Intel、AMD、NVIDIAなどの半導体ロジック大手に先駆けて、TSMCが第1四半期(1-3月期)の決算を発表した。市況の悪化を反映して売り上げが大きく減速した。通期は減収の予想も出していて、さすがのTSMCも市況全体の悪化を象徴するような結果になった。この発表を受け、業界はいろいろな反応を示している。今や世界の先端ロジック半導体製造を一手に引き受けるTSMCは“孤高のリーダー”という存在になっている。かつて、“孤高”という枕詞はIntelが担っていたが、もはやIntelには最先端ロジック半導体市場を代表する影響力はない。Apple、AMD、 NVIDIA、 Qualcommといった主要な電子機器分野でのチャンピオンブランドが設計した半導体の製造を任されたTSMCの動向には多くの業界人が注目している。

1.足元の市況悪化にも関わらず果敢な投資を計画するTSMC

TSMCの第1四半期(1-3月期)の売上高は約2兆2400億円で、純利益は前年同期比2.1%増という結果で終わった。2023年通期の推移についてのかなり慎重な予測が、半導体市場全体の市況がかなり悪化したことを市場関係者に印象づけた。昨年末に赤字転落を発表したIntelに続いて、メモリー市場の壊滅的悪化を受けて営業利益が96%減という衝撃的な決算発表をしたSamsungに次ぎ、注目された今回の決算発表であるが、さすがのTSMCもエンド製品市場の急激な減速には抗うことができなかった、というのが実情である。PCやスマートフォンのエンド市場はこの2年で大きく落ち込んだが、EV化が進む自動車向けの市場だけは増収となった。

こうした足元の市況の激変に対して、設備投資をどうするかが今後注目される。TSMCは今年の1月に年間4兆8000億円にも上る巨額の設備投資計画を発表したが、この設備投資のタイミングが今後修正されるのかどうかを業界関係者が固唾をのんで注目する。

2.ChatGPT用のAI半導体を自社開発したMicrosoftとその生産を請け負うTSMC

最近の海外メディアに興味深い記事が出た。ChatGPTの発表で一躍AI業界の話題をさらったMicrosoftが自社開発の機械学習用のAIプロセッサーを開発したという話だ。

Microsoftは過去には自社のPC製品Surface用にCPUを開発した経緯はあるが、ここ数年“Athena”というコードネームで呼ばれたAIプロセッサーの開発も粛々と進めていたという。

この大規模言語モデルをサポートする機械学習用の専用プロセッサーの開発をすでに終え、ChatGPTサポートのためにMicrosoftとOpenAIの技術者が社内での使用を開始しているという。かなりのレベルの集積度を持つと思われるこのプロセッサーの詳細は明らかになっていないが、生産はTSMCの5nmプロセスで行われるという。A100/H100を中心とするNVIDIAの汎用AIプロセッサープラットフォームは急成長するこの市場を独占するポジションにあり、非常に高額である。

  • TSMCの5nmプロセスウェハ

    TSMCの5nmプロセスウェハ

ChatGPTの発表で生成型AI市場で頭一つ抜け出したMicrosoftとしては、NVIDIAの高額な汎用プロセッサーを大量に使い続けるわけにはいかないということだろう。かねてよりAI用のTPU(Tensor Processor Unit)として自社開発を手掛けてきたGoogleの専用プロセッサーもすでに4世代目となる。これも今年中に後継機種が発表される予定で、こちらはやはりTSMCの4nmプロセスを使用すると目されている。

TSMCが保有する最先端の3nmプロセスにはAppleが公式に名乗