NTTドコモは10月26日、東京慈恵会医科大学(慈恵医大)と共同で、スマートフォンやクラウドサービスを活用した医療分野のIT化に関する取り組みの説明会を行った。IT化にあたっては、慈恵医大病院4病院へ約3600台のスマートフォンとフィーチャーフォンを一括導入している。

ドコモと慈恵医大がタッグを組んで医療のIT化を推進する。中央の2人はドコモの加藤薫社長(左)と慈恵大学の栗原敏理事長

ドコモは、「+d」と呼ばれる取り組みを通して、同社の資産を使って他社とコラボレーションし、さまざまなサービスなどを実現していく方針を示している。今回の取り組みもその一環で、「慈恵医大」+「ドコモ」の2者による協業で、慈恵医大病院におけるIT化を進める取り組みとなる。

医療分野が抱える課題に対して、ドコモは周辺のサービスしか提供できていなかった

もともと、病院では携帯電話の利用が制限されていた。携帯電波が医療機器に影響を与えることが懸念されていたためで、病院内ではPHSを利用することが一般的だった。しかし、第2世代(2G)の携帯電波が停波し、4Gがメインになったことで状況が変わり、昨年には「医療機関における携帯電話等の使用に関する指針」が出され、病院内での携帯電話利用が可能になっている。

病院内での携帯電話利用が昨年の指針で解禁された

慈恵医大病院での携帯電話の利用ルール。手術室などでは電源オフで、そのほか、いくつかのルールを定めて実施している

それに伴い、慈恵医大はスマートフォン利用に向けた調査を行い、利用に関して問題ないと判断。今回の3224台のスマートフォンと364台のフィーチャーフォンの導入が決定した。医療機関によるこの規模の導入事例は国内で最大、海外でも「知る限りは最大規模」(ドコモ副社長・寺﨑明氏)だという。

慈恵医大4病院での一括導入

NTTドコモ 寺﨑 明副社長

導入を主導した慈恵医大脳神経外科学講座の村山雄一主任教授は、「3600台の導入がニュースなのではない」と指摘。その意義を「コミニュケーションが活性化する、それに尽きる」と強調する。

慈恵医大 教授 村山 雄一氏

医療現場で「IT化が遅れていた」とは、来賓として挨拶にたった政府関係者だけでなく、慈恵医大側も認めており、その結果としてコミニュケーションが不足していたと村山教授は見る。

例えば、ニュースでも報道される「患者のたらい回し」といった状況でも、当直の医師は「誰にも相談できず、高度な判断をしなければならない。こうしたことが若手医師には負担になっている」(村山教授)。これに対して、IT化によってコミニュケーション環境が構築できれば、こうした負担を解消できるという。

そのためにスマートフォン導入とともに開発されたのが医療関係者向けのコミニュケーションツール「Join」だ。

これはLINEのようなスマートフォン向けコミニュケーションアプリで、例えば患者を診断をする際、撮影したレントゲン写真などを投稿すると、ほかの医師らがそれを見てアドバイスなどを行える。急患の症状を聞いてそれを投稿すれば、「緊急なので迎え入れて専門医を招集する」「ほかの専門医がいる病院を紹介する」といった対応ができる。

医療従事者間でのコミニュケーションツール「Join」

特に「転院は時間勝負」と村山教授。Joinによって大学や系列といった病院の壁を超えて医師同士が相談し合い、画像を見て適切な病院に転院させるといったことができるという。このJoinの仕組みは、すでに米Rush大学で採用されており、地域の複数の中核病院でJoinを使った連携をしていると語る。

米Rush大学での病院連携

また、レントゲンやMRIの画像などを専門医に見せて、緊急でなければその専門医を深夜に招集せずに済むといったメリットも存在するという。当直医だけでなく、普段の診療などでも撮影したデータや院内の手術室のライブ映像などを医療従事者間で共有でき、一人の患者に対して多対多で同時にコミニュケーションして診療が行えて、質の向上と時間の短縮が図れるとしていた。

