すでに答は出ているが、OracleとSalesforce.comでは明らかにターゲットとするユーザーが異なっており、Ellison氏が本来とは異なる敵を攻撃しているに過ぎない。OracleがここでExalogicのライバルとして攻撃すべきなのはIBMやHPであり、入れてMicrosoftくらいまでだろう。だがMark Hurd氏の件があったのか今回はHPを攻撃対象に入れておらず、Microsoftに関しては完全に範ちゅう外としてスルーし、かろうじてIBMのハードウェアを比較対象に出しているのみだ。Exalogicは"プライベートクラウド"と呼ばれる製品であり、自社内に何らかの理由で"クラウド"と同等の環境を構築したいと考えているユーザーに対し、強力なハードウェアとともにソフトウェアやサービスを提供する仕組みだ。プライベートクラウドのメリットはいくつかあるが、まずデータを社外に出す必要がないこと、そして大企業などで特有の大量のトラフィックを自社内ですべて捌くことが可能という点にある。大企業の場合、大量のユーザーが存在することでサーバへのアクセスが集中するため、これをすべてWebアクセス経由にすると輻輳が発生する可能性が高くなる。そのためプライベートクラウドは必須の仕組みなのだ。
一方で、一般に"クラウド"と呼ばれる仕組みを提供しているのはSalesforce.comだ。Ellison氏が指摘するように、"クラウド"と一口にいってもさまざまなサービス形態が存在し、Salesforce.comはその流派の1つに過ぎない。クラウドの先駆者であるAmazon.comのAmazon Web Services (AWS)と同様の仕組みを持っている事業者は少なく、GoogleのAppEngineやMicrosoftのWindows Azureなども、すべて違う実装を行っている。言語の自由度のなさでいえば、現時点でJavaとPythonしか選択できないAppEngineもForce.comと似たレベルだ。Benioff氏によれば、"クラウド"とは一般にハードウェアに近い層を抽象化してプラットフォーム化したもので、その意味での明確な定義はない。
ではなぜ、Ellison氏はわざわざSalesforce.comを執拗に攻撃したのだろうか? 今回、OOWにおけるスポンサーの1社にSalesforce.comが名を連ねており、その協力会社の1つを攻撃したことになる。ここからは予想の範囲となるが、おそらく今のタイミングでEllison氏が「Salesforce.comを一度叩いておきたかった」のだと思う。Salesforce.comの攻勢が話題になり、たびたびOracle on Demandの戦略を巡って引き合いに出されることの多い両社だが、前述のようにターゲット層が明確に異なるためにこれまで直接衝突はあまりなかった。だが一方でMicrosoftなどはDynamicsなどの製品でSalesforce.comと衝突する機会が増えており、ついに同社を訴えてライセンス料を請求する戦略を打ち出した。現時点ではOracleと直接競合しなくても、将来的にはExalogicを必要としないような中小企業を中心にSalesforce.comが勢力を拡大し、やがては大企業などでも一部アプリケーションをSalesforce.comで置き換える事例も増えてくるだろう。そうなる前に、いまの段階で何らかの先制攻撃を仕掛けておきたかったのではないかというのが筆者の予測だ。
Benioff氏は以前、Microsoftからの訴訟を受けた直後に開催されたイベントで「Microsoftの訴訟を歓迎する」とのコメントを出している。その意図は、まだ立ち上がって10年そこそこの新興企業が、Microsoftのような超大企業から脅威として攻撃されているという事実に「Microsoftから認められた」という感覚が働いたからだという。Oracleのケースも似たようなものなのだろうか。ヒートアップするEllison氏に対し、Benioff氏は冷静に受け流している。多くはご存じかもしれないが、Benioff氏はOracle出身の元最年少幹部で、Ellison氏は元上司にあたる。Benioff氏が独立してスタートアップを始めようとしたとき、最初に同氏の会社に投資したのは他ならぬEllison氏である。Benioff氏にとって、Ellison氏は現在でも尊敬すべき人物の1人であることは想像に難くない。実際、Salesforce.comの立ち上げ初期はほとんどが元Oracle技術者で構成されており、そのデータセンターで使われているソフトウェア技術やDB技術はOracleベースのものだからだ。使用言語もOracle同様にPure Javaであり、ハードウェアのみがDellサーバにEMCのストレージ、Ciscoのネットワーク装置と、業界標準をかき集めたものである。むしろ執拗にSalesforce.comやMarc Benioff氏を攻撃することで、同氏とその会社に発破をかけようとしているEllison氏の親心なのかもしれない。