一部職員への先行導入から、生成AIの有用性を確信
千年を超える歴史の上に伝統と先進の文化が混淆して息づく京都。日本人の憧れの地であり、世界中から旅行客も押しかけるこの街の行政を担う京都市役所では、2024年から職員の事務効率化に生成AIを活用し始めた。ほかの自治体と同様、京都市においても業務効率化・生産性向上は大きな課題で、近年はICT活用に取り組んできたようだ。
まず、2022年に「京都市DX推進のための基本方針」を策定し、全庁でDXに取り組む指針を打ち出した。京都市といえば観光客向けのデジタル活用や、魅力発信・交流拠点創出を目的としたメタバース施策も展開していることから先進的なイメージもあるが、その一方で職員のICTスキルが思うように高まらないことを、デジタル化戦略推進室では懸念に感じていたという。
2022年末にChatGPTが公開され、世間では生成AIがセンセーションを巻き起こした。「2023年春頃には民間企業や自治体でも生成AIへの関心が高まり、京都市も活用検討をスタートさせました。2023年8月には30人規模、11月には500人規模で、ある事業者の生成AIサービスを試行導入し、実証実験を行いました」と京都市総合企画局 デジタル化戦略推進室 デジタル化推進課長の延原氏は振り返る。職員のICTスキルの遅れが背景にあったとはいえ、この時期に生成AIの実活用に着手したという点では、政令指定都市のなかでも先取りした取り組みといえるだろう。
8月の実証では、公募で集まった職員がデジタルツールについて学習・研究する「京都DXラボ」のメンバーに試用を依頼。2度目の11月では、市政の中枢を担う総合企画局、行財政局職員へと対象を広げ、アイデア考案や文章作成・校正、翻訳といった業務で検証を実施した。その結果、多様な業務で活用可能との結論を得たことに加え、試用した職員からも「普段30分かかっていた作業が5分で済んだ」「引き続き使いたい」といった声が多く出たことから、翌2024年度の本格導入に向けてプロジェクトが動き出した。
セキュリティの高さだけでなく、運用や利用のしやすさも選定の決め手に
2024年7月からソリューションを公募し、導入事業者を選考。全事業者にトライアル利用の提供を求めて実際に比較検討を行い、予算とも照らし合わせた結果、応募した11社から最終的に選定したのがサテライトAIであった。本格導入に際し、ソリューション選定や庁内展開に関する実務の責任者を務めた原氏が、決定に至ったポイントを語る。
「情報セキュリティは、2023年度に実施した検証時点からやはり大きな懸念でした。職員が入力したプロンプトの内容が生成AIの学習に使われないように制御されているか、そもそも入力した情報が流出しないようになっているか、といった観点に留意して検証を行いました。そこで安全性を確認できたことにより、本格導入にはずみがついたのです。公募においてもセキュリティ上の要件を大前提に、比較を進めました」(原氏)
また、セキュリティ面に加えて、RAG(検索拡張生成)の機能も重視したという。
「自治体業務での活用にあたって、検証で試行したアイデア考案や文章作成などの使い方のほかに、内部のマニュアルや規定をAIに学習させ、精度の高い回答を引き出すチャットボット作成のニーズも必ず出てくると考えていました。そこで、RAG機能の充実度や使いやすさにも重点を置いて選定を実施しました」(原氏)
運用のしやすさもポイントになったと、現場への周知・導入と利用促進、そしてシステム管理に携わる京都市総合企画局 デジタル化戦略室 中川氏が話す。
「サテライトAIは管理コンソールが比較的シンプルで使いやすく、職員の一括登録も容易で、管理者のことを考えた機能が充実していると、実際に触ってみて感じました」(中川氏)
こうした要素について評価した結果、サテライトAIの提案が総合的に優れていると判断し、8月中旬に導入が決定。1カ月半程度の準備期間を経て、9月末に市長部局の全常勤職員7000人強にアカウントを一斉付与し、本格導入がスタートする。
「本格導入にあたり、生成AIのことを知らない、あるいは聞いたことはあっても初めて使うという職員が多かったため、周知や職員教育に力を入れました。生成AIとはそもそもどういうもので、どういった使い方が適しており、こうした部分には注意しなければならない、といった点を職員向けガイドブックにまとめて配布しました」(原氏)
とりわけ、ハルシネーション(事実とは異なる回答を生成すること)対策として、生成AIの答えを鵜呑みにせず人の目でしっかりチェックすることや、著作権の侵害など、留意すべきことなどについては周知を徹底したという。
「ただ、それ以外のサテライトAIの導入自体には、特段の苦労は感じませんでした」と原氏。システム面を手掛けた中川氏も「7000人を超える職員の一括登録や設定、効率的な操作方法について、サテライトオフィスの担当者から随時適切なサポートを受けることができ、運用開始に向けて大きな苦労はありませんでした」と笑顔で振り返る。
