新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大は、企業における働き方の見直しを加速させた。2020年4月に政府が発令した緊急事態宣言を契機に、新たにITツールを導入した企業、オフィスそのものを無くした企業、通勤手当を廃止した企業など、ニューノーマルに対応した新しい働き方を、さまざまな企業が模索している。

テレワークの実施により、感染防止につながるだけでなく、出勤時間が削減でき効率的な業務が可能になった反面、従業員同士のコミュニケーションの欠如や、生産性の低下など、テレワークを継続しているうちに浮き彫りになった課題に直面している企業も少なくはないだろう。

2021年は、どのような働き方改革が進み、企業はどのようなことに注力すべきだろうか。働き方改革について有識者であるガートナージャパン リサーチ&アドバイザリ部門 ソーシャル・ソフトウェア&コラボレーションバイス プレジデント アナリストの志賀嘉津士氏に話を聞いた。

  • ガートナージャパン リサーチ&アドバイザリ部門 ソーシャル・ソフトウェア&コラボレーションバイス プレジデント アナリスト 志賀嘉津士氏

緊急事態宣言が解除されてから半年以上経過しましたが、企業におけるテレワークの現状を教えてください。

志賀氏:withコロナ、Afterコロナでの対応として、4つのタイプの企業に分けることができます。ひとつは、緊急事態宣言前から、テレワーク推進や人事制度変革など、働き方改革への恒常的な取り組みをしている企業(Aタイプ)です。次に、緊急事態宣言を受けて急きょテレワークやITツールを積極的に導入し始めた、BCP対策含め柔軟な働き方の価値に気づいた企業(Bタイプ)。

そして、Bタイプの中でも、柔軟な働き方に無理があったことにだんだん気づき始め、変革を成し切れていない企業(Cタイプ)。オンラインコミュニケーションに対する課題がだんだん浮き彫りなっており、Cタイプは増えてきていると感じています。最後に、そもそも柔軟な働き方ができない業種・業態の企業や、経営者が柔軟な働き方の価値を感じない企業(Dタイプ)。Dタイプは、比較的中小企業に多いと感じます。

  • withコロナとAfterコロナのシナリオ。志賀氏によると、4タイプの企業が存在する。出典:ガートナー

withコロナの働き方について今後どのような企業の動きがみられるでしょうか?

志賀氏:業務については、あらゆる領域でオンライン化が進むと思います。営業や採用面接、このような取材対応などもオンラインで問題なく行えます。大規模なウェビナーを開催するにしても、オンラインにすることによって大幅なコストカットも実行できます。また、脱ハンコやペーパーレス化も進み、デジタル名刺や受付ロボット、仮想オフィスなどの非対面・非接触テクノロジーが普及するだろうと見込んでいます。

一方で、働く場所の分散化も広がると思います。生産性が向上し効率が良いから自宅で作業する、オフィスへの出勤時間が長いからサテライトオフィスに出勤するなど、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染リスク低減目的から、個人の生産性向上に焦点が移行すると思います。従業員個人が、働く場所の効率的な組み合わせを自分で考え実行し、企業側も、テクノロジーの提供や新ルールの適用、ITスキルの教育支援などを行う必要があります。

さらに、テレワーク手当の支給や通勤手当の廃止など、制度改正の動きも加速すると思います。企業は今後も、非合理的な制度は廃止し、合理的な選択を追求すべきだと思います。

テレワークにより生じる課題はどのようなことが考えられますか?

志賀氏:従業員目線では、オンライン会議で話すタイミングが取れず被ってしまうことや、通勤時間が無くなったことで、気持ちの切り替えや自己啓発ができなくなったことが考えられます。自立型の従業員でなければこれらのことは負担に感じるかもしれません。そうしたことが労働生産性の低下につながっている可能性があります。

また、従来の評価制度をテレワークに適用することが、難しいと感じる企業も増えてきているのが現状です。オンラインでのコミュニケーションになったことにより、従業員がサボっていたとしても気づかない場合があります。

さらに、新人の育成に関しても課題はあります。リアルな現場で、先輩の背中を見て仕事を学ぶことが実際にあると思いますが、オンラインだとそれが難しくなります。形式知は手順書などの文書に残せばいいのですが、暗黙知だと実際に目で見ないと習得しづらいと感じます。

これらの課題に対して、企業はどう対策を講じれば良いでしょうか?

志賀氏:テレワークによるモチベーション低下については、働き方を可視化する動きが加速するだろうと思います。監視ではなく可視化です。勤怠管理やパフォーマンス管理に加え、テレワーク従業員の感情分析で悩み事や、心の健康、モチベーションなどを可視化し、対策を提言する動きが業種問わず広がると考えています。従業員がテレワークによりサボってしまうといった懸念点もあるかと思いますが、しっかりとジョブスクリプトを書いてもらって、自律的な行動を促す必要があります。

また、評価制度に関しては、企業がメンバーシップ型の評価からジョブ型の評価へと変化させる必要があります。年間を通じて決められた業務を遂行しているかどうかを評価することにより、従業員がテレワークによりサボっているか否かの議論が必要なくなります。 一方で、新入社員の育成に関しては、普通の社員と別扱いした方がいいかもしれません。例えば、全新入社員にはPCR検査を受けてもらって陰性を確認した後、3密を回避しながらリアルな場で集合研修を実施するなど、区別して議論した方がいいと思います。

また、ナレッジマネジメントシステムの活用も解決の糸口につながります。形式知だけでなく暗黙知に関してもある程度カバーできます。100%は無理だとしても、80%程度の技術やナレッジが伝承できるのであれば、積極的な導入を検討すべきです。

テレワークで生産性を向上させるためにはどうすれば良いでしょうか?

志賀氏:生産性の向上については、業務に分けて考える必要があります。当たり前ですが、テレワークに向く仕事と向かない仕事があります。統計情報などの集計作業や、デザイン、プログラミング、設計、制作、翻訳などの関連作業といった業務は、一人で集中でき、自分のペースで作業ができるので、テレワークにより効率がかなり上がる傾向が見られています。一方で、多くの企業で、複数人での会議や打ち合わせや、共同編集・制作といった作業の生産性が低下しています。

管理職は、こういった複数人で行う業務の生産性低下に関して非常に懸念していると見受けられます。個人レベルだとテレワークは魅力的ですが、管理職や企業の立場になって考えると複雑です。対面コミュニケーションを重視する企業は、まさに先ほど説明したCタイプの企業です。こういった複数人による業務をいかにデジタル化していけるかどうかが重要なポイントになります。

ウェブ会議やファイル共有などのITツールに留まらず、企画などで、会議室で丁々発止な議論をするような、あるいはポストイットによるアイデア引き出しといったものを、オンラインで実現できるITツールを活用するべきです。ただ、ITリテラシーが非常に要求されるので、社員への育成にも注力すべきですね。