デジタルテクノロジーをビジネスの課題解決に活用するための取り組みは、あらゆる業種・規模の企業で進められています。長崎ちゃんぽん専門店「リンガーハット」や、とんかつ専門店「濵かつ」を全国に展開する株式会社リンガーハットにおいても、AIやIoTをはじめとする先進技術の活用を重要なミッションと定めました。

既存システムの老朽化や店舗における人手不足、食品ロスを軽減するための発注の精度向上などを目的にプロジェクトを立ち上げ、老朽化したデータウェアハウス(DWH)のクラウド移行と、AIによる予測に基づくWeb発注システムの構築に取り組んでいます。そのなかで同社が選んだクラウドサービスが「Microsoft Azure」です。オンプレミスのDWHからのスムーズなデータ移行、AI分析モデルの迅速な構築、冗長性の高いWeb発注システムの設計を実現し、データ活用を行うための環境を改善しました。

AIの活用を模索し、発注システムの構築とMicrosoft AzureへのDWH移行を決断

リンガーハットでは、2年ほど前からAIをはじめとしたテクノロジーの活用がミッションに掲げられており、 情報システムチームを中心に「AIで何を改善するのか」が検討されてきました。そこで解決すべき課題としてピックアップされたのが「発注業務の効率化」です。今回のプロジェクトでリーダーを務める株式会社リンガーハット 経営管理グループ 情報システムチーム 部長の是末 英一 氏はこう語ります。

「3年後、5年後を考えて導入すべきシステムやAIの活用方法をテーマに検討を進めていきました。そのなかで、各店舗でもっとも時間がかかっている『分析や報告』『発注』といった業務にAIを活用することで、店長やスタッフの負荷や発注の見誤りによる食品ロスを軽減できると考えました」(是末 氏)

店舗、すなわち“現場”の課題をプロジェクトに反映させるため、店長として業務に携わってきた村越 大夢 氏が情報システムチームに加わり、現場の意見が積極的に取り入れられていったと言います。

「店長の視点から見ても、適切な発注を行うことは非常に重要です。多く発注してしまうと食品ロスにつながり、逆に発注が少ないと在庫切れで他の店舗に借りに行くなど、業務が増えてしまいます。AIで売上予測ができれば、こうした問題を解決できるのではと考えました」(村越 氏)

  • Microsoft Azure導入事例_リンガーハット_001

これまでは店長の経験と勘に基づいた発注が基本で、発注方法も店舗や店長によって異なっていたと村越 氏。他の店舗に異動した際、以前の店長の発注方法になれたスタッフに自分のやり方を伝えるのに時間や手間がかかっていたと店長だった当時を振り返ります。リンガーハットでは、店長やベテランスタッフだけが発注を行う"属人化"も顕著になっており、データに基づき誰でも発注できるシステムが求められていました。そこで採用されたのが、AIによる売上予測に基づく発注システムの導入です。

AIを活用するにあたっては、データ分析に使うDWHも重要な役割を果たします。オンプレミスで運用していた既存のDWHがリプレース時期だったこともあり、今回のプロジェクトではDWHをクラウドへ移行させることを決定。そこで選択されたクラウドが「Microsoft Azure」でした。是末 氏は、その経緯を語ります。

「弊社ではクラウドが普及を始めたころから導入を検討してきており、すでに3年前からワークフロー系のシステムや店舗のサイネージ用のコントローラーのシステムにMicrosoft Azureを採用しています。基幹系システムに採用していたMicrosoft Dynamics NAVでマイクロソフトのサポートに満足していたことが、Microsoft Azureを選択した大きな要因と言えます。今回のプロジェクトでも、従来のDWHにMicrosoft SQL Serverを使っていたこともあり、スムーズにMicrosoft Azureの採用を決定しました」(是末 氏)