この準備期間では、職員のログインを容易にしながらセキュリティも高めるシングルサインオンを採用したり、生成AIを初めて使う職員向けのテンプレートを用意したりといった工夫を、サテライトオフィス担当者や生成AI研究者のサポートを得ながら実施。そうした努力が実り、9月末の運用開始から2週間で約1000人の職員が、実際にサテライトAIで何らかのプロンプトを入力するという実績につながる。
5カ月で3割以上の職員が10万回も活用
サテライトAIは、一般的な生成AIの画面からチャットボットのように利用できる「AIボード」、RAG技術によりファイルの内容を要約して高精度の回答を得られる「AIドキュメント」をはじめ、議事録作成や社内チャットなど多種多様な機能で構成されている。このうち京都市ではAIボードとAIドキュメントの2つの機能を主に利用しているという。
「AIボードは、入力したプロンプトが生成AIの再学習に利用されないようなセキュリティ対策が当然施されていますし、入力をサポートするテンプレート機能があるため、生成AIに不慣れな職員でも安心です。ChatGPTやGoogle Geminiといった複数のLLM(大規模言語モデル)を用途に応じて切り替えられるのも便利ですね。また、AIドキュメントを用いて、職員が任意にアップロードしたPDFなどのファイルに基づいてAIが回答を生成する独自のチャットボットを作成しています。そのチャットボットをほかの職員にも共有できるのもメリットですね」(原氏)
実際の業務では、AIボードで文章作成・校正や翻訳、アイデア出し、調べ物、プログラミングなど多岐にわたる使い方がされている。AIドキュメントでも、部署が保有するマニュアルをRAGで学習させ、他部署向けのチャットボットを作成・展開しているという。
導入5カ月後の時点で利用者数は約2000人にまで広がり、AIボードとAIドキュメントを合わせて10万回を超える質問が生成AIに対し投げかけられているとのこと。「運用開始前に目安にしていた利用率が15%だったので、その数字を大きく超え、3割近くに届いている点では良いスタートになりましたし、当市のAI活用に向けて着実な第一歩を踏み出せたと考えています」と延原氏は評価している。
実証実験を行った部署にとどまらず、保健福祉、文化、産業振興、建設・都市計画など市長部局のあらゆる分野の全職員にアカウントを一斉付与した理由を、原氏はこう説明する。 「申請した職員にのみ使用を認める方法もありますが、それでは生成AIに興味を持つ職員しか使わないこともあり得て、普及させていくうえで致命的になると考えました。まずは誰もが自由に使える環境を整備し、日常業務の相棒としていろいろ試してもらいながら利活用を促進していくことが大切だと考え、全職員に付与しました」(原氏)
業務効率化と今後のAI活用に大きな手応え
同市ではサテライトAI以外にもデジタルツールを導入しており、ツール単体で業務効率化の具体的な効果をはかるのは難しいものの、参考になる数字はある。2024年12月に実施した職員アンケートでは、生成AIを定期的に利用している職員のうち95%以上から「今後もサテライトAIを利用したい」という回答を得たとのことで、デジタル化戦略推進室では手応えを感じている。そもそもの課題であったICTスキルの観点でも「生成AIは大きなインパクトがあり、デジタルリテラシーとスキル向上のきっかけになりました」と延原氏は話す。
また原氏は、より具体的な評価も教えてくれた。
「AIドキュメントで、AIが生成した回答に加えて、その回答の情報源を表示する機能を高く評価する声がありました。生成AIはやはりハルシネーションが課題となるので、この機能はサテライトAI独自のものとしてとても便利ですし、生成AIを安心して使える根拠にもなっています」(原氏)
サテライトオフィスのサポートについても、現場を担当する中川氏が改めて評価する。
「サポートの動きがとても早く、機能改善要望にも迅速かつ真摯に対応してくれています。導入後も新たな言語モデルへの対応や、生成AI市場の最新情勢を捉えて情報収集する機能をはじめ新サービスを素早く提供してくれるので、利便性の観点から高く評価しています」(中川氏)
一方で、“7000分の2000”という現状の利用者数は満足できる数字ではあるものの、今後はその数をさらに増やしていくことが課題であると原氏。「まだ生成AIの利用をためらう部署や職員も多いです。せっかく導入したのですから、まだ使っていない部署や職員にも積極的に活用してもらって、業務をより効率化できるよう、研修や周知に力を入れていきたいと考えています」と意欲的だ。
最後に延原氏は、自治体・企業で生成AIサービスを活用する際のポイントについて次のようなアドバイスを送った。
「実際に普及させ、活用を促進するには、教育・研修がきわめて重要になります。またサービス選定にあたっては、基本的な性能や機能の使い勝手、セキュリティ性の高さはもちろんですが、一部の部署で試行的に導入するなど、そのサービスが自組織のニーズに合致するのかどうか、十分に検証することをおすすめしたいですね」(延原氏)