2023年の幕開けに、パーソナルコンピュータのハードウェア技術の動向を占う「PCテクノロジートレンド」をお届けする。まずは業界のあらゆる活動に大きな影響を及ぼす半導体プロセスの動向について紹介したい。

  • PCテクノロジートレンド 2023 - プロセス編

    Photo01: 今年は唯一大原家に残ったまめちよことまめっち特集。我が家に来たのは2012年7月8日の事。その数日前からウチの近所をうろうろしており、遂にこの日我が家に侵入。ご飯を出したら「もっと出せ」。

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皆様、あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。ちなみに筆者は(2022年の仕事が終わっていないため)まだ年が明けておりません(泣)。

2022年後半からコロナは第8波が押し寄せてきて、感染者は相変わらずなのですが、その2022年8月~12月まで、毎月海外出張に行くはめに。お断りした出張も2本あったりして、もう完全にWithコロナな感じになってきております。ということでまずはProcess関連の動きから。

TSMC(Photo02)

  • Photo02: 勿論翌日もやってきて、外猫の皆様用の水飲み場を占領して飯を食い続ける。確かこの日は朝から3皿目。辛うじてKitten blueが終わったという感じの目の色。

TSMCにとって2022年は色々激動だった年であり、国内では熊本工場の建設開始やつくばに3DIC研究開発センターの開設大阪にデザインセンター開設など日本との結びつきがやや増している。一方で海外ではアリゾナのFabを4nmに移行させると共に第2工場を立ち上げる事を明らかにしている。これは主にCHIPS法に絡む話もあるが、もう一つは中国と台湾の緊迫具合が上昇している事を受け、地政学的リスクを少しでも減らしたいという顧客の要望に応える必要があったことも考える必要がある。だからといって台湾を蔑ろにしている訳ではなく、11月にはこんな報道もあった位であり、トータルでの投資額は壮絶なことになっている。もっともここまで投資を行っているからこそ売り上げも好調な訳で、その意味では今後も積極的に投資を行って先端プロセスを牽引してゆくものと考えられる。

さてそんなTSMCであるが、現時点でのロードマップはこんな感じ(Photo04)。既に7nm世代(N7/N7+/N7P)は先端プロセスというよりはMature Processになってしまった感がある。この7nm世代の最新のものがN6で、元々N7/N7Pを想定していたデザインを以降可能であり、N7+よりEUVを利用する配線層が1層多いとされている。製品で言えばAMDのRyzen 6000GシリーズとかRadeon Instinct MI200シリーズが6nm世代を利用している。またRadeon RX 7000シリーズのInfinity Cacheも同じくN6である。

実はこのN6、案外長く使われるかもしれない。理由はSRAMの微細化が頭打ち傾向にあるためである。Photo03はこれを端的に示したもので、7nm世代あたりまでSRAMのbitcellの面積は微細化に合わせて順調に減っていた。ところが5nm世代以降はもう微細化しても殆どbitcell面積が減らなくなりつつある。これはトランジスタというよりは配線側がそろそろネックになっているためで、その一方でプロセスを微細化するとどんどんコストが上がってくる。こうなると、プロセッサでもレジスタとかL1/L2位は仕方なく微細化したプロセスで実装するにしても、多少遅くても良いから大容量化が望まれるL3以降に関しては別チップにして7nm世代にする方が経済的、という考え方だ。Radeon RX 7000シリーズがまさにこれで、GPUのシェーダ部分とかL0/L1/L2まではN5で製造するにしても、大容量が必要なL3(Infinity Cache)は別チップにしてN6にするのが経済的、という考え方だ。おそらくこのトレンドは、今後も追従する製品が出るだろう。水平方向に並べる(その際のInterfaceはUCIeとかだろうか)以外に、3D積層する(SoICも既に実用段階に入った)という形でも実装は可能である。最近EDAベンダーも、こうした異なるプロセスを利用した3D Stackingに対応したツールを相次いでリリースしており、なので今後はロジック向けというよりは大容量SRAMの製造プロセスとしてN6が引き続き使われる事になると思う。

  • Photo03: これはIEDM 2022のShort Course 2 "Next-Generation High-Speed Memory for AI and High Performance Compute"におけるTSMCの講演スライドから。

  • Photo04: そういえばN6RFも今年立ち上がった筈なのだが、情報がない。

ではロジック向けは? というと、既にN5/N4が量産出荷をスタートしている。N5はRyzen 7000シリーズとかRadeon RX 7000シリーズで利用され、N4はGeForce RTX 4000シリーズで採用されている。他にQualcommはSnapdragon 8 Gen2でN4を利用しており、既にN5/N4は大量出荷に問題ないレベルになっているとして良い。この後に続くものとして

N4P: N4の改良型。リリースによれば性能がN5比で11%、N4比で6%向上するとされる。また消費電力及びトランジスタ密度はN5比でそれぞれ22% / 6%向上するとされている。基本はN5の派生型なので、トランジスタ密度の根本的な向上はN3までお預けである。予定では最初のN4P向けデザインのTape outが2022年後半となっており、実際MediaTekのDimensity 9200がこのN4Pを最初に採用した事例として2022年11月に発表されている。このDimensity 9200を搭載したスマートフォンも中国で11月中に発表されており、本格量産がスタートと言うにはまだ数が少ないものの量産そのものはスタートしており、本格的に製品が出てくるのは2023年に入ってからとみられる。

