成長するデジタルサイネージ市場

あまり意識することもなく見ているデジタルサイネージ。渋谷の街頭ビジョンやJR東日本が山手線車両などで提供するトレインチャンネル、駅の通路やホテル、公共施設、学校施設など様々な場所に設置されている。7月2日にJR東日本が発表した山手線の新型通勤電車(E235系)においても、サービス向上のひとつとして、中吊り広告をやめて網棚上部もデジタルサイネージ化するという。

デジタルサイネージの標準化などを行う業界団体「デジタルサイネージコンソーシアム」によると、デジタルサイネージとは「屋外・店頭・公共空間・交通機関など、あらゆる場所で、ネットワークに接続したディスプレイなどの電子的な表示機器を使って情報を発信するシステム」とされる。単に、デジタル表示機器を用いるだけではなく、ネットワークに接続していることもその要件としている。

一方、富士キメラ総研によると、2012年の国内デジタルサイネージの市場規模はシステムやコンテンツ制作、広告をあわせて822億円。このうちデジタルサイネージ広告は214億円と分析。また、2020年の市場規模を2520億円、うち広告市場については1600億円と2012年比で7.5倍という高い成長を予測している。

このようなデジタルサイネージ市場において、特異なポジションで事業を展開するのが2013年8月に設立されたマイクロアドデジタルサイネージ(MADS)だ。社名からわかるとおり国内最大規模のアドネットワーク事業などを展開するマイクロアドの関連会社となる(設立時はマイクロアドが100%出資)。

2004年にサイバーエージェント内で事業を開始したマイクロアドはネット広告市場の成長とともに歩んできた。いち早く、個々のWebサイトの広告枠と、広告主や広告代理店をつなげるアドネットワークを構築。直近では国内6500万ユーザーへのリーチを誇っている。また近年では、ネット広告で培った技術を広げる試みとして、2012年8月に同社のDSP「MicroAd BLADE」から渋谷などの街頭ビジョンへ試験配信を行ったり、今年1月にはバス車両内にデジタルサイネージ機器を設置し運行経路や時間帯に応じた広告配信の実証実験も行っている。

2012年の街頭ビジョンへの試験配信(マイクロアド発表資料より)

2014年のバス内にデジタルサイネージ(タブレット端末)を設置し、運行経路によって表示する広告を変更するといった試みを行った

デジタルサイネージは情報表示の"ディスプレイ端末"

マイクロアドデジタルサイネージ 代表取締役 CEO
穴原 誠一郎氏

では、マイクロアドデジタルサイネージ(MADS)は、このような市場環境の中で何を目指すのだろうか。

同社 代表取締役 CEOの穴原 誠一郎氏は「新規事業ではあるが、マイクロアドが過去10年に渡って運営してきたアドネットワークの事業をデジタルサイネージの世界においても展開することだと考えている」とする。その上で「デジタルサイネージと呼んでいるが、私たちにとっては基本的には情報表示の"ディスプレイ"と捉えている。IoTの流れもあり自然とネットワークに繋がっていく機器だと考えており、そうであれば私たちが持つテクノロジーの力でデジタルネットワークの拡張を目指すことができる」と設立の経緯を説明する。

さらに技術的な検証も行い、富士キメラ総研の予測にもあるように、市場の設備投資の加速など今後もネットワークに繋がったディスプレイ機器が増加すると判断したことから市場参入を決めたという。

設立から半年間は、MADSでは主に面の開拓とシステムの作り込みを行ってきた。この4月には、日本初だというデジタルサイネージ向けの放映課金型アドネットワーク「MONOLITHS (モノリス)」の提供を開始。MONOLITHSは、マイクロアドのDSP「MicroAd BLADE」との連携に加え、配信先として大日本印刷が提供する大学生向け情報サービス「キャンパスTV」の配信システム「SmartSignage」や、医療情報基盤が運営する医療従事者向けデジタルサイネージと接続するなど、その配信先を拡大している。

