現在、軍事分野では訓練において各種シミュレータを活用する動きが深度化している。その背景には、「シミュレータのほう方が本物よりも運用経費が安い」「安全に危険な経験ができる」といった事情がある。前回に説明したように、シミュレーターの技術が進歩して忠実度が上がっていることから、シミュレータでもリアルな訓練ができる、という認識が定着してきている。

忠実度が上がっても、シミュレータはシミュレータ

といっても、あくまでシミュレータはシミュレータである。動きや音や映像を再現することはできるが、限度はある。また、コンピュータが訓練生の相手をする場合は、コンピュータに事前にプログラミングした動きにしかならない。生身の人間を相手にするほうが、意表を突かれる可能性が上がり、結果として効果的な訓練になるかもしれない。

だからこそ、戦闘機のシミュレータを単独で使用するのではなく、シミュレータ同士、あるいはシミュレーション訓練施設同士をネットワークでつないで “通信対戦” を行う事例も出てきた。

その一例が、米空軍のDMON(Distributed Mission Operations Network)で、各地に設けられたMTC(Mission Training Center)を結んでいる。“通信対戦” だけでなく、例えば戦闘機とAWACS(Airborne Warning And Control System)機のシミュレータをつなげば、AWACS機で戦闘機を管制しながら交戦する訓練もできる。

さらに一歩進めて、シミュレータによる訓練と現地・現物を使った訓練を一体化、融合するという話も出てきた。それが、近年のトレンド・ワードの一つ、LVC。これは、Live, Virtual and Constructiveの略である。Liveはいうまでなく、現場・現物のこと。Vertualはもちろん、シミュレータのこと。そしてConstructiveは、コンピュータ上で作られた架空の構成要素、といった意味になるだろうか。

  • LVCを実現するための構成要素に関するイメージ図 引用:US Army

    LVCを実現するための構成要素に関するイメージ図 引用:US Army

LVCが企図しているのは、現地・現物を持ち込むことでリアリティを高めつつ、経費が高かったり、リスクが大きかったりするところはシミュレータを活用することで、経済性と訓練効果のバランス点を可能な限り高くすること。

また、シミュレータを利用して遠隔地から “通信対戦” あるいは “通信参加” すれば、演習の現場に移動するための手間と経費を節減できる、というメリットもある。国土が広かったり、海外に部隊を駐屯させていたりすると、このメリットは大きい。

なお、時差ボケ回避になるかとも考えたが、それはなさそうだ。リアルタイム参加だから、実施の際は同じ時間帯に「せーの !」でやらなければならない。すると、時差をまたがなければならないケースもあり得る。例えば、アメリカ本土の演習に日本から “通信参加” する場面がそれだ。

そこで、LVCをやってみた例

調べてみたら、ジョン・ホプキンス大学が米軍向けにLVC実現のための工程表をまとめたのは、10年以上も前の話だった。では、実際にどんな訓練ができるのか。

例えば、2015年6月にアラスカで行われた演習「ノーザン・エッジ」では、ノースロップ・グラマン社のLEXIOS(LVC Experimentation, Integration and Operations Suite)システムが持ち込まれた。この時は、パイロットがシミュレータを操ることで “仮想航空機”を用意する一方で、演習場に実機を飛ばし、両者をネットワーク化することで統合化した演習環境を構築した。これにもDMONが関わっている。

また、2018年10~11月にかけて、アラスカで実施した演習「レッド・フラッグ・アラスカ」に、三沢基地のMTCでシミュレータを操るF-16パイロットが “通信参加” した。このほか、F-15Eの搭乗員を対象とする訓練で、訓練を受けるパイロットは実機に乗ったりシミュレータを使ったりして、それらを結ぶネットワークにコンピュータの “敵機” を送り込んだ事例もある。

さらに、地上軍の演習に際して航空機だけ、実機を飛ばす代わりにシミュレータで “通信対戦” したり “通信参加” したり、といった事例もある。

  • 米空軍研究所(AFRL : Air Force Research Laboratory)がLVCの実証試験を実施した際に、地上で目標指示訓練用のシミュレータを扱う兵士が無線で戦闘機を呼んでいる場面 写真:USAF

    米空軍研究所(AFRL : Air Force Research Laboratory)がLVCの実証試験を実施した際に、地上で目標指示訓練用のシミュレータを扱う兵士が無線で戦闘機を呼んでいる場面 写真:USAF

ただ、口でいうのは簡単だが、実際にリアルな訓練環境を再現できるLVC環境を実現するのはハードルが高い。訓練に参加しているすべての参加者について、位置や動きに関する情報をリアルタイムでシンクロさせなければならないのは当然のことだが、それだけではない。

つまり、仮想環境から “通信参加” あるいは “通信対戦” している相手を、どのようにリアルの現場に持ち込んで再現させるか、という問題もある。例えば、戦闘機がシミュレータによる “通信参加” だった場合、実機がいないのだから、演習場の上に飛んできて爆弾を落とすとかいうわけにはいかないのだ。

その問題を解決するには、複合現実(MR : Mixed Reality)や拡張現実(AR : Augmented Reality)を活用する話になるのかもしれない。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。