2005年にスティーブ・ジョブズ氏がスタンフォード大学の卒業式で名スピーチを行ってから、マーク・ザッカーバーグ氏やDropboxのドリュー・ヒューストン氏、Khan Academyのサルマン・カーン氏といったIT産業の若いリーダー達が大学の卒業式スピーチに招待されるようになった。Web世代以降の卒業生達にとって、シリコンバレー企業のリーダーは人生を歩む上での教訓やインスピレーションを与える存在だった。

今日の大学の卒業生なら、AppleのCEOを聞かれた際、ジョブズ氏ではなくティム・クック氏を思い浮かべるだろう。シリコンバレー企業のリーダーに対する卒業生たちの視点も、ミレニアル世代とは異なる。COVID-19の危機を経験した前例のない時代に、大学に通ったZ世代の卒業生たちのガイド役にふさわしいスピーカーは誰か? 対面式の卒業式が再び可能になった今年、マサチューセッツ工科大学(MIT)はDIY系の人気YouTuberマーク・ローバー氏を招待した。

  • 米国の大学の卒業式では、大学で学んだ知識とスキルをどのように生かして社会に貢献するか、卒業生を励まし、インスピレーションを与えるスピーチがセレモニーの重要な要素になる

ローバー氏は、NASAで火星探査機ローバー「Curiosity」のデザインに携わり、Appleのスペシャルプロジェクト・チームに参加するなど、エンジニアとして輝かしいキャリアを積み上げていたが、MythBustersにインスパイアされてYouTuberに転身した。

登壇したローバー氏は、YouTuberになったことについて「NBAを辞めてFoot Locker(スニーカーストア)で働き始めたと思われただろう」と語り始め、そして卒業生たちに人生に関する3つのアドバイスを贈った。

1つは「素朴に楽観主義を受け入れること」。大学に入学した時、待ち受ける困難を知らず、楽観的に大学生活を思い描いていたはず。もし入学時に全てを理解していたら警戒して、最初の一歩すら踏み出せなかったかもしれない。良い意味で素朴であれば、未来に対する楽観的な視点を容易に持てる。それは人生の重要な決断を下す際の助けとなり得る。「"結果を知ってから決めたい"と思っても、本当の結果はわからないものです」と述べた。

2つ目のアドバイスは、「失敗をポジティブにとらえて学びとること」。彼はこの考え方を、ビデオゲームで失敗してもあきらめずにそのレベルを克服する経験にたとえた。ゲームはゲームオーバーになっても終わりではなく、失敗から学び、やり直しながら上達してクリアできなかったステージを攻略する。「人生は岩が点在する大きな川を渡ろうとするようなものです」と述べた。

渡り切る上で濡れることは避けられないし、ある岩に飛び移れずに引き返すこともある。川に落ちてやり直すことも。それはゲームと同様、「バグではなく、組み込まれたフィーチャーなのです」と指摘した。ゲームなら失敗を深刻に考えすぎず、積極的に試して学びながら攻略するだろう。「失敗を枠組みに入れること(frame failure:失敗を正しく捉える)」が大切だとアドバイスした。

3つ目のアドバイスは、友人、家族、同僚との関係を育むこと、そして人の良さを信じること。「高速道路で誰かに割り込まれたとしても、必ずしもあなたを狙っていたわけではないことを思い出してください。もしかしたらお腹の具合が悪くて急いでいただけかもしれません」と笑わせた。そして「人間関係には確証バイアスを積極的に適用すべき」と勧めた。友人や家族に善意があると仮定し、彼らがいてくれて幸運だと自分に言い聞かせることで、脳はそれを裏付ける証拠を見つけようと自然に働く。人は協力的な生き物であり、良好な人間関係が個人の成長の大きな源になる。

最後にワンモアシングとして、「時折、遊び心のあるアナーキーな行動をとること」を挙げた。「帽子を空中に投げることは誰にでもできます。どこの卒業式でも見られる光景です。でも、それを実際に飛べるようにした人はほとんどいません」と、DIY系YouTuberらしくドローンを使ってキャップを空に飛行させ、卒業生からスタンディングオベーションを浴びた。

ただ文字にするだけでは伝わりにくいと思うが、ローバー氏のスピーチは音楽とサウンドで話のポイントを盛り上げ、聴衆(Z世代の卒業生)の興味をひく比喩やジョークを散りばめ、偉ぶらない語り口で、まるで彼のYouTubeビデオを見ているかのようなスピーチだった。

ミレニアルズやZ世代は目的意識や問題意識が高いと言われている。しかし、COVID-19禍と景気減速期の影響を受けるZ世代は安定志向が強く、失敗を恐れる傾向が強いとも言われている。SemrushがCNBCに提供したデータによると、2021年1月から2023年3月のインターンシップ先で最も人気があったのは「アカウンタント(会計士)」。「エンジニア」は5位だった。

北アリゾナ大学(NAU)の卒業式で、ビル・ゲイツ氏が「卒業式で聞きたかったが、聞けなかった5つのこと」というスピーチを行った。同氏のZ世代の卒業生へのメッセージは以下の5つだった。

  • あなたの人生は一幕劇ではない(何度でも決断できる)
  • 混乱するほど賢いことはない
  • 問題を解決する仕事に挑め
  • 友情の力を過小評価するな
  • 自分に甘くても、怠け者ではない(仕事と人生のバランスを保て)

多くのアドバイスがローバー氏とアドバイスと重なる。ゲイツ氏は自分の世代の価値観を押し付けるのではなく、時代に合わせて価値観をアップデートし、その上で卒業生にアドバイスしている。内容は現役バリバリの起業家のスピーチのようであり、ゲイツ氏の若さと柔軟性に驚かされた。しかし、メッセージを受け取るZ世代へのデリバリー(伝える技術)という点では、さすがに現役YouTuberのテクニックとZ世代の共感を得る同時代性に軍配が上がる。

  • 北アリゾナ大学の卒業式で理系学部の卒業生にスピーチするビル・ゲイツ氏