しばらく前からTikTokなどで「quiet quitting」が話題になっている。quitの意味は「やめる、終わらせる」。この場合は会社を辞めることだが、「静かに辞める」はある日突然、黙って辞めてしまうことではない。"quitting"とはいっても、実際に仕事を辞めるのではなく、自分に与えられた仕事だけをこなすことを指す。

余計な仕事はせず、残業もしない。自分の生活が仕事の犠牲にならないように仕事を続ける。仕事やキャリア、会社の成長ためにがんばって働くという価値観からすると辞めているような仕事ぶりだから"quiet quitting"だ。

同じquiet quittingでも、燃え尽き症候群から懸命に働く気を失ってquiet quitする人がいれば、就いた仕事が合わずに生計のためにただ働いているという人もいる。他にもハッスルカルチャーを否定している人、またはワークライフバランスの新たなアプローチなど様々だ。共通するのは「仕事でそれ以上のことをする」という考えをやめていること。

最初は若い層の間で使われるトレンドワードだったが、すぐに幅広い年齢層で話題になり始めた。昨年、米国では人手不足と賃金の急上昇を背景に、労働者が次々に職を変える「Great resignation」(大量離職)が大きなトレンドになった。Quiet quittingはそれに続く、COVID-19以降の働き方の変化として注目を集め、「Quiet Quittingは誰のためにあるのか?」(New York Times)、「”Quiet quitteing"が"大量離職"の次のフェーズになった理由」(CNBC)、「"静かに辞める"に続いて"静かに追い出す"が到来」(Washington Post)など、最近大手メディアでquiet quittingを取り上げる記事が続いている。

必要以上にがんばらない働き方自体は以前からあったが、今Quiet quittingがトレンド化している理由として主に3つが指摘されている。

1つはCOVID-19による在宅ワークの影響。オフィスに比べて在宅ワークでは同僚との関わりを通じた活力を得にくい。メンターとなる先輩社員との関係は弱く、企業文化に触発されにくい。そこにGreat Resignationによるジョブホッピング(転職)が加わり、さらに同僚やチームとのつながりを感じにくくなっている。

第2にデジタルトランスフォーメーションの影響だ。COVID-19感染拡大から記録的な速さでリモートワークが定着したが、同時に家庭とオフィス、プライベートと仕事の時間の境界が曖昧になった。うまくコントロールしないと24時間365日、いつでも仕事のメッセージが飛び込んできて、油断するといつの間にか仕事の比重が大きくなってしまう。また、オンラインでつながって仕事を頼みやすい環境では、(面倒な)仕事が一部の人に集中するホットポテト効果が生じやすく、それが"燃え尽き"につながってしまう。

そして今年に入ってからの経済状況だ。インフレ、景気後退、その他の社会的・経済的なマクロトレンドから企業はコスト削減と効率化を余儀なくされ、労働者の負担が重くなりやすい状況からハッスルカルチャーを嫌う傾向が強まっている。

  • 「quiet quitting(静かに辞める)」の受け止め方は良くも悪くも様々、解釈も様々

本格的なリセッション入りを前に、会社も労働者も働き方の効率化を進めなければならない現実に直面している。今後コスト削減圧力を強める会社はさらに増えるだろう。そうした中で、これから日本でもquiet quittingが話題になるかもしれないが、それは良いことも、悪いことも引き起こす可能性がある。

Quiet quittingに対する印象は、受け取る側の年齢、職種、職場での立場、働き方に対する考え方で異なる。ワークライフバランスを取り戻そうとする取り組みだと捉えたら、quiet quittingは前向きな変化といえる。しかし、quiet quittingという言葉そのものは後ろ向きだ。

言葉には意味と力があり、Quit(辞める)という言葉自体には「勤務時間内に良い仕事をする」というニュアンスはなく、「あきらめる」という意味しか伝わってこない。注意すべきは、TikTokやInstagram、Twitterなどで広がっていること。そうしたショートコンテンツのソーシャルメディアでは、表面的な印象だけが伝わりやすく、ただ簡単にあきらめる"あきらめ"文化を構築しかねない。それでは発展的なソリューションになり得ない。

効果的な効率化とは、従業員の働き方を見直し、よりスマートな方法で行うこと。言い換えると、持続可能なペースで生産的に仕事を継続していく方法を見いだすことである。

ソフトウェア産業には、エクストリーム・プログラミング(XP)・プロジェクトという素晴らしい成功例がある。1990年代前半のIT・ソフトウェアの成長は、多くの開発者の残業と過労に支えられていた。それでも「80%のプロジェクトは達成できていない」と言われる悪循環に陥っていた。そうした中、他の産業にも目を向けて効率化のベストプラクティスを吸収し、それをソフトウェア構築に取り入れる技術者が現れた。1996年にXPプロジェクトが始まり、アジャイル革命の幕が開けた。

XPプロジェクトでは「週40時間以上仕事をしてはいけない」を前提に、持続可能なペースでこなせる小さな成功を積み重ね、時間内に終わらないタスクはできるものに集中し、それ以外は後回しにする。漸進的にソフトウェアを成長させながら、大規模なシステム構築も可能にした。その生産性と成果を重視した新たなアプローチによって、開発者は週40時間労働でそれまで深夜まで働いて燃え尽きていたよりも多くの仕事をこなし、達成感とともにチームメンバーとの仲間意識を深めた。同プロジェクトは2000年代初頭から本格的に普及し、かんばんやスクラムの先駆けとして、ソフトウェア開発に変革と呼べるような変化をもたらした。

Quiet quittingが注目される今の状況が、働くのをただ拒否する文化で終わることなく、次の成長期の基盤となるワークライフバランスの実現につながることを期待したい。