東洋大学陸上競技部で長距離部門監督を務める酒井俊幸氏。2009年の監督就任以来、箱根駅伝優勝3回、準優勝5回、3位2回と常に3位以内に入る好成績を記録し、東洋大学を”強豪チーム”たらしめた名監督である。
そんな酒井氏が3月28日、第112回 IT Search+スペシャルセミナーに登壇。いかにして強豪チームを実現したのか、チームマネジメントの観点から語った。
走り方以前に大切なこと
冒頭、酒井氏はまず箱根駅伝についての説明から話を始めた。
箱根駅伝は正式名称を「東京箱根間往復大学駅伝競走」と言う。毎年1月2日、3日に開催され、大手町と芦ノ湖の216kmを10人の選手でつないでゴールを目指す陸上競技だ。参加するのは関東の大学20校と関東学生連合チームを加えた21チーム。関東学生陸上競技連盟主催なので当然、参加校は関東の大学に限られるわけだが、全国的に人気を誇るためか、しばしば「なぜ全国大会をやらないのか」という声が寄せられるという。
エントリーできる選手は16人で、12月10日以降は入れ替えが不可となる。これはかなり厳しい条件だ。急な病気やけがの可能性は払拭できないだけでなく、「人間の体は崩れやすく戻りにくい」(酒井氏)ものであり、風邪で1日休んだだけで20km走れなくなってしまうこともあるからだ。
そうしたなかで酒井氏が常に意識しているのは「人間の体はサイエンス」だということ。例えば、走っている途中で何をどのタイミングで補給するかが重要なのはもちろん、向かい風などによる体温低下にどう対処するかといった策も講じておかなければならない。監督として正しいジャッジが求められる場面も多々あり、チーム全体での取り組み方が問われるのが箱根駅伝なのだ。
そのため、「優秀な選手だけを集めても強いチームになるわけではなく、チームマネジメントが不可欠」なのだと酒井氏は語る。
では酒井氏はそんな”強豪チーム”である東洋大学陸上競技部をどのようにつくり上げていったのか。
酒井氏が実践する「東洋大学の流儀」は以下の4つだ。
- チームスローガンをつくる
- チームカラーをつくる
- チームの走りをつくる
- チームの文化をつくる
東洋大学のチームスローガンである「その一秒をけずりだせ」は2011年に生まれたもので、”その”という部分に強い思いが込められているという。
「当時は原発問題もあり、走れることが当たり前じゃないと気付かされました。スローガンの”その”が指すのは人だったり場面だったり、『こうなりたい』という思いや悔しい思い、競技を始めたときの思いなどさまざまなものです」
走ることへの思いを再確認する上で鍵を握るのがチームスローガンなら、自分たちの強みを再確認するための鍵を握るのがチームカラーだ。カラーと言っても、決して選手をチームの色に染めるためのものではないと酒井氏は強調する。
「東洋大学の走りとは何か。なぜ走るのか。どんな走りを目指すのか。学生と対話をして考えさせます。ただ走らされるだけでは力になりません。文化をつくり、自分たちも文化をつくる一員だと自覚させることで選手は変わります。その積み重ねがチームカラーであり、伝統です。走り方の前に、そのことを伝えています」