米クアルコムは米国時間の2021年5月19日から20日にかけて、同社の5Gに関する取り組みを示すイベント「Qualcomm 5G Summit」を実施。その中ではクアルコムが「ミリ波」と「基地局」に注力しようとしている様子がうかがえますが、その背景には何があるのでしょうか。→過去の回はこちらを参照。

新製品でミリ波を一層強化、日本はミリ波の先進国?

スマートフォン向けのチップセットやモデムなどで高いシェアを持つ半導体大手のクアルコム。そのクアルコムが米国時間の2021年5月19日、5Gに関する同社の取り組みを示すイベント「Qualcomm 5G Summit 2021」をオンラインで開催しました。

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その中では5Gに関して、同社が現在力を入れている取り組みの説明がなされていたのですが、その内容を見るに同社の注力ポイントは大きく2つあったといえるでしょう。

その1つはミリ波です。日本では2020年のサービス開始当初から、携帯4社がミリ波に分類される28GHz帯を活用したエリア整備を進めていますが、実はミリ波による商用の5Gサービスを展開している国は決して多いとは言えません。

実際、5Gのミリ波帯の活用に積極的なのは、現状日本と米国くらいなもの。国を挙げて5Gの積極的な普及を進めている韓国、中国でさえミリ波によるサービスはまだ展開しておらず、中国は2022年の北京五輪に合わせての開始を予定しているという状況なのです。

ミリ波は周波数が非常に高く広範囲をカバーするのに適していないという弱点を抱えている一方、サブ6の周波数帯よりも一層帯域幅が広く、高速大容量通信に適しているのが特徴です。そこでクアルコムは今回のイベントに際して、ミリ波の活用を積極化するべくいくつかの発表をしています。

なかでも注目されるのは、すでに発表されている5G対応モデム「Snapdragon X65」に新しい機能を追加するというもの。Snapdragon X65は2021年2月に発表したもので、ミリ波をサポートし最大で10Gbpsの通信速度を実現するのが大きな特徴。

そのSnapdragon X65の新機能として、ミリ波の帯域幅200MHzへの対応や、ミリ波で1GHz幅のアグリゲーションへの対応が打ち出されているほか、ミリ波でのスタンドアロン運用のサポートも発表。ミリ波の利用拡大に向けた性能強化が図られていることが分かります。

なお、クアルコムによると、Snapdragon X65搭載機器は2021年末頃に登場予定とのこと。そうしたことから2022年頃には、Snapdragon X65を搭載したミリ波対応デバイスが大幅に増えることが予想されます。

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オープン化・仮想化を機に基地局向け事業にも注力

そしてもう1つ、クアルコムが今回のイベントで打ち出していたのがネットワーク設備側に向けた取り組みです。

クアルコムは端末向けのチップセットやモデムだけでなく、基地局向けのチップセットプラットフォーム「Qualcomm 5G RAN platform」も提供しており、今回のイベントではそれら製品を活用した基地局向け5Gの取り組みについてもアピールがなされていました。

Qualcomm 5G RAN platformは無線通信性能の高さと、大型・小型の基地局に対応できるスケーラビリティに加え、基地局設備のオープン化・仮想化といったトレンドへの対応がなされていることが大きなポイントとなるようです。

実際、Qualcomm 5G RAN platformはO-RAN(第20回参照)への準拠、そしてvRAN(第29回参照)のサポートも打ち出しています。

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それゆえ、Qualcomm 5G RAN platformがターゲットとしているのは、5Gを機として基地局設備のオープン化・仮想化を推し進めたい通信事業者や、そうした事業者と協力しているベンチャーなどの通信機器ベンダーと言えるでしょう。実際、イベントではNTTドコモや英ボーダフォン、独ドイツテレコムといった通信事業者の幹部が登壇し、基地局のオープン化、仮想化に関する話をしていたことがその狙いを示していると言えます。

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クアルコムとしては、基地局設備のオープン化、そして仮想化といった流れに乗る形で通信機器向けの市場開拓を本格化し、端末向け以外にもビジネスを拡大したい狙いがあるといえそうです。同様の動きは米エヌビディアなど他の半導体メーカーも見せているもので、オープン化、仮想化は半導体メーカーにとって大きな商機となっている様子がうかがえます。

そして、同社がこれら2つの新しい新しい軸に力を入れる背景には、現在のビジネスの主軸でもある端末向けチップセットの競争が激しくなっていることも考えられそうです。と言うのも最近はスマートフォンの低価格化が顕著なことから、低価格のチップセットに強みを持つ台湾のメディアテックが市場での存在感を高めており、4半期ベースではスマートフォン向けチップセットの出荷シェアでクアルコムを抜いたとの調査報告もあるようです。

そうしたことからクアルコムは、競争力強化のため 低価格端末向けチップセットの強化を進めており、今回のイベントでもミドルハイクラスの5G端末向け新チップセット「Snapdragon 778G 5G」を投入して製品ラインアップの強化を推し進めています。

しかし、スマートフォンの低価格化のトレンドは今後も続き収益の悪化の懸念がつきまとうことから、同社としてはミリ波による高付加価値を打ち出して、より高価格帯の製品販売を増やし、さらに基地局向けにもビジネスを拡大してリスク分散を図る必要が出てきたというのが、正直なところではないでしょうか。

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