穴原氏は現在のデジタルサイネージの姿を自身の経験も踏まえ、「10年前のPCサイトのディスプレイ広告(媒体の広告枠)と似た状態」と言う。

「当時、アドネットワークが存在せず単独メディアがそれぞれに広告枠を売っていたが、力のあるポータルサイトが抜きん出ており、専門性のあるWebサイトはリーチで勝てなかった。そのような中でアドネットワークが生まれ、単一のメディアに依存せずにリーチを最大化できるようになった。デジタルサイネージがまったく同じというわけではないが、例えば、渋谷の街頭ビジョンなどは当時のポータルサイトに似ている。そうであるなら、ネットワーク化が進むと予測されるデジタルサイネージにおいても(PCで実現したような未来を)引き寄せられる存在になれると考えている」と穴原氏は語る。

2014年9月末までに10000ディスプレイの確保を目標に事業を進めるMADS。穴原氏は「(デジタルサイネージにおいても)ポータルのような場所ではなく、広告価値が低いと思われているデジタルサイネージをいかにネットワーク化できるかによって、私たちの存在価値が生まれる」として、ネットワークにつながったデジタルサイネージ市場の半分ほどをMONOLITHS経由で取り扱うことを目指すと述べた。

プッシュ型のデジタルサイネージで潜在層へ「新たな気付き」を与える

もちろんWebサイトのディスプレイ広告とデジタルサイネージには大きな違いもある。

「広告としては、PCやスマホは1対1の関係性でインタラクティブなクリエイティブも可能。一方で、デジタルサイネージは1対nの関係性。加えて、PCはプル型の広告で、デジタルサイネージはプッシュ型の広告」と穴原氏。

ここでのプッシュ・プルは、少しニュアンスに注意すべきだ。穴原氏が言うのは、PCサイトのディスプレイ枠はコンテンツマッチにしろリターゲティングにしろ、個人が能動的に見たページやアクションがその広告を"引き寄せている"という見方だろう。そのような文脈で、プッシュ型のデジタルサイネージは「新たな気付き」を与えてくれる広告だと穴原氏は言う。その点で、同社が取り組むデジタルサイネージネットワークは、エリア(地域)に加え、大学や医療機関などグルーピングされた潜在層へのリーチが図れることも強みのひとつとなる。

また、デジタルサイネージを保有するロケーションオーナーの広告枠の稼働率向上や収益化といった課題解決もMADSは目指す。実際のところ、サイネージの広告枠を満稿にするのは難しいという。MADSは、広告主とロケーションオーナーを結び、より手軽に出稿できるシステムを構築することで、両社にとって満足のいく結果を提供する。もちろん単にシステムとして連携するだけではなく、枠の価格やクリエイティブへのコンサルティングなどマイクロアドでの技術も付加価値として加えていくだろう。

アドネットワークの技術をリアル世界に活かせるか

「雨なので客足が鈍いレストランが、今なら10%オフ! といったデジタルサイネージ広告を近所の駅や公共施設に30分だけ出してみる」。そのように思いついた時や必要になったタイミングで、即座にかつ手軽に行えるデジタルサイネージの世界が実現するかもしれない。

5月から配信を開始したMONOLITHSだが、まだMONOLITHS経由の配信は数社。穴原氏は「ちょうど春先で、大学のサイネージなどは枠が埋まっておりタイミングが悪かった。しかし、最近では、広告主からの問い合わせも増えており、今後も配信面の拡大に合わせ営業を強化していくので不安は感じていない」と参入に自信を見せる。

設立からまだ1年も経っていないMADS。市場の成長が見込まれる一方で、交通広告などネットワークにはつながっているもののクローズな運用を行っている事業者もある。ロケーションオーナー・広告主・広告代理店ともにメリットを得られるとする同社のテクノロジーを武器に市場に切り込めるか。PCでの成功をリアル世界のデジタルサイネージで実現できるかの鍵はそこにあるだろう。