人間中心のAI社会の実現を目指す日本

世界中で進む「AI(人工知能)」の活用。日本でも政府が、Society 5.0の実現に向けて、2019年3月に「人間中心のAI社会原則」をまとめるなど、動きを見せている。

この人間中心のAI社会の実現に向け、同原則では、「人」、「社会システム」、「産業構造」、「イノベーションシステム」、「ガバナンス」の5つが掲げられ、特に人の面に関しては、教育改革によって、数理、データサイエンス、AIの基礎などの必要な力をすべての国民が育むことが目標とされ小中高校、大学、そして社会人のすべてでリテラシー教育の実施や、応用基礎、エキスパート育成に向けた取り組みが求められている。

その一方で、近年の教育現場では、AI関連を使いこなす上で重要となる「行列」が、そして2022年度からは、「ベクトル」が文系の必修科目から削られる予定となっているほか、企業のAI人材の育成に注力する必要性が求められているが、具体的な潮流となるような動きはまだ見えていない。果たして、こうした現状を踏まえ、日本の教育機関や企業は、どのようにしてAI人材を育成していけばよいのか?。2019年10月某日、都内某所に4人の各分野のエキスパートに集まってもらい、日本における数学・AI教育の未来とはどうあるべきなのか、議論を繰り広げた。

この議論に参加したのは以下の4名(肩書はいずれも対談時のもの)。

  • 東京大学 名誉教授で同大 数理・情報教育研究センター 特任教授の藤原毅夫氏
  • NTTコミュニケーション科学基礎研究所 フェロー・特別研究室長 機械学習・データ科学センタ代表の上田修功氏(理化学研究所 革新知能統合研究センター 副センター長)
  • アクセンチュア株式会社 デジタルコンサルティング本部 アクセンチュア アプライド・インテリジェンス日本統括 兼 アクセンチュア・イノベーション・ハブ東京 共同統括マネジング・ディレクター 博士(理学)の保科学世氏
  • MathWorks Japan アプリケーションエンジニアリング部(テクニカルコンピューティング)部長の宅島章夫氏

司会:今日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。今回のこの会談の中心となるテーマが「AI人材とはなんなのか?」という話ですので、この時間の限られた議論の中だけで語りきれないほどの大きな話です。ですので、最終的に、こういった人材がAI人材として必要な要素になる、というメッセージを出せればと思っています。

それでは、初めてお会いした方も多いと思いますので、自己紹介をお願いできればと思います。

上田(以下、4名ともに敬称略):NTTコミュニケーション科学基礎研究所 フェロー・特別研究室長 機械学習・データ科学センタ代表の上田修功です。クロスアポイントメントで理化学研究所 革新知能統合研究センター 副センター長を兼務しています。専門は統計的機械学習で、20年以上研究しています。

宅島:MathWorks Japanの宅島です。主にソフトウェアのプリセールスとして、ライセンス購入前にいろいろと検討されている人に、技術的な支援を行っています。技術領域としては、MATLABを扱っていて、中でもAIやデータサイエンスの領域に対するサポートをしています。

担当しているお客様は、一般企業、官公庁、教育機関と、AIを対象としているすべての分野に関わっていますので、今日のディスカッションは非常に楽しみにしています。

保科:アクセンチュアの保科です。アクセンチュアでは、2つの役割を担っています。1つは、アナリティクスやAIを活用したビジネス変革を推進する「アクセンチュア アプライド・インテリジェンス」の日本統括です。技術は社会に適用(アプライ)して初めて役立つものなので、「アーティフィシャル・インテリジェンス」ではなく「アプライド・インテリジェンス」と名付けています。

もう1つは「アクセンチュア・イノベーション・ハブ東京」というイノベーション拠点の所長です。私の専門はアナリティクスやAIですが、それに限らず、ここを拠点にいろいろなお客様と新しいサービスを生み出しています。

藤原:東大の藤原です。専門は物理の理論でして、なぜ物理の教授がこんなところに、という感じですが、もともと所属していた工学部の学生全体に対する数学教育というものを、演習から講義から、1つの本務として大学の中で続けてきました。

もう定年をとっくに迎えているのですが、その後も特任教授として、また最近は2年ほど前に設立された数理情報教育研究センターに所属し、全学の数学教育のさまざまなことを担っています。今も講義もやってまして、最近も新しい数学を勉強しています。

実は東大は2019年4月より、全学の学生、職員、研究者のすべてにMATLABを使えるようにしたのですが、そのまとめ役というか、旗振り役もさせていただきました。

司会:藤原先生が今、職員も、と話されましたが、一般の事務職員もMATLABを使うんですか?

藤原:誰でも、東大のメールアドレスを持っている人であれば制限なく使えます。そういう状況にあります。実際に職員も使っていると思いますよ。かなりの人が使っているし、私どもも使うことを推奨しています。

司会:いきなり、人材育成をどうするか、という根底に関わってきそうな話がでてきましたね。

藤原:それは我々も意識していて、今の五神総長も数学教育に理解を示されています。

  • AI人材

    東京大学 名誉教授で同大 数理・情報教育研究センター 特任教授の藤原毅夫氏