Azureの機能を効果的に利用し、スムーズな移行を実現

AIによる売上予測を活用したWeb発注システムの導入が決定し、それに伴うDWHのクラウド移行を進める中、2019年6月からはインフラ(DWH)と発注システムの構築に株式会社システムサポート、AIの分析システム構築にDATUM STUDIO株式会社が参加。同年10月のキックオフから本格的な導入が進められていきました。システムサポート 東京支社 クラウドコンサルティング事業部 シニアマネージャー 山口 正寛 氏は、Microsoft Azureの機能を活用することで、スムーズにDWHのクラウド移行が実現できたと話します。

「オンプレミスのDWHをMicrosoft Azureへと移行させるにあたり、基本的に既存のミドルウェアなどには変更を加えず、プログラムをそのままAzureで使える"リフト"を行いました。DWHのクラウド移行では、膨大なデータをクラウドにアップするのに苦労するケースが多いのですが、今回はAzure Data Boxを利用することでスムーズなデータ移行が行えました」(山口 氏)

今回のケースでは、リンガーハットのデータセンターとAzureをつなぐ専用線の帯域が十分でなく、数百GBのデータをどのように移行させるかが問題になりました。移行時のみ帯域を増やす方法も検討されましたが、コスト面を考えて、エッジ側にディスクを設置し、そこに格納したデータをAzureに転送するAzure Data Boxが採用され、リンガーハットの情報システムチームを中心に、既存のシステムベンダーとシステムサポートの連携もスムーズに行われ、短期間でのクラウド移行が実現したと言います。

また、Web発注システムの構築においても、Azureの採用は大きな意味がありました。全国の店舗で利用されるため可用性や冗長化が不可欠で、"止まらないシステム"を構築する必要があったと山口 氏。AzureのPaaS(App Service on Linux)を活用することで、冗長構成やバックアップの仕組みをAzure側で実装。システム構築の効率化や運用コストの削減を実現しました。

AI活用の鍵となる機械学習のモデル構築もAzureの機能を有効活用

今回のプロジェクトにおいて重要な要素となる「AIによる売上予測」では、機械学習のモデル構築が約2カ月という短期間で行われました。DATUM STUDIO CTO(Chief Technology Officer)の光田 健一 氏は、短期間でモデルを構築できた理由をこう話します。

「今回のプロジェクトでは、分析システムの環境を最初からAzure上に構築しました。Azure Machine Learning(Azure ML)を使うことで、ローカル環境と同じ感覚で利用でき、マシンスペックを気にしなくてよくなったのもポイントです。すべてクラウド上で作業できたことで、構築時間の短縮が実現したと感じています」(光田 氏)

機械学習モデルには、過去3年分のデータが使われました。目標となる精度や、どれだけ先までの予測を行うのかといった仕様を決め、構築作業が進められていきました。店舗数が多いことや、店舗の形態(テナント区分)により売上傾向が異なることに対し、同じくDATUM STUDIO データソリューション本部 データサイエンス部の吉田 裕介 氏は構築のポイントを振り返ります。

「例えばショッピングモール内の店舗とオフィス街の店舗では、売上傾向が大幅に異なります。様々な店舗形態があるので、いくつのモデルを構築すればよいのか悩みました。さらに『店舗の近辺でイベントがあった場合には売上が上がる』といった外れ値の考え方を決める必要もあり、店舗のデータや広告データなどもいただき、どう分析に活用するかを詰めていきました」(吉田 氏)

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こうして、リンガーハット・システムサポート・DATUM STUDIOの密接な連携により、Azureを使った「AIによる売上予測を活用できるWeb発注システム」が構築されました。2019年末より関西と千葉の店舗で実証実験が行われ、導入効果も確認できるようになってきています。また、今回構築したWeb発注システムは、現状「リンガーハット」ブランドの店舗のみに提供されますが、今後は「濵かつ」ブランドの店舗にも導入する予定です。

