大阪大学(阪大)、分子科学研究所(分子研)、高エネルギー加速器研究機構(KEK)は12月4日、電子間の多体効果である「近藤効果」により伝導電子の有効質量が増大する「重い電子」を、原子1層の厚みしか持たない二次元物質(単原子層物質)において初めて実現したと共同で発表した。

  • 二次元物質(単原子層)の重い電子の概念図

    二次元物質(単原子層)の重い電子の概念図(出所:KEK Webサイト)

同成果は、阪大大学院 生命機能研究科/理学研究科の中村拓人助教、同・木村真一教授(分子研 教授兼任)、阪大大学院 理学研究科の杉原弘基大学院生、同・陳奕同大学院生、阪大大学院 工学研究科の湯川龍助教(現・東北大所属)、量子科学技術研究開発機構(QST)の大坪嘉之主任研究員、分子研の田中清尚准教授、KEK 物質構造科学研究所の北村未歩助教(現・QST所属)、東北大 多元物質科学研究所の組頭広志教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

レアアース(希土類元素)は、現代社会を支えるデバイスに欠かせない材料だ。その性質は、希土類元素が内包する局在的な開殻4f電子の振る舞いに強く由来している。また希土類化合物では、物質内部を伝導する電子の重さ(有効質量)が電子の静止質量と比べて数千倍にも増大する“重い電子”が出現することが知られている。この重い電子は、4f電子の局在性が近藤効果により伝導電子に移されることに由来しており、従来のBCS理論に従わない特殊な超伝導などの現象の起源となっている。

なお近藤効果とは、故・近藤淳博士が1964年に物理的機構を初めて理論的に解明したことから名付けられた物理現象で、純粋な金属は温度を下げていくとその電気抵抗が単調に減少するのに対し、金属中に磁性不純物(鉄やニッケルなど)がごく僅かに存在する場合、ある温度以下で電気抵抗が増加する現象のことだ。

希土類化合物における重い電子に関する研究の大半は三次元固体物質によるものであり、二次元物質に関するものはごくわずかだといい、特に原子1層分の厚さ(1nm以下)しか持たない二次元物質においてどのような重い電子が実現するのか、あるいはそもそも重い電子が二次元物質で実現可能かということさえも不明だった。そこで研究チームは今回、原子レベルで平坦な銅(Cu)の上にイッテルビウム(Yb)と銅からなるYbCu2単原子層薄膜を作成し、その電子状態をシンクロトロン光を光源とした角度分解光電子分光(ARPES)によって精密に測定したという。

そして測定の結果、イッテルビウムの4fバンドと銅の伝導バンドが観測され、それらが混成して新たなバンド(混成バンド)を形成していることが確認された。

さらに、YbCu2単原子層薄膜の温度を変えながらARPES測定を行ったとのこと。すると高温(絶対温度130K=約-143℃)ではピークの結合エネルギーがゼロから遠く離れているが、温度を下げるにつれて、強度を増しながらゼロに近づくことが確認された。このピークの振る舞いは近藤効果の発達を表しており、YbCu2単原子層薄膜において重い電子が実現したことを明確に示しているとする。

  • (a)YbCu2単原子層薄膜の表面原子構造。(b)ARPESより観測された電子状態の運動量依存性。(c)光電子スペクトルの温度依存性

    (a)YbCu2単原子層薄膜の表面原子構造。(b)ARPESより観測された電子状態の運動量依存性。(c)光電子スペクトルの温度依存性。温度が下がるにつれて、ピークの強度が増加しながら結合エネルギーが低い方へシフトしている(出所:阪大・KEK共同プレスリリースPDF)

今回の研究成果により、三次元物質が中心だった重い電子の研究対象に、完全二次元の原子層物質が新たに加えられた。このことによって、重い電子などの強相関電子系の量子臨界性への次元性の効果に関する研究が進展し、新奇超伝導などの発現機構の解明が進むことが期待できるという。

さらに、グラフェンなどを筆頭に近年研究が大きく進展している二次元物質に、重い電子という新たな機能性を有する物質が仲間入りすることとなり、次世代材料開発や新しいエレクトロニクス素子、量子コンピュータ設計開発の指針となることが期待されるとしている。