レントゲンなどのデータを送って専門医の助言なども得られる

すでに、慈恵医大では撮影したレントゲンなどのデータを院内サーバーに保存。そこからJoinに対し、患者の情報を除いて匿名のデータのみを送信するという、機能を追加する形でシステム構築を実現している。なお、プラットフォームやアプリの開発ではドコモらが協力している。

このシステムは、診療だけでなく、ほかの病院の医師、大学病院の専門医らと症例共有や相談などができるため、地域医療の連携への活用も期待されており、「医師不足や質向上に寄与できる」とのこと。慈恵医大では4つの病院でJoinを導入して従事者のコミニュケーション向上を図っていく。また、槍ヶ岳にも診療所を設けており、医師の専門外の患者が来ることもあり得ることから、来夏にはこの診療所でもJoinを導入し、診療に役立てる方針だ。

地域医療への応用も期待される

槍ヶ岳診療所にも導入予定

Join自体はすでに国内の約50病院で稼働しているほか、米国、南米、台湾、スイスでも利用されており、日本発の医療アプリとして世界展開を図っている。日本においては、医療機器として保険収載として認定されるよう申請しているという。こうして集められた診療情報や画像データなどは、Joinのクラウドでビッグデータとして集積されて分析を行い、人工知能(AI)を使って診療支援、病気の予防と解明といった取り組みも実施する。

国内外で利用が始まっているJoin

クラウドとビッグデータ、AIによる医療の進化を目指す

また、MySOS、Teamと呼ばれるアプリも開発。MySOSは、患者自身のスマートフォンで自身の健康情報を管理するためのアプリで、身分情報、既往歴、内服薬、健康診断結果などを保存しておき、どの病院に行っても再診察などをせずに現在の状況を病院側が把握できる。

診療データやMRIなどの画像データも保存されるため、短期間に複数の病院でMRIを撮影する無駄が省ける。緊急時には、家族やかかりつけ医の連絡先が表示され、そこにすぐに連絡することも可能だという。

Joinに加えて、MySOS、Teamによって包括的な連携を実現する

MySOSは患者自身で情報を管理するスマートフォンアプリ

保存できる情報

MRIなどの画像データも保管できる

このMySOSとJoinを組み合わせることで、災害時の救急医療モデルも検討されており、MySOSで通報と初期対応が効率化し、救急車からJoinで病院側に情報が共有され「適切な対応が取れる」としていた。

Teamは、病院や患者、その家族、行政、介護が一体となって情報を共有できる「地域包括ケアクラウドシステム」とされている。これまで、病院から退院して家庭やケア施設で介護することになった場合、介護者やヘルパー、かかりつけ医などが、それぞれ個別に記録をまとめ、連携できていなかった。Teamはその点で、それぞれの記録を一括して連携できる。それぞれの情報を元に、効率的に適切な介護ができるようになるほか、病院側も経過観察によって指示やアドバイスが行える。

MySOSとJoinとの連携による医療モデル

介護現場とも連携するTeam

慈恵医大では、ドコモと協力して今年度中にナースコールをスマートフォンで受けられるようにしたり、院内に無線LANスポットを構築したり、非常用に無線LANを使ったVoIP電話を導入するといったIT化を進める。それ以降は、スマートフォンでの診察券、決済の対応、海外からの旅行者などに向けた翻訳アプリの開発などを実施していく計画。

慈恵医大の今後のロードマップ。ドコモと協力してIT化を進めていく

ドコモとの連携によって、スマートフォンによる病院間の内線化が可能に。また、共有電話帳を使うことで、異動の多い医師にすぐに連絡が取れるようになった

全国の医療機関へさらに拡大していきたい考え

ドコモと慈恵医大では、先端医療情報技術研究講座を開設してさらなるサービスの開発や検証などで協力していく

来賓の野田聖子議員は、地方の医療は医師も情報も足りない中、Joinによって地方の医療体制を補助できるようになると期待感を示し、「これからの時代を先行くものだと力強く確信している」と話す。また、内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室長代理(副政府CIO)の神成淳司氏も、「Joinが日本の、世界の医療現場を変える大きなきっかけになれば」と期待を寄せていた。

野田聖子議員

神成淳司・副政府CIO