ビジネスのスピードは、デジタル技術の進歩により、何倍にも加速させることが可能になりました。しかし、問題はそれができる時代だと気付かないことです。古代の恐竜たちは巨大な体躯によって地球上を支配していましたが、環境変化に適応できず、絶滅してしまいました。企業経営においても、このままでは危ないと予兆を鋭敏に察知することが重要です。

日揮ホールディングス(以下、日揮HD)は、日本最大手のエンジニアリング企業として国際的なプレゼンスを発揮しています。同社は、“2030 年のあるべき姿”から見据えたグランドプランを策定し、近年めまぐるしい勢いでデジタライゼーションを推し進めています。

人財育成とIT 活用の両輪こそが企業価値向上に欠かせないとする日揮HD は、その第一歩目として、財務システムとしてSAP S/4HANA をMicrosoft Azure 環境上に構築しました。「SAP on Azure」によって同社は、グローバルな情報をリアルタイムで一元管理することのできる経営インフラを手に入れたのです。

「挑戦的なアドバイス」を受けて、デジタライゼーションに火を点ける

日揮HD は日本のエンジニアリング企業の最大手です。1928 年の設立以来、80 ヶ国以上で石油精製プラントやLNG プラントなどの建設プロジェクトを遂行してきました。

同社は2019 年10 月にホールディングス制へと移行し、経営体制を再編しました。海外でのオイル&ガス事業やインフラ事業、国内EPC(設計・調達・建設)事業に加えて機能材製造事業をグループの中核に位置づけることにより、「持続的な企業価値向上」という目的に向けた新たなフレームワークを構築したのです。

そんな日揮HD が近年注力しているのが、デジタライゼーションによる変革です。2018 年4 月には、複数部門に渡って存在していたIT 部門を統合し、「データインテリジェンス本部」を立ち上げました。

デジタライゼーションに火が点いたきっかけは2 年前にあったと、日揮ホールディングス株式会社 デジタル統括部長 人財・組織開発管掌 常務執行役員CDO 花田 琢也 氏は言います。

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「2 年前にヒューストンで、当社の経営トップがメジャーオイルのトップマネジメントと意見交換をする機会があったのですが、そこで“ 挑戦的なアドバイス”を受けたのです。それは『デジタル変革によって、現在の必要工数の1/3、スピードは2倍でプロジェクトを遂行できるようにならないと、将来は恐竜になる。即ち、マーケットから排除されますよ』というものでした。そのアドバイスに危機感を覚え、まずはIT の機能を統合し、会社のあるべき姿を踏まえたIT グランドプラン策定に取り掛かりました」(花田 氏)

IT 技術の進歩はめまぐるしく、現行では先進的なソリューションもすぐに陳腐化してしまうおそれがあります。日揮HD では、まず2030 年という将来に如何なる会社であるべきかというビジョンを掲げて、そこにたどり着く行路を逆算するバックキャスティングの手法によって策定しました。これが、2018 年10 月に完成したグランドプランです。その後、グループ全体のIT推進・運用・管理をおこなう最高機関「IT サミット」を発足し、また、グランドプランのテーマごとにパイロットチームを創成しました。

  • グランドプランの全体像ロードマップ―短期的にすぐに業務に取り入れるものと、中長期的に取り組んでいくものとに分類される

テーマは短期的に実際の業務に応用できるものから、中長期的に企業価値を高めていくものまでさまざまです。例えば、プラントレイアウトのAI 支援などもその一つです。原油の組成や周辺の地形・気候など、プラントが同じ環境になることは先ずありません。例えば、新しいプラントの最適なレイアウトとはどうあるべきか、職人的な技に依存していたエンジニアリング領域を形式知化するAI 的な取り組みも着実に進められています。

未来に向けたデジタライゼーションを展開する上で、必要不可欠なものは経営インフラの整備です。海外の拠点を含めたすべての経営資源のデータをリアルタイムで一元管理することができなければ、ビジネススピードの飛躍が達成できるはずもありません。そして、グランドプランを推進するための「一丁目一番地」として実装されたのが、Microsoft Azure 上への財務・会計システムSAP S/4HANA 導入といえます。

グローバルで安定的なクラウドとして、Microsoft Azure を構築基盤に選択

日揮HD は従来、オンプレミスにて財務・会計システムを運用していました。当時を振り返って、「狭い目で見れば大きな問題はありませんでした」と日揮ホールディングス株式会社 グループ財務部 経理企画チーム 統括 マネージャー 森本 敦 氏は言いながらも続けます。

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「ホールディングス制に移行する前は、グループ内に占める日揮単体の比率が大きく、独自の財務業務フローであっても運用自体は安定していました。しかし、国内はもとより、グローバルに展開するグループ会社を育てていくという大方針がある中で、システムや業務プロセスが標準化されていなくて良いのか、という課題が浮かび上がったのです」(森本 氏)

また、IT 部門としても、IT インフラの統合を積極的に進めていきたいという意向があったと、日揮ホールディングス株式会社 デジタル統括部 企画グループ アシスタントマネジャー 北中 康弘 氏は補足します。

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「グループ会社や事業部門ごとにいろんなシステムがバラバラに稼働していたため、IT インフラを統合していく方針が2016 年に策定されました。オンプレミスでなくクラウドファーストで行こうと大きく舵を切ったのもこの時です」(北中 氏)

