NECが空飛ぶクルマ事業に参入したが、その試作機の状況を見る限り、空飛ぶクルマの実現は関係者が期待する2023年どころか、そう簡単ではなさそうだ。しかし、NECには、この空飛ぶクルマの試作を通して、何が難しいか、徐々にわかってくるこの経験を活かし、将来空飛ぶクルマのインフラストラクチャ(移動環境の管理基盤)ビジネスを握ろうという狙いがある。

今回の試作機にはまだ人間は乗ることができない。重量150kgのこの無人ドローン(図1)は、4枚のプロペラと、そのプロペラを動かすモータの駆動インバータを搭載しており、浮遊できることを示しただけである。人間が飛んで移動手段として使うためには解決すべき問題点が大変多い。

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    図1 NECが飛行実験を行った無人ドローン(空飛ぶクルマ) (同社我孫子事業所にて筆者撮影)

実験では飛び立つ前に、モータの回転数を徐々に上げていくことができるかどうかをチェックした。インバータはモータの回転数を自由に変えることのできる周波数変換装置である。インバータでは、モータの回転数を変えるために交流の周波数を変えるわけだが、そのためには直流をチョップして、パルスを作り出さなければならない。モータを動かすほどの大電流をオンオフするためのパワートランジスタが必要になる。最初のモータの回転数をある程度上げるだけの実験が終わるとすぐに係員がそばに駆け付け、4つのファンを回すための4台のインバータのパワートランジスタをファン(図2)で冷却している様子がうかがえた。

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    パワートランジスタの冷却に用いられた小型のファン

十分に冷やした後、実際に飛ばすために回転数をさらに上げる実験へと移った。4つのインバータを同時に動かし、プロペラの回転数を徐々に増していく。パワートランジスタは懸命にオンオフを繰り返し、回転の周波数を上げていく。そしてついに飛んだ。飛んだ様子はすでに報告されているように、4~5mほどの高さであった。

この実験場は、20m×20mの実験場をフェンスで囲み、高さ10mのフェンスでフタをすることで、誤って飛んでいかないようにしている。しかも地上からのロープも取り付けている念の入れようだ。安全に注意するためだ。ホバリングのようなその場飛行を1分ほど行っていたが、飛行中は関係者といえどもフェンス内には立ち入らない。

ただし、いったん着陸してモータを遮断したら、すぐに係員がフェンス内に入り、インバータに冷却ファンを取り付けていた。ここで使ったパワートランジスタは特別に開発したものではなく、市販の製品を使ったという。どのような製品のパワートランジスタなのか明らかにされなかったが、大電流を取れるパワートランジスタはIGBT(絶縁ゲート型バイポーラトランジスタ)が代表的なため、おそらくIGBTであろう。

しかし、実際の空飛ぶクルマではパワートランジスタにSiCやGaNなどの高温でも使えるワイドギャップ半導体のパワーMOSFETを使うことになるだろう。高周波でのスイッチング動作できるため、インバータに必要なインダクタ(コイルまたはリアクトル)やキャパシタを小型にできるというメリットがある。これらの受動部品は重量や体積が嵩み、少しでも軽量化したい。しかもワイドギャップ半導体は高温に強い。このためにSiCやGaNが有望だ。

さらに今回、NECはこのドローンを自律飛行させることを目指していたが、これはあくまでもドローン自身の姿勢を制御するための自律化であった。というのは、離陸直後の地面にまだ近い状態では、ファンの風が地面でドローンに跳ね返り、姿勢が崩れることがあり、その姿勢制御に使うためだ。

また、機体の位置を把握して遠隔制御できるようにするためGPS機能も搭載している。しかし、技術的にはこれだけである。実際に飛ぶためには、他の物体(ドローンや森林など)と絶対に衝突しないためのLiDARやレーダー技術、カメラ技術も欠かせない。空飛ぶクルマは地上を走るクルマと違い、衝突したら地上に落ちる。地上には人もいれば建物もある。これらの上に落ちることは許されない。だからこそ、地上のクルマ以上の安全性が求められる。

そうなると、LiDARやレーダー、ソナー、イメージセンサなどの「眼」の役割を持つセンサ類が欠かせない。先行して地上で自動運転車が事故ゼロを目指して開発されているが、そうした自動運転車が実際に道路を走れるようになって初めて、空飛ぶクルマも安全飛行ができるようになる。空飛ぶクルマでは地上を走るクルマ以上に事故は許されないからだ。

空飛ぶクルマの輸送手段となると、最低限10km程度は飛行することになるが、10kmを遠隔管理するためには5GやLTE通信は不可欠となる。NECは無線手段としてWi-FiやBluetooth、5Gが選択肢に入ると言っていたが、セルラー通信が距離の点で本命と言わざるを得ない。IoT専用の通信ネットワークは長距離伝送ができるものの、データレートが遅く、ビデオなどを送る場合にはとても使えないため、やはりセルラーネットワーク、2020年代は5GかLTEが本命となる。

実用化までに揃えなければならない技術は山積みで、しかも実証実験やシミュレーションも欠かせなくなる。2023年に実用化できるとは到底思えない。NECの発表前には、福島県と三重県が空飛ぶクルマの実現に関する協力協定を結んでおり、実用化を2023年とみていた。しかしNECの実験を見る限り、クリアしなければならない「絶対安全」のための技術開発にはもっと多くの時間がかかり、2023年には難しいと思えてくる。早くても2030年以降と言わざるを得ない。クルマメーカーは事故のないクルマ作りを目指しており、空飛ぶクルマも同様に考えるのなら、やはり2030年代に実現できるかどうかというところだろう。

NECが開発した空飛ぶクルマの飛行デモ