
首相の高市早苗は4月21日、政権発足から半年を迎えた。2026年度予算の成立は3月中とした目標を達成できず、4月にずれ込んだが、世論調査では引き続き高い内閣支持率が続く。とはいえ、8日に「2週間の停戦」で合意した米国・イスラエルとイランの先行きは不透明で、物価高の懸念は収まらない。3月の訪米による米大統領・トランプとの会談をひとまずは成功させた高市だが、予算成立後は「国論を二分する」個別の法案の審議も控えており、多難は続く。
参院自民に不満
過去最高となる一般会計総額122兆円に上った26年度予算は4月7日、参院でようやく成立した。経済政策を重視する高市は、その裏打ちとなる予算の3月中の成立にこだわった。その分、3月までの「年度内成立」に失敗したことへの不満は収まらない。
すでに年度内成立が困難な情勢だった3月23日夕、国会内で開かれた自民党の役員会。総裁として出席した高市は開始直前、誰に向かって語るわけでもなく関西弁でこうつぶやいたという。
「なんで年度内成立ができへんの……」
その直後に参院議員会長の松山政司や同幹事長の石井準一ら参院幹部が入室すると、高市は憤懣(ふんまん)やるかたない様子ながらも黙り込んだ。
年度内成立は、もとより無理筋だった。高市が断行した衆院解散に伴う総選挙が2月8日に行われたことにより、予算案の審議は例年より約1カ月遅れの2月末に始まった。衆院選で大勝した自民と日本維新の会の与党は衆院で過半数を大きく上回り、審議日程を通常の半分程度の約2週間で3月13日に通過させた。
舞台は参院に移った。参院自民の実権を握る石井は衆院での審議入り当初から、党内で「3月13日までに衆院を通過させてくれれば年度内成立は可能だ」という趣旨の説明をしていた。ところが、ふたを開ければ参院自民はあっさりと断念した。自民の衆院国対委員長経験者は「参院自民は最初から年度内成立は無理だと分かっていた。それでも『可能だ』と吹聴し、結果的に首相をだます形になった」と語る。
参院自民は歴代、首相である総裁も手が出せない「治外法権」とされてきた。幹事長らの党幹部は総裁に人事権があるが、参院議員会長は所属参院議員の選挙で選ばれるからだ。参院の独自性発揮を重視する参院自民は、時として党よりも野党と連携する。衆院と同じような行動をとれば「参院不要論」につながりかねない、との思いがあるからだ。参院は与野党ともにその拡大阻止で利害が一致しており、奇妙な団結力を誇る。
先の国対委員長経験者は、予算の年度内成立見送りについても「参院自民の幹部は最初から参院野党第一党の立憲民主党幹部と握っていた」とみる。「握る」とは、永田町で頻繁に使用される言葉で、「談合」を意味する。今回で言えば、参院自民は党内外に「予算の年度内成立を目指す」と表明しつつ、水面下では立民との間で早い時期に「年度内成立は無理」と合意していた、ということになる。
与党が衆院で法案の再可決が可能な3分の2以上の議席を占める中、参院の存在意義は相対的に低下する環境にある。そこで、参院の独自性尊重という理念を共有する与野党が結束したというわけだ。部外者から見れば、「いったい何のために政治をしているのか」と映るかもしれないが、善悪はともかく、それが参院の実態なのだ。
内なる敵
結局、高市政権は年金や生活保護、自治体に配る地方交付税交付金といった新年度の初めに必要な経費を補うため、暫定予算を編成せざるを得なかった。実に11年ぶりのことだった。
高市が不満ならば、参院幹部を更迭することもできなくはない。だが、断行すれば、その後の党内の混乱は避けられない。歴代最長政権を築いた安倍晋三ですら、参院人事には介入しなかった。衆院選で大勝した高市といえども、参院自民は意のままにはならないことをまざまざと見せつけた形となった。
いずれにせよ、政権の重要な役割の一つである予算は成立した。今後の国会は高市が衆院選で訴えた「国論を二分するような大胆な政策、改革に果敢に挑戦していく」ことの具体化になる。
インテリジェンス(情報収集・分析)機能強化のための司令塔を担う「国民情報会議」創設法案は4月2日に審議入りした。与党のみならず、国民民主党も基本的に賛成の方向なので、少数与党の参院でも成立する可能性が高い。「日の丸」の損壊を禁じる「国旗損壊罪」法案も国民民主や参政党が賛意を示す。
ところが、参院自民のような「内なる敵」がここでも存在する。国旗損壊罪に対しては前外相の岩屋毅が「必要性はない」と反対する。石破茂前政権を支えた岩屋ら自民のリベラル系議員は本来、高市ら保守系議員と相いれない。自民全体では高市支持が多数ではあるが、「自民内でも意見が統一されていない」とのイメージが浸透する可能性はある。
自民が党是とする憲法改正も同様だ。幹事長代行の萩生田光一は3月26日発売の月刊誌『Hanada』で、「参院で(憲法改正の発議に必要な)3分の2がないと言われるが、たとえ空振りしても衆院は発議の準備をすべきだ」と前のめりだ。
自民と維新は昨年10月の連立政権発足に際し交わした連立合意書に「憲法改正を実現」と明記した。その後の衆院選で与党は3分の2を超えたのだから、萩生田の主張はもっともと言える。
