2020年ももう終わりに近づいている。14世紀に大流行したペスト、第一次大戦時のスペイン風邪などのパンデミック状態は歴史の教科書だけの話だと思っていたが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は瞬く間に世界中に広がり2020年を悲惨な年にしてしまった。1年以上たっても終息しないこの不安な状況を抱えたまま、いつかこの悲惨な年を「あの時は大変だったよねえ」などと話せる時が来るであろうという希望とともに2020年を私なりに業界視線で振り返ってみようと思う。

去年の今頃、私は2019年を振り返って下記のような話題を取り上げてコラムを書いていた。

  1. 米中貿易戦争
  2. GAFAへの当局の包囲網が活発化
  3. ますます身近になるAI
  4. Intel・Samsungの変調とTSMCの躍進
  5. 量子コンピューターの発表相次ぐ

これらの話題は今年も継続の状況だったが、この業界ではいつものことだが、新たな動きがかなりダイナミックに繰り広げられた。私の頭に浮かぶ話題をランダムに取り上げてみよう。

独り勝ちが加速する巨大プラットフォーマーと当局のせめぎあい

コロナ禍は世界中の人々の生活環境をすっかり変えてしまった。その中でも最も大きな変化は“リモート”環境であろう。“リアル”での接触を禁じられた人類はリモートでのつながりで活動を継続した。この状況はサイバー世界を牛耳るGAFAなどの巨大プラットフォーマーには大いに有利にはたらいた。そのお陰で米国の株価はリアルビジネスセクターでの落ち込みをIT株の高騰で十分に補う結果となった。

独禁当局がかねてより警鐘を鳴らしていたGAFAなどの巨大プラットフォーマーの独り勝ち状態は、彼らが全く想定していなかったコロナ禍という状況で加速された形となった。「これは単なる偶然かそれとも歴史の必然だったか」という問題は、今後の歴史家がかなり後になって考察する問題であろうと思うが、我々がその現場に居合わせたことはれっきとした事実である。

  • Amazon

    リモート生活を強いられる環境でGAFAの存在がますます大きくなる

大手プラットフォーマーに対しての当局からの厳しい目は今年になって益々強まり、米国ではFacebookのマーク・ザッカーバーグCEOをはじめとするGAFAのCEO全員が米議会での公聴会に呼び出された。10月になると米司法省がGoogleを独禁法違反の疑いで提訴すると、12月には米連邦取引委員会(FTC)がFacebookを提訴するという事態になった。FTCによるFacebookへの提訴はかなり踏み込んだ内容で、Facebookが数年前に取り込んだInstagramの売却を要求するというかなり具体的な内容も含まれていた。独禁当局の監視の動きは米国だけでなく、欧州・日本でも起こっている。各国の当局が神経をとがらせているのは次の点だ。

  • 盛んな企業買収によるビジネスの急速な拡大によって中小企業の成長の芽を摘んでしまう恐れがあり、ビジネスの流動性とイノベーションが阻害される。
  • これらの巨大プラットフォーマーは膨大な個人情報を蓄積しており、その情報の保護が十分に担保されているとは言えない状況が続いている。
  • 行動科学の専門家が考案した精巧なアルゴリズムにより、利用者をプラットフォーマーが宣伝したいコンテンツや製品に誘導するだけでなく、利用者の行動や嗜好、通信内容は監視され、この情報が売り買いされている。

非常に興味深いのは当局の監視が強まっているのは自由経済の欧米だけでなく、中国でも起こっていることだ。「独身の日」と謳った通販キャンペーンで流通総額8兆円弱を売り上げたAlibabaに対する中国共産党の監視の目は厳しくなっている。この結果、Alibaba傘下のアント・グループの上場は承認されなかった。中国政府が懸念するのは、巨大な経済圏を抱えたAlibabaグループが金融事業でさらに影響力をもつことだ。Alibabaは今や個人情報の蓄積の分野では中国共産党の脅威となる存在となっている。

プラットフォーマーの個人情報蓄積は彼らのサービスが加速的にユーザーにとって便利になる点で今後も継続されるであろう。その裏方を担っているのがプラットフォーマーたちの自社開発のAI用半導体の開発である。自社サービスの要件に特化したデータセンター用の自社開発アクセラレーターは、ターゲットを絞った効率の良いアルゴリズムを核としたソフトウェアとの組み合わせで今後益々パワーを増してゆくものと考えられる。

2021年、民主党政権へと移行するであろう米国では、当局とプラットフォーマーのバトルはそのし烈さを増すであろう。

半導体サプライチェーンを分断する米中技術覇権戦争

5Gの本格的な普及を前にして、益々顕在化したのが米中の技術覇権競争である。これはどちらかというと米国が具体的な禁輸措置を繰り出して「中国製造2025」プロジェクトを国家を上げて推進する中国をけん制するという構図になっている。昨年のファーウェイに続いてターゲットとされたのが、中国最大の半導体ファウンドリーのSMICである。米商務省はSMICを安全保障上問題とされる企業として「エンティティ・リスト」に正式に加えるという発表をした。これによってSMICは最先端の半導体製造装置の調達が困難となり、今後の先端半導体の開発には大きな打撃となる。

  • 半導体

    半導体は今や米中技術覇権競争の核心分野となった

こうした動きに加えて、台湾のTSMCはアリゾナ州に新工場建設を表明し、韓国のSamsungがテキサス州のファンドリー工場を大型拡張する計画の模様だという。今後、自由経済体制側にある半導体関連企業は日本企業も含めて大きな決断を迫られるであろう。半導体サプライチェーンは歴史的に最もグローバルに展開している産業分野であり、世界の2大市場である米国と中国の事情によって大きく影響を受け続けると考えられる。