5Gに対応したデバイスを開発する上で、ある意味最も重要な存在となるのが通信を司るモデムチップです。さまざまな企業が5Gモデムチップの開発を手掛けていますが、その重要性の高さゆえ各社の戦略にも大きな影響を与えているようです。→過去の回はこちらを参照。

5Gでの通信に必要、チップセットへの内蔵化も進む

2020年3月25日より携帯電話大手3社が5Gの商用サービスを開始したことで、いよいよ日本でも5Gのサービスが利用できるようになりました。やはり非常に高い周波数帯を使うことなどもあって、エリアは当面非常に狭く5Gでの通信を手軽に体験できるようになるにはかなりの時間がかかりそうですが、それでも5Gが国内で堂々と使えるようになったことは歓迎すべきでしょう。

そして、携帯3社は5Gのサービス開始に合わせ、5Gでの通信に対応したスマートフォンやWi-Fiルータなどの提供を相次いで発表しています。そして、5Gは4Gとは異なる通信方式であることから、5G対応端末には専用の「モデムチップ」が搭載されています。

モデムチップとは、アナログ信号とデジタル信号を相互に変換して通信する、コンピューターのデータ通信に欠かせない「モデム」をチップ化し、スマートフォンなどの小型デバイスにも搭載しやすくしたもの。モデムチップと、それに対応したCPUやGPUなどの機能を備えたSoC(System On Chip、本記事内ではチップセットと記述する)を搭載することで、スマートフォン上で通信しながらさまざまなアプリが利用できるわけです。

そうしたことから、5Gに対応したデバイスを開発する上では、このモデムチップが非常に重要な意味を持つこととなります。実際、国内で2020年4月現在、携帯3社から販売されている5Gスマートフォンには、クアルコムの5Gモデムチップ「Snapdragon X55」と、チップセット「Snapdragon 865」を搭載することで5G通信への対応を実現しています。

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とはいえ、モデムチップとチップセットを別々に提供するとなると、調達側はコストが高くついてしまいますし、2つのチップを搭載するため基板上の面積も増えてしまうことから、スマートフォンのような小型デバイスにとっては不利です。

そのためモデムの技術が成熟するにつれ、モデムの機能をチップセットに内蔵することで、低コスト化と省スペースかを実現する動きも進んでくるとみられています。

実際、クアルコムはミドルクラス向けの5G対応チップセット「Snapdragon 765」シリーズを提供していますが、こちらはハイエンド向けのチップセットとなるSnapdragon 865と異なり、5Gのモデムを内蔵することで低コスト化が図られています。

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インテルの開発遅れでアップルがクアルコムと和解

当然のことながら、5G対応のモデムチップがなければ5G対応デバイスを開発できないことから、5Gモデムの開発を巡っては企業間の競争も激化しているようです。特に、そのことを象徴しているのがクアルコムとアップルとの関係変化です。

アップルは2017年、特許のライセンス料を巡ってクアルコムに訴訟を起こして以降、両社は互いに相次いで訴訟を起こすなど関係が急速に悪化し、“犬猿の仲”となっていました。その結果クアルコムのモデムチップが使えなくなったアップルは、もう1つのモデム供給先であったインテルからの供給を強化。2018年発売の「iPhone XS」シリーズにはインテル製のモデムが全面的に採用されるに至っています。

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しかしながらそのインテルが5Gモデムの開発で難航し、供給スケジュールが大きく遅れたことで、アップルはiPhoneの5G対応を進められなくなってしまいました。そこでアップルは5Gへの対応を急ぐべく、最悪の関係に陥っていたクアルコムと2019年にあえて和解、同社から5Gモデムチップの供給を受けるという判断を下したのです。

その結果、アップルという大口顧客を失ったインテルは5Gモデムチップの開発を断念、モデムチップ事業の大半をアップルに売却して実質的に撤退するに至っています。

アップルもこの一件でモデムチップの重要性を痛感したといえ、インテルのモデムチップ事業買収によって今後5Gモデムの自社開発を進め、将来的にはチップセットの「A」シリーズとともに、自社開発の5Gモデムを活用していくことになると見られています。

実は5Gのモデムチップを自社開発するという動きは、アップルに限ったものではなありません。例えばスマートフォン最大手のサムスン電子は、クアルコム製のチップセットやモデムチップも多く採用する一方、自社でも5Gモデムを内蔵したミドルクラス向けのチップセット「Exynos 980」を開発するなど、5Gモデムの自社開発にも力を入れている様子がうかがえます。

また、スマートフォン出荷台数シェアでアップルを抜いたファーウェイ・テクノロジーズも、傘下のハイシリコン・テクノロジーを通じて5G対応モデムチップの開発を加速。2019年には5Gモデムを内蔵したハイエンドモデル向けチップセット「Kirin 990」を開発しており、国内で販売されているファーウェイ・テクノロジーズ製の5G対応スマートフォン「HUAWEI Mate 30 Pro 5G」にもこのチップセットが搭載されています。

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こうした各社の傾向からも、端末メーカーが新しい通信方式にいち早く対応する上で、モデムチップの技術を持つことがいかに重要であるかを見て取ることができるのではないでしょうか。一連のアップルの対応変化によって、今後力のある大手メーカーがスマートフォンの競争力強化のため、いち早く新しい通信方式に対応するべくモデムチップの自社開発に力を注ぐ傾向が加速していくことになるかもしれません。

佐野正弘

福島県出身、東北工業大学卒。エンジニアとしてデジタルコンテンツの開発を手がけた後、携帯電話・モバイル専門のライターに転身。現在では業界動向からカルチャーに至るまで、携帯電話に関連した幅広い分野の執筆を手がける。