昔と今の航空機開発における大きな違いは、コンピュータ・シミュレーションの活用にある。昔なら、いちいち現物を作って試さなければならなかったものが、今はかなりの部分、コンピュータ・シミュレーションによって置き換えられている。つまり、コンピュータもまた、航空機の開発にかかわる施設・設備のひとつなのだ。自動車業界も同じだそうだが。

流体解析・構造解析

以前に、2回にわたって風洞の話を取り上げた空力設計に関する検証は、最終的には風洞試験や実機による試験が欠かせないが、今はかなりの部分まで数値流体力学(CFD : Computational Fluid Dynamics)を用いたコンピュータ・シミュレーションが可能になっている。

すると、いちいち模型を作って風洞試験にかける代わりに、コンピュータ・シミュレーションによって追い込みをかけて、選択肢を絞り込むことができるので、開発の効率化につながると期待できる。なにも航空機に限った話ではなくて、新幹線電車や自動車(レーシングカーを含む)でも事情は似ている。

  • このN700Sに限らず、新幹線電車の前頭部形状を決める際は、コンピュータを駆使した空力シミュレーションが活躍している。飛行機の設計も同じだ

空力設計は外形の話だが、内部構造の設計でも事情は変わらない。有限要素法(FEM : Finite Element Method)という便利なものがあるので、強度計算をコンピュータ上で迅速に実施できるようになって、もうずいぶん経つ。

その昔、まだ筆者が中学生だった頃だから40年ぐらい前になるが、とある鉄道関連の技術書で有限要素法の話が出てきた。ちょうど、東急8090系が有限要素法の活用によって軽量設計を実現できた、といって話題になった時期である。

そこで、有限要素法を用いて構造解析を行うソフトウェアの名前がいくつか出てきたのだが、その一つはボーイングのものだった。ダッソー・システムズのCATIAと同じデンで、ボーイングも構造解析をコンピュータでやれば効率化できるといって、自前でソフトウェアを作ってしまったということだろう。

そのCATIAは、単に図面を描くだけのCAD(Computer Aided Design)ソフトウェアではなく、総合的な設計支援ソリューションに発展している。その辺の話は以前に別記事で紹介したから、御覧いただいた方もいらっしゃるのではないか。今は、空間の取り合いから機内の配光まで、さまざまな分野でコンピュータ・シミュレーションが可能になっており、これもまた、開発・設計のプロセス合理化につながると期待できる。

開発用フライト・シミュレータ

フライト・シミュレータについては以前にも取り上げている。操縦訓練用のシミュレータだけでなく、第224回で説明したように、開発用フライト・シミュレータというものもある。操縦訓練用のフライト・シミュレータは特定の機体だけを模擬するが、開発用のフライト・シミュレータはもっと汎用的な製品である。

機体の設計・開発を進める過程で、その機体がどういうシステムの下でどういう運動をするかが明確になれば、それをモデリングして、計算式とデータの形に落とし込むことができる。すると、その情報を開発用フライト・シミュレータに送り込むことで、実機と同じ飛び方をするシミュレータを構築できる。

そこの精度が高くなっているので、初飛行の後でテストパイロットが「シミュレータと同じだった」とコメントするのは、さまざまな機体で実際に見られた場面。三菱MRJ(現スペースジェット)でも、そんな話があったと記憶している。シミュレータは実機と違い、安全に危ないことができるから、さまざまな試行を行ったり、機体の動きに慣熟したりするには具合がよい。

宇宙航空研究開発機構(JAXA : Japan Aerospace Exploration Agency)は航空宇宙分野の研究機関だから、前身の一つである科学技術庁・航空宇宙技術研究所(NAL : National Aerospace Laboratory)の時代から、開発用のフライト・シミュレータや、コンピュータ・シミュレーション用の大型コンピュータを持っている。筆者はNAL時代に1年間、所内に置いてもらった経験があるが、最後にそのシミュレータをちょっとだけ操縦させてもらったのは良い思い出。

デジタル・ツイン

そして、IT業界のトレンドの一つであるデジタル・ツインは、航空機業界でも無縁ではない。これまで現物やモックアップ(実大模型)を製作していたものを、コンピュータ上の数値モデルに置き換える事例が、チラホラと報じられている。

例えば、ボーイングとサーブが組んで米空軍向けに開発を進めている新型高等ジェット練習機T-7Aレッドホークは、こうしたデジタル技術を開発に活用している点を積極的にアピールしている。

  • 開発に際して、デジタル技術を駆使していることをアピールしている機体の一つが、このT-7Aレッドホーク練習機 写真:U.S. Air Force

また、シコルスキーでは米陸軍の汎用ヘリコプター、UH-60Lブラックホークをまるごとコンピュータ・モデルにしてしまい、これまでは現物を用いて実施していた試験や検証を、コンピュータ上で行う試みを進めている。米陸軍の航空部門AMCOM(Army Aviation and Missile Command)、国防総省のSCO(Strategic Capabilities Office)、そしてウィチタ州立大学が共同で取り組んでいるもの。具体的には、UH-60Lの実機を1機、バラバラに分解して、すべてのパーツを3Dスキャニングしてコンピュータ・モデル化した。

最新のUH-60Mではなく古いUH-60Lが選ばれたのは、15年ばかり前に生産が終息しており、スペアパーツの入手性が落ちて維持管理が難しくなっているため。そこで実機を再現できるコンピュータ・モデルを構築して、機体の維持管理に関わる検証を行ったり、3Dプリンタでパーツを製造するための基礎データとして活用したり、という話になった。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。