ANAが保有するボーイング787のうち、機首の側面に「787」と大書したスペシャル・マーキング機がいなくなるということで、前回より、航空機の外部塗装について説明している。前回は塗装そのものについて触れたところまでだったが、実はさらにややこしいプロセスがいろいろある。

マスキングと塗り分け

塗料が付着しては困る部位があるから、そういうところは塗装作業に入る前にマスキングする。塗装より前、リムーバーで既存の塗装をはがす段階でも、剥がした塗料やリムーバーが窓に付着したら嬉しくないから、マスキングは最初にやらないといけない。

マスキングを行うところはプラモデルの塗装と似ているが、なにしろ相手が大きい。しかも旅客機の場合、側窓がたくさんあるので大変そうだ。空気などの吸入・排出に関わる開口部だって塞いでおかなければならないだろう。ピトー管やAoA(迎角)センサーはいわずもがな。

マスキングは別の場面でも登場する。単色塗りなら話は簡単だが、多色で塗り分けを行うことの方が多いだろう。手の込んだスペシャル・マーキングなら尚更だ。

すると、「どういう順番で塗っていくか」という課題が生じる。事前に計画した順番通りに、塗装してはマスキング、あるいはマスキングを剥がして塗装、といった作業の繰り返しになる。

単純に考えると、最初に背景色を塗ってからその他の色を重ねていけば、という話になるが、単純に重ね塗りすると色がきれいに出ないこともあり得る。そこで、図柄を先に塗ってしまい、そこをマスキングしてから背景色を塗る、ということもあるらしい。

そして飛行機で難しいのは、機体の表面が平らではないこと。横から見てきれいな図柄に見えるように塗装するから、間近で見ると妙に縦長だったり、横長だったり、ということも起きる。

「難しそうだなあ」と思うのがANAの機体。あの機首から尾部に向けて斜めに延びるライン。横から見て直線になるようにするには、単純な一直線ではなく、カーブさせたラインにする必要があるはず。

ANAの現行塗装は767導入時に決められたものを引き継いでいるが、それより前にあった747や737は767導入後に新塗装に塗り替えた。同じ機種を何回も塗装していれば要領はわかってくるだろうけれど、最初の1機目はぶっつけ本番みたいなものだから、大変だったろう。

といったところで、エアバスがYoutubeで公開している、塗装作業の模様を撮影した動画を御覧いただこう。まずA350から。

Painting the A350 XWB for flight

次はANAのA380「フライングホヌ」。手の込んだ図柄だけに、これをきれいに塗り分けるのはべらぼうな手間がかかったと思われる。

ANA's first A380 - Painting Process

あと、エールフランスが自社の787のメイキング動画を公開していて、この中に塗装の場面も出てくる。胴体側面の「AIR FRANCE」ロゴを先に塗ってしまい、それをマスキングしてから白地を塗装しているように見える。

Pièce par pièce, le Boeing 787 d'Air France arrive !

軍用機と民間機の違い

第2次世界大戦中には、塗装作業にかかる時間がもったいないといって無塗装の機体を飛ばしていた事例もあったが、これは例外(日本本土空襲でおなじみのB-29爆撃機が無塗装銀ピカだった)。軍用機だろうが民間機だろうが、普通はちゃんと塗装を行うものである。ただし、その塗装の内容には違いがある。

民間機は基本的にツヤあり塗装で、ピッカピカ。光線条件によっては、太陽光が機体の表面に「ギラーン☆」と反射することもあり、それが画になる(こともある)。表面がツルツルだから、抵抗も少なそうだ。

実際、再塗装によって機体表面の平滑度が上がると燃料消費が減って、それで再塗装にかかる経費の元が取れるんじゃないか、というぐらいであるらしい。塗装後にも、機体を洗って表面の汚れを落としてやる方が、表面の平滑度が上がりそうなものだけど、実際のところはどうだろうか。

一方、軍用機の塗装は基本的につや消しである。そして、表面がざらついている。表面がツヤツヤだと太陽光を反射してしまい、機体の存在を暴露する可能性があるからだ。

  • 軍用機の機体表面はつや消しが普通。なぜなら、光を反射したら存在を暴露してしまうからだ 撮影:井上孝司

    軍用機の機体表面はつや消しが普通。光を反射したら存在を暴露してしまうから

そしてもちろん、色柄にも違いがある。

単色塗りなら話は簡単だが、大抵の場合、複数の色を使い分けて塗装を施している。特にどういうわけか、LCC(Low Cost Carrier)の機体はFSC(Full Service Carrier)の機体と比べると派手な外部塗装を施す傾向が強いように思える。機体も広告塔という訳か。

軍用機は逆に、背景に溶け込んで視認されにくくする必要があるので、地味な塗装になりがち。ただし、運用環境によって背景色が異なるから、それに合わせて機体の塗装にも違いが生じる。

対艦ミサイルを抱えて海面スレスレを飛ぶ航空自衛隊のF-2戦闘機は、海に溶け込みやすいようにということか、青系統の、いわゆる洋上迷彩を使用している。対して、地べたの上を飛ぶ機会が多い機体は茶色、あるいは緑系統の迷彩を施すことが多いようだ。

もっとも最近では、単色塗りで済ませている機体も少なくない。地べたの上を飛ぶ機体で単色塗りというと、米空軍のF-15Eストライクイーグルがあり、使用している色の関係から「ダーク・グレイ」と呼ばれることもあるとかないとか。

下の写真はA-10C攻撃機だが、明るいグレー塗装でも背景の岩山に意外と溶け込んでしまうことが分かる。

  • 岩山をバックに飛ぶ、グレー塗装のA-10C攻撃機。なるほど目立たない

    岩山をバックに飛ぶ、グレー塗装のA-10C攻撃機。なるほど目立たない

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。