新型コロナウイルス(COVID-19)感染拡大を契機として、国内外問わず、テレワーク・リモートワークを実施する企業が一気に増えた。働く場所に縛られることがないテレワークの定着により、オフィススペースを削減する企業が多く見られる。

帳票事業を手掛けるウイングアーク1stは、コロナ禍でテレワークにシフトする中、執務エリア約1000坪を撤廃し従来の10分の1程度にした。電通グループも、テレワークを主体とした分散型のオフィスへの改革を目指し、東京都港区の本社ビルを売却する検討に入っている。

その一方で、コロナ禍にあえてオフィスに投資する企業もしばしば見られる。人材コンサルティング企業のLegaseed(レガシード)は2020年9月、本社オフィスをリニューアルし、230坪のオフィスに拡大移転した。驚くべきは、社員の40名規模の企業でありながら、新オフィスの内装に2億円を投資した点だ。

  • 『都会のオアシス』をテーマにしたオフィス

  • 街並みを見下ろせる応接室

  • 防音完備の個人ワークスペース

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ディズニーリゾートを彷彿とさせる洞窟のようなエントランス、隠し扉から入ることで森林をイメージした会議室......。そこにいるだけでワクワクし、なぜかリラックスできるような空間だ。

  • 洞窟のようなエントランス

  • 森林をイメージした会議室

マスクを着用していないと反応しない顔認証システムの導入、ウイルスを減少させるという空気触媒「セルフィール」のオフィスの全素材への散布など、感染症対策も抜かりない。

  • 顔認証システム

  • セルフィールの散布

しかしなぜ、Legaseedはテレワークが普及しオフィス不要論がはびこる中、時代の流れに逆行したのか。代表の近藤悦康氏に直接話を聞いた。

オフィスは人が集まる“城”

Legaseedの新オフィスへの移転計画は、COVID-19感染拡大以前から始まっていたという。ビルの立て直しにより、2020年7月に旧オフィスから退去することが決定していた。2020年4月に発令された1度目の緊急事態宣言を契機に、4月から6月まで全社員対象のテレワークを実施し、新オフィスに移転するまでの7月から9月までの期間は、レンタルオフィスで出社率約30%のハイブリッドな働き方を実践。

苦肉の策のテレワークへの切り替えだったが、結果として商談数も増加し、2021年新卒採⽤でも25名の優秀学生を採用することができたという。つまり、テレワークに切り替えても問題なく業務を遂行できることに気付いたということだ。にもかかわらず、なぜオフィスへの投資を実行したのか。その問いに対して近藤氏はこう答えた。

近藤氏:オフィスというのは明確な訪れる理由がなければ、もはや必要ないものだと分かりました。私はオフィスを城だと思っています。ただ、敵が攻めてきた時に、いかにして攻めづらくするかに重きを置いていた戦国時代の城とは異なり、むしろ、人々が集まり何度も来たいと思えるような城のこと。それを実現させるためには大きな投資が必要です。

  • Legaseed 代表取締役 CEO 近藤悦康氏

ビジネスに置き換えると、「できるかぎり顧客に足を運んでもらい、来れば来るほど契約したくなる場所」と近藤氏は説明した。

近藤氏:顧客である経営者の方々に、実際にオフィスにいらしていただき、われわれの文化や考え方に興味を持ってもらうことが重要です。これにより、社員の本領も発揮され、契約確率の向上につながります。

初めて気づいた「オフィスがあることのメリット」

また、テレワークによって課題が生じたことも、オフィス勤務を推進する理由の一つになっている。テレワークを実施している間、Legaseedの社員の中には、同居人の存在や、仕事とプライベートの空間が同じだと気持ちの切り替えがうまくいかないといった新たな悩みが生まれた人がいたという。これは長期的に見ると、生産性の低下につながることだ。

特にセルフマネジメントが十分ではない新入社員への指導に関しては、オンラインでは限界があると近藤氏は強調した。筆者も2020年4月に新卒で入社したが、いきなり完全テレワークの勤務体系となった。チャットやビデオ会議などのオンラインによる報連相に慣れておらず、最初は戸惑いの連続だった。特にちょっとした質問や相談は、オンラインよりリアルのほうがしやすいと強く実感した。

  • 勤務時間外なら自由にお酒も飲める「DEW COUNTER」

同社はこうした背景のもと、オフィスを「単なる業務をこなす場所」から「人々が自ら集まってくる場所」とし、徹底的にこだわった内装に2億円を投資した。現在は、出社とテレワークを選択できる制度をとっているが、9割を超える社員が新オフィスに出社しているとのこと。

内装への投資がきっかけで新事業を創出

Legaseedが本社オフィスをリニューアルしてから約半年が経過している。すでに200人を超える経営者が新オフィスに足を運び、商談数も増加したという。顧客や社員だけでなく、就活生やインターン生など学生からの反響も大きい。「おしゃれオフィス」とWebで検索したことがきっかけで説明会へ参加したという学生がいるほどだ。また、さまざまなメディアに取り上げられ、テレビ局の撮影にも協力している。まさに、企業のブランディングに成功した。

さらに同社は、新オフィスの改装を機に新しいサービスを開始した。

近藤氏:新オフィスをご覧になったお客様から、『自社のオフィスもリニューアルしたい』といった声がありました。そうしたニーズを新たに発見し、事業再構築に伴うオフィスや店舗の空間をデザインする新サービスを開始しました。

  • 6面のモニターが完備された社長室

  • 洞窟をイメージした会議室

実際に、Legaseedは3月1日現在、大阪に本社を構える投資用不動産企業に対して、オフィスの空間デザインの支援を開始している。同事業の売上は、今期の内装の減価償却費を超える見込みだ。「建築設計・施工会社ではないLegaseedだからこそ、常識にとらわれないニューノーマルなオフィスを提案していきたい」と、近藤氏は意気込みを見せた。

今一度「オフィス」の再定義を

最後に、今後の社会全体におけるオフィスの在り方について考えを聞いた。近藤氏は、オンラインの利点を残しつつ、リアルな環境で体験価値を提供することが重要だと語った。

近藤氏:今後もビジネスにおけるオンライン化は加速すると思いますが、体験価値を提供するにはオンラインでは限界があります。極端ですけど、ディズニーランドをオンライン上で再現することは無理だと思います。ビジネスも同じで、顧客や社員、候補者に対して最大限の体験価値を提供するためには、人々が直接的なコミュニケーションが取れるオフィスが必要です。

オフィスを「単なる業務をこなす場所」と定義するなら、なくても困らないと思います。やみくもにテレワークの実施やオフィスの削減を図るのではなく、今一度、オフィスに対する位置づけを見直す必要があるのかもしれません。

私は、オフィスを体験価値を提供する場所と定義しています。体験価値を提供することで会社に収益がもたらされるはずです。オフィスに魅力を感じて、社員が長く勤めてくれることや、一人でも多くの候補者が入社することも収益に直結すると考えています。Legaseedにとって、オフィスへの投資は必要なことです。

2度目の緊急事態宣言が3月22日に解除されたが、COVID-19の感染拡大は収まりを見せない。日本の社会にテレワークが定着した一方で、多くの企業が、生産性の低下やコミュニケーション不足など、新たな課題に直面している。オフィスの在り方についての模索はまだまだ続きそうだ。