しかし、具体的な改正内容には、与党内に溝がある。維新は戦力の不保持を定めた9条の2項を削除し、集団的自衛権を全面的に容認した上で「国防軍」の保持の明記を訴える。これに対し自民の現在の案は、9条2項を維持した上で、「軍」ではなく「自衛隊」を明記する。維新案に比べかなり抑制的で、維新案を通そうとすれば自民内に反発が出ることは間違いない。
ガソリン代補助の矛盾
外に目を向ければ、イラン情勢は高市政権にじわじわと打撃になっている。米イスラエルのイラン攻撃で、日本が輸入する原油の9割以上が通過する要衝・ホルムズ海峡が事実上閉鎖された。高市政権はいち早く石油備蓄の開放を決め、ガソリン1リットル当たりの店頭価格を170円程度に抑えるべく補助金も開始した。
ここで不思議な現象が起きた。経済産業相の赤沢亮正が4月3日の記者会見で、政府として原油の供給不安が長期化した場合に備え、「需要の抑制の呼び掛け」の検討を示唆した。ガソリン代を補助しておきながら、抑制を呼び掛けるのは矛盾する。しかも需要抑制の「決定」ではなく、あくまで「検討」でしかない。
政府にとっては1973年の第1次オイルショックで生じたトイレットペーパー不足などのパニックが起きることを警戒しているとみられる。少しずつアナウンスすることで新型コロナウイルス禍のときのような国民の自主的な行動変容を期待しているのだろうが、国民にとってみれば、結局どうしたらいいのか、となるだろう。
混乱に拍車をかけたのが、高市が4日に投稿したX(旧ツイッター)の内容だ。高市はホルムズ海峡の代替ルートによる原油調達を進めており、「日本全体として必要となる量」は確保されていると強調した。「供給の偏り」や「流通の目詰まり」が生じていることへの対策も強化しているとし、地方での個別の対策も含めかなり細かい状況を長文で説明。「高市内閣の総力を挙げて、きめ細かく対応してまいります!」と締めくくった。
この言葉の通りならば、ガソリン使用などの自粛は不要なはずだが、高市は6日の参院予算委員会で、節電や節約の呼び掛けについて「あらゆる可能性を排除せず、臨機応変に対応する」と述べた。あくまで将来的な一般論ということなのだろうが、国民の不安に十分に応えているとは言い難い。
高市は報道に不満を漏らすことも増えた。5日のXでは、原油を精製して作られ、食品包装や医療用注射器などに幅広く使用されるナフサの供給が「6月には確保できなくなる」との一部報道を取り上げ、少なくとも国内需要の4カ月分を「確保しています」と反論した。
だが、これらは、あくまで現時点での見通しに過ぎない。このままタンカーがホルムズ海峡を通過できない状況が続き、備蓄も尽きたらどうするのか。ナフサが4カ月後に供給できなくなったらどうするのか。
原油の調達が滞れば日本国民が命を失う事態もあり得る。その場合、まさに日本の存亡が脅かされる「存立危機事態」に該当し得る。安全保障関連法に基づいて存立危機事態と認定し、イランの攻撃を受ける同盟国・米国への集団的自衛権を行使すれば、自衛隊の艦船を派遣して機雷掃海やホルムズ海峡を通過するためのタンカーの護衛も可能になる。
かなり高度で困難な決断ではあるが、政府は憲法や法律の制約により、自衛隊の派遣はできないとの立場をとる。高市は3月の日米首脳会談でトランプにも直接伝え、理解を得た。しかし今後はどうか。国民が座して死を待つ存立危機事態になった場合でも自衛隊派遣をしないということが果たして許されるのかどうか。
記者会見せず
高市は5日の別の投稿で、「私が参議院予算委員会の集中審議に応じない意向を示していたとの報道は、全く事実ではありません」とも訴えた。国会で「求めがあれば国会に参る」旨を答弁し、「参議院自民党幹部にも伝えていました」とつづり、「他の事も含めて、最近は事実と全く異なる報道が増え過ぎている事は残念です」と訴えた。
ならば自らの言葉で直接訴えればいいものを、高市は記者会見を避ける傾向にある。
2022年のウクライナ戦争以来、昨年の「令和の米騒動」も含め、慢性的に続く物価高に加え、イラン情勢による国民の不安は高まるばかりである。高市は物価高対策などについて国会で断片的に答弁しているものの、記者会見は第2次高市政権が発足した2月18日を最後に行われていない。大きな節目である26年度予算が成立した4月7日も記者会見を行わず、記者団に対する「ぶら下がり」取材にとどめた。この「ぶら下がり」取材さえ、めったに行わない。
5日の投稿は、参院自民への嫌みにも読み取れる。「私は国会に出席してもいいと言っているのに、参院自民が阻止している」というわけだ。ただ、複数の自民幹部は、高市が「なんでこんなに国会に出なければいけないのか」と周辺に愚痴をこぼすのを聞いている。高市の投稿は参院自民への責任転嫁とも受け取れる。
高市は首相就任前から党内基盤の弱さが指摘されてきた。ここにきて物価高対策などで一致結束すべき自民はおろか、国民との対話も欠く高市の政権運営に今後、ほころびが出てくる気配を感じる。(敬称略)