皆さんは「給与が直接スマホ決済で受け取れたら、そのまま使えてしかもポイントがついていいのに」「働き方改革やキャッシュレス化が進むのに、給与は会社指定の銀行への振込で旧態依然としている」と感じたことはないでしょうか。→後編はこちらを参照。

まだ、あまり注目されていませんが、今まさに普段使いしているスマホ決済などで給与を受け取れるようにしようという大きな流れが生まれています。日本の給与200兆円のお金の流れが変わる可能性を秘めた「デジタルマネー給与」について、前後編に分けてご紹介します。前編の今回は「デジタルマネー給与とは何か?」です。

コロナで働き方が大きく変わり、より一層パラレルワークが進む

パラレルワークとは、メインの仕事と副業をするのではなく、メインの仕事を複数する=パラレルに仕事をすることをいいます。働き方改革の1つの姿として、近年よく聞く言葉になりましたが、最近までは副業が解禁されたものの、まだ実際に副業をする人は限定的なのが実情でした。

しかし、それが今回のコロナの影響で、パラレルワーク時代がぐっと近づきました。これには大きく分けて2つの要因が考えられます。1つ目はテレワークの導入企業の増加です。特に大企業を中心にテレワークの実施比率は高くなりました。通勤時間やオフィスに縛られることがなくなり、働く時間と場所の裁量が高まることで、複数の仕事を同時に行うパラレルワークができる環境が整いやすくなってきたのです。

もう1つは、その環境の変化により副業が当然のことになり始めていることです。街中を走るUber Eatsの自転車を目にしない日はなく、ハンドメイドでマスクを作って社会貢献した、という方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。6月のデータで副業の実施比率は8割近い、という調査結果もあります。

パラレルワークにより、お金のイニシアチブは会社から働く人に移る

パラレルワークが浸透することで、社会のイニシアチブは、会社から働く人に移動していきます。なぜなら、従来は会社1に対して働く人がNの関係であったのに対し、パラレルワーク時代は働く人1に対して会社Nの関係になるためです。副業を探すサービスなども一定程度普及し、インフラは整いつつあるように見えます。

しかし、お金の流れに関してはどうでしょうか。給与の部分に着目すると、その景色は一変します。会社からの給与は、原則月に1回、会社の指定銀行に振り込まれる選択肢しかありません。1つの会社で働く分には特別な不便は感じませんが、これが複数となるとどうでしょう。パラレルワークで働くようになっても、給与に関しては会社ごとに指定の銀行に口座を作る必要があり、これは働く側に大変不便です。

働く側からすれば、給与を受け取る場所を自分で選択することができたり、少額の給与を銀行口座ではなく、普段使いしているスマホ決済で受け取れるよう指定ができたりしたら、非常に便利になります。

  • デジタルマネー給与であればスマホから入金確認が可能になる

    デジタルマネー給与であればスマホから入金確認が可能になる

デジタルマネー給与とは何か

そもそも給与の支払い方法は、労働基準法により原則現金手渡しで行い、例外として銀行口座を認めるという厳しい制限がかけられています。一方、現在検討が進んでいるデジタルマネー給与は以下のようなものです。

  • 労働者は、現金支払いとデジタルマネー支払いを選択できる

  • デジタルマネーは、資金移動業者のスマホ決済、プリペイドカード、電子マネーなどで受け取ることができる

  • 受け取った給与は、ATMなどで月に1回以上、手数料なしで引き出しができる

  • 現状と今後見込まれるデジタルマネー給与の概要

    現状と今後見込まれるデジタルマネー給与の概要

デジタルマネー給与が実現すれば、働く人の給与の受け取り方は、かなりの自由度が出てきます。一方で気になるのは安全性です。先日もドイツの大手フィンテック企業が破産申請しました。

これに対しては「資金移動業者が破綻した場合に十分な額が早期に労働者に支払われる保険等の制度の設計が具体化されることを前提」にすることが謳われています。働く人の安全性を十分に確保しつつ、自由度や利便性を高めることに配慮したものになっていると言えます。

海外ではすでに普及している

このようなデジタルマネー給与は、実は海外ではすでに普及し始めています。たとえばアメリカでは、ペイロールカードという名前で、以前からプリペイドカードで給与を受け取ることが可能になっています。利用者は900万人(国民の約3分の1)に上りかなりの浸透していることがわかります。アメリカは日本に比べ、銀行口座を作るハードルが高く、口座を持てない人が多いため、その層に向けた手段として拡大したという背景があります。

中国では、ライドシェアで働く人がスマホ決済で報酬を受け取り、そのままガソリンスタンドなどで料金を支払う、ということが行われています。中国のキャッシュレスは非常に進んでいますが、現金に対する信用度が高くないことが、その一因と言われています。

中東などでも、出稼ぎ労働者へ確実に給与支払いがされるよう、国が主導してデジタルマネー給与が普及しています。いずれの国でも、デジタルマネー給与がないと困る、明確な理由がありました。それでは、日本でにおけるデジタルマネー給与のメリットはどんなものがあるでしょうか。後編では日本でのデジタルマネー給与についての現状と今後の可能性についてご紹介します。

著者プロフィール: 津守 諭

TIS株式会社
ペイメントサービス第1部 部長

2002年に大学卒業後、TIS株式会社に入社。システムエンジニア、プロジェクトマネージャーとして、数多くのクレジットカードシステムの構築・保守運用に従事。2010年より同経営企画部門やコンサルティング部門を歴任。TISの中期経営計画策定やM&Aによるアライアンス構築を通し、TIS全体の決済サービスにおけるバリューチェーン強化を推進。2017年より現職。国内トップシェアのブランドデビット・プリペイドプロセシングサービスの責任者として、キャッシュレス促進に取り組む。