エンジニアリングの業界では、受注を獲得できるか否かで扱うデータ量が著しく変わります。プラントの設計では、50 万ファイル以上の図面や仕様書が、Word、Excel、CAD などのデータでやり取りされ、さらに各ファイルが何度も改定されるのです。爆発的に変動するデータに対して柔軟なサイジングで対応することは、オンプレミスでは困難でした。日揮HD がクラウドファーストを選択した背景にはこうした理由があったのです。

クラウドファーストの方針策定からさらに具体的な検討が進んだ2016 年度末、SAP ワークロードを稼働する基盤として Microsoft Azure が採用されました。他のクラウドサービスと比較して最も大きな選定ポイントとなったのは、「グローバルでのリージョン展開」だったと北中 氏は語ります。

「私たちが大きなターゲットとしているのは、アジアや中東・アフリカの各国です。プラント設計・建設においては、グローバルでのデータのやり取りが重要ですが、Azure であれば、各リージョン間の通信にMicrosoftのもつバックボーンネットワークを活用可能という点が、非常に魅力的だったのです。また、同時期にOffice 365 導入を推進しており、システム同士の親和性にも期待しました」(北中 氏)

Microsoft Azure 上での SAP の導入にあたっては、基本設計段階からMicrosoft からSAP のスペシャリストが派遣され、構築支援が行われました。

「プロジェクト期間中にも、Azure 上でいくつか重要な機能追加・変更が行われましたが、それをタイムリーに教えて頂いたおかげで、事前に対応ができました。おかげさまでAzure に起因するトラブルもなく、稼働に至ることができました」(北中 氏)

日揮グループ標準モデルの確かな一歩を果たす

今回の財務システムは2019 年1 月に運用を開始しました。SAP S/4HANA 及び、証憑管理のためのOpenText、データ分析ツールとしてのSAP BusinessObjects がMicrosoft Azure 上で稼働しています。

財務部から見た移行の手応えについて、森本 氏は次のように語ります。

「旧システムからSAP へ変わったことによって、最初は戸惑いもありました。しかし、事前に業務マニュアルや操作マニュアルを作っていたこともあり、まず業務全体の流れが明確に可視化できました。属人的なデータ入力も無くなり、情報の品質は間違いなく上がっています。また、証憑類をPDF で閲覧可能にしたので、ペーパーレスによる業務効率化も進んでいます。支払プロセスの一元化やデータ閲覧権限の細分化などによって、統制面でも効果が出ています。今後、必要な箇所はブラッシュアップしていきますが、イニシャルとしては合格でしょう。これを『日揮グループの標準モデル』としてしっかりと精度を高め、早期にグループ会社に展開していきたいと思います」(森本 氏)

また、北中 氏はAzure による設計・開発・運用について、その「柔軟さ」を強調します。

「土日祝日は財務システムを停止させているのですが、Azure に移行したことで、その期間の利用料を削減するという成果が目論み通り出せています。また、HD 体制の移行については2018 年11 月から短期間で検証環境を準備する必要があったのですが、これも速やかに構築することができました。もしオンプレミスのままであったならば、到底間に合わなかったでしょう。プラットフォームとしてのMicrosoft Azure の柔軟さを改めて感じました」(北中 氏)

そして花田 氏はSAP on Azure の導入をこのように総評します。

バックオフィス系のシステム改善は、何か劇的なことが起きるというよりは、あらゆる物事への副作用が生じなくなったことで評価すべきでしょう。SAP on Azure 導入による一番の成果は、『新しいことを始められる土台が構築できた』ということです。グループでIT インフラを統合していくモデルが出来たことで、ホールディング制による新しい経営体制への変化に対しても柔軟に対応できたと感じています

―花田 琢也 氏
日揮ホールディングス株式会社
デジタル統括部長 人財・組織開発管掌 常務執行役員CDO

優れたタレントマネジメントにより、さらなる企業価値の向上を目指す

日揮HD では、ヒト・モノ・カネというエンタープライズのリソースについて、情報を可視化し共有管理するためのさらなる展開を計画しています。特に今後力を入れるのは「タレントマネジメント」であると、花田 氏は言います。

「当社は元来、大規模な生産施設や先進的な研究開発の機能を礎にしているのではなく、最大の財産である「人財」が育まれ、その集大成として、プラントや病院の設計や建設の分野で貢献しているのです。したがって、タレントマネジメントこそが今後の事業発展を加速する一番のポイントなのです。今までは『フィリピンの子会社のMr.A は優秀だったよね』と勘と経験と記憶で扱っていたことを、今後はグローバルな視野での見える化を備えたヒューマンリソースマネジメントに進化させねばなりません。その意味では、グローバルなクラウドの活用は欠かせないでしょう」(花田 氏)

さらに花田 氏は、コラボレーションツール「Microsoft Teams」の活用にも意欲を見せます。

「Microsoft Teams を使えば、社内のコミュニケーションを可視化することができます。部門A と部門B の交流が活発だと分かれば、そこから踏み込んでコラボレーションを立ち上げるといったことも考えられるでしょう。今後は、全社的にMicrosoft Teams の活用を推進していかねばならないと考えています」(花田 氏)

どんなに優れたシステムであっても、効果を発揮するには人が適切に扱わなければなりません。人の知恵とデジタルの知恵とが融合して初めて革新は生まれるのです。ヒューマンインテリジェンス(HI)と、アーティフィシャルインテリジェンス(AI)の両輪によって、日揮HD のデジタライゼーションは今後ますます加速していくことでしょう。

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