「まだ開始したばかりで具体的な効果はわからないのですが、ロジックに基づいた発注が実現しており、発注のブレは少なくなっています。初期設定さえしっかりとしておけば、新人スタッフでも発注作業が行えるようになるのもメリットです。発注にかかる時間はリンガーハットで毎日20~30分、肉の種類が多い濵かつでは1時間以上かかることもあります。今回のWeb発注システムを濵かつにも適用できれば、店長やスタッフは調理や接客に専念できるようになるはずです」(是末 氏)

データの分析・活用を軸にIT環境を整備、スタッフが調理・接客に専念できる環境を

リンガーハットが掲げる今後の展開としては、前述した濵かつ店舗への展開を含めたWeb発注システムのブラッシュアップと、分析モデルの精度が予定されています。具体的には、実際に使用したユーザーの要望に合わせたUIの改善や、ITを苦手とする店長でも問題なくWeb発注システムの初期設定を行えるようにするカスタマイズなどがあげられます。将来的には、誰もが分析を行える環境と、アルバイトを迅速に即戦力化するトレーニングシステムの構築も実現していきたいと是末 氏は語ります。

今回のプロジェクトで発注システムのインフラ基盤構築に携わったシステムサポート 東京支社 クラウドコンサルティング事業部 マネージャーの坂野 靖幸 氏は「今後、データが増加していくなかでインフラ面の最適化を進めていく必要があると思います」と語り、同じくインフラとデータベース周りを担当した古城 道崇 氏も「発注システムでは各店舗の意見をキャッチアップし、インフラ周りではクラウドのメリットをより活かした環境を構築できれば」と力を込めます。発注システムの実装を担当した山口 氏は「これから濵かつ店舗への導入を進めていきますが、発注の考え方から違いがあるので今回構築したシステムを参考に設計していきたいと考えています」と今後の展開を口にします。

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分析システムについては、精度の向上が大きな課題になります。DATUM STUDIOの光田氏は「今回は短い期間だったのでスコープ(範囲)を絞ってモデルを構築しましたが、今後は弊社のノウハウを活かした多様な分析システムを提供できればと思っています。現在は目標精度まであと一歩の状況なので、Azure MLの機能を活用して精度向上を実現してきたいです」と話します。同社 吉田 氏もAI分析における現状の課題と今後の展望を語ります。

「これまで各店舗の店長が経験と感覚で予測していたものを機械学習モデルで実現しましたが、100%予測できるわけではありません。現在はAIの分析に店長の判断を加えて調整している状況です。分析に使うデータの種類を増やしていくことで、人の経験に依存しないシステムにしていけるのでは、と思っています。そのためには、今回構築したDWHの最適化も必要になってくるはずです」(吉田 氏)

また、AIの分析により全店舗で適切な発注が行えるようになると、食品ロスの解決にもつながります。リンガーハットでは、契約栽培による国産野菜の使用に10年前から取り組んでおり、自社工場での生産も行っています。売上予測の精度が向上することで、発注の最適化や工場稼働の平準化を目指しています。

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    リンガーハットが取り組む国産野菜の使用10周年を告知するポスター

また、プロジェクトのリーダーである是末 氏は、今回の取り組みにより"データ活用"の重要性が全社に浸透することを期待しています。

「現場における経験や勘は確かに重要ですが、それに依存せず正しいロジックに基づいたデータ主導の理論を構築し、今後の戦略に活かしていければと考えています。これからもAzureの機能を活用して、お客様に直接関係のない業務はできるだけITに置き換え、店長やスタッフが調理と接客サービスに専念できる環境を構築していきたいと思います」(是末 氏)

店長経験のある村越 氏も、「現段階では各店舗それぞれの課題解消までは実現していませんが、今後は対応できるのでは」と手ごたえを口にします。最終的には在庫管理(棚卸し)までを含めて自動化を行い、人手不足の状況でも効率的に業務を進められる環境を構築するのが理想と語ります。

データの分析・活用を軸に、店舗業務の効率化から、働き手不足や食品ロスといった社会課題の解決までを目指すリンガーハットの取り組みは、外食産業以外の企業にとっても重要な指針となるはずです。

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