N4X: N4XはN4Eの高性能版というかHPCなどに向けた高動作周波数版のプロセスであり、N5比で動作周波数が15%向上、N4Pと比較しても1.2V動作時の動作周波数が3%向上するとしている。ちなみにRisk Productionは2023年前半にスタートとされているので、これを利用した量産は早くて2023年後半になるかと思われる。ただこちらは性能よりも動作周波数優先という、割と限られた用途になる。しかも昨今ではそのHPC向けであっても性能と消費電力のバランスを取るために、あえて動作周波数を落とす(Radeon Instinct MI250Xを搭載するFrontierがその好例であろう)ケースもあるだけに、AI Training Processorなどでの需要はあるかもしれないが、トータルでどの程度がN4Xを利用するのかはちょっと見えない。恐らくコンシューマ向け製品でこれを使うケースは殆ど無いだろう。

N3: N3は、N5比でトランジスタ密度を70%向上させ、同じ消費電力なら動作周波数を15%向上、同じ動作周波数なら消費電力を30%削減とされている。ただこのN3は素性としてはあまり宜しくなかったようで、当初は2022年前半中に量産を開始するという予定だったのが、そもそも歩留まりの上がり方が予想より悪く、また性能的にも今一つだったらしい。それでも12月29日にFab 18でN3プロセスの量産開始式典が行われており、一応立ち上がるは立ち上がった事になる。ただこのN3は、あまり使われる事はなさそうだ。というのは最大の顧客になる予定だったAppleがM3 ProcessorのN3での製造をキャンセル。次のN3Eに移行したためである。これはN3を想定していた他の顧客も同じで、殆どがN3Eに流れるものとみられる。

N3E: N3の改良版がN3Eとなる。性能としてはN5比でトランジスタ密度70%向上、動作周波数18%向上または消費電力34%削減というもので、N3からの差はごく僅かである。実はこのN3E、途中で中身が変わっている。当初は本当にN3の性能向上版だったのだが、N3の製造難易度が高いということで、N3よりも製造難易度を下げることで確実に製造できるようにした、言ってみればN3-とでもいうプロセスなのだが、にも関わらず実際に製造してみるとN3よりも性能が良い事になったという、ちょっと不思議なものである。こちらは開発段階から想定よりも良い歩留まりを実現しており、これを聞いた顧客が(提供開始時期はN3よりも遅くなるにも拘わらず)みんなN3Eに乗り換えを計った、というのがN3からN3Eに需要がシフトした正直なところらしい。既にカナダのAlphawave IPがN3E向けにZeusCORE100と呼ばれるMulti-Speed SerDesをテープアウトしている。N3Eの量産開始時期はN3からちょっと遅れて、2023年後半になりそうである(ひょっとすると2023年第2四半期に開始かも、という観測もあるがそのあたりははっきりしない)。実際AppleのA17とかM3は2023年後半に予定されている。

ただこの話はAMDのロードマップを直撃している。同社はZen 5世代を4nmないし3nmで製造して2023年に投入という予定だったが、N3Eを待つとなると2023年中の供給は難しい事になる。このあたりは、この後にお届けするAMDのCPUロードマップの所でもう少し論じたい。

N3P: これについてはパフォーマンス改善版としか伝わってきておらず、後述するN3Xとの違いが良く判らない。恐らくはN3Eで行った製造難易度を下げる対処を戻す(例えばN3EはN3と比較して、EUV露光を利用する層を4層減らしている)などをして性能を向上したバージョンかもしれない。こちらの量産開始時期は不明だが、早くても2023年末ではないかと思われる。

N3S: Photo04には出てこないが、N3/N3Eのトランジスタ高密度版がN3Sである。具体的にどの程度まで向上させるつもりなのかは不明だが、恐らくはMobile向けに動作速度を抑えてその分性能/消費電力比を向上させたプロセスになると予想される。登場時期は2024~2025年あたりだろうか?

N3X: これはN4Xの3nm版と考えられる。要するにHPC向けなどの高速動作版と考えられる。それがN3Eベースなのか、それともN3Pベースなのかは不明である。こちらは2025年登場であろう。

N2: TSMC初のGAAというかNanosheetベースのプロセスであるが、こちらはまだ藪の中である。ただTSMCはこのところ積極的にIEDMなどでGAAに関する論文を出しており、水面下では色々努力している事は間違いない。後述するSamsungのGAAの現状を見るに、時間を掛けて開発するというTSMCの方針はそう間違っていない様に思える。

ただそれでも2025年というN2の投入時期はやはりやや遅い。この間を埋めるために、N3P/N3S/N3XといったN3の派生型プロセスを多く投入して繋ごう、というのがTSMCの基本方針である。

現実問題として、2023年中に3nm世代製品がどこまでコンシューマ向けに投入されるかはちょっと未知数である。N3EはまずApple向けに使われる事になるだろうから、AMDなども2023年中はN4Pあたりでお茶を濁さざるを得ないのではないかと考える。