「GLUE」の合成。
今回の開発の背景には、希少疾患などの治療に「iPS細胞」を始めとする再生医療が持つ可能性がある。
iPS細胞は06年に山中伸弥氏(当時、京都大学再生医科学研究所教授、現京都大学iPS細胞研究財団理事長)が、マウスの皮膚細胞から世界で初めて作成に成功。これによって山中氏は12年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。
この細胞は、パーキンソン病や心臓病といった希少疾患や、高齢化の進展で起こる疾患など、従来治療が難しかった分野に応用することが期待されている。
このiPS細胞を使った医薬品が実用化の承認を得た事例は、まだ出ていない。実際に再生医療に展開するためには、iPS細胞を「増やす」(培養)することが必要。大量製造ができなければ、産業化につながらないからだ。
だが、これまでは大量製造に向けたスケールアップに課題があった。iPS細胞を増やすためには、細胞の接着や伸展、増殖、分化を制御・促進するための硬さや形状、化学特性を制御した土台、「足場材」が重要になる。
従来の足場材にはタンパク質が材料として使用されてきたが、動物性のため、どうしても「ムラ」があり、「品質性、安定性の不足により、ラボスケールから製造スケールへのスケールアップが困難」(笠井氏)だった。
そこで積水化学は、この足場材を化学合成でつくることを思いついた。それによってタンパク質由来のものよりも品質を安定させることを目指したのだ。
積水化学が持つ「高分子加工技術」を深化させ、新たなポリマーを、山中氏が理事長を務める京都大学iPS細胞研究財団、京都大学iCeMS(物質-細胞統合システム拠点)と共同開発。均質・安定な細胞接着コーティングを実現した。
メーカー、研究者、それぞれに製品を提供することによって「化学合成だから実現可能な、ラボスケールから製造スケールまで、一貫したプラットフォームを実現する」(笠井氏)
「セグル」は、子会社の積水メディカルを通じて、まず日本国内で販売した後、25年中には欧米など海外市場にも展開予定。関連製品も含め、2030年に50億円を超える売上高を目指す。さらに、今後展開を予定している製品を含め、細胞培養テーマ全体で100億円規模の事業に成長させることを目標としている。
創業時からの技術を生かして…
積水化学は現在、2030年に向けた長期ビジョン「Vision 2030」で、売上高2兆円、営業利益率10%以上という目標を掲げて取り組んでいる。その中で、4つの注力分野のうちの1つが「ライフサイエンス」。
そして、その長期ビジョン実現に向けて進めている中期経営計画では「戦略的創造」によって成長の加速を目指している。
今回の「セグル」は、その戦略的創造の中の「革新領域」への進出であり、ライフサイエンス分野における新たな橋頭堡の確立という意味で大きな位置を占める。
この「セグル」への取り組みは、積水化学にとって再生医療という新たな市場への挑戦となるが、基になった技術は同社が長年積み重ねてきた「機能性樹脂材料技術」。
この技術を生かして、エレクトロニクス分野ではインク・染料や導電性ペースト、またモビリティ分野では遮音・遮熱中間膜を開発してきた。「ここで培った技術を、新たに細胞培養に展開、今後市場拡大が見込まれる再生医療の分野に製品投入する。先進医療の産業化で変革を起こす」(清水氏)
さらに、このセグルは、ポリビニルアルコール(PVA)という積水化学が持つコア技術を活用しているが、この技術は創業時から培ってきたもの。
この技術を活用して、粉体の樹脂になると導電性ペーストになり、フィルムにすると中間膜となる。今回は再生医療の足場材に活用したわけだが、積水化学ではこれを「出口を変える」(清水氏)と称している。
社内では「技術集中、市場分散」と呼んでいるが、1つの技術を磨き、様々な市場に展開し、持続的な成長を図っていくという戦略。今回も、始まりは小さな「種」だったが、それを育てるために、様々な知恵を絞ったことで、技術を世に問うところまで持ってくることができた。
今後は、生み出した製品を日本及び世界のスタンダードにするために医療業界に向けた営業力、プロモーション力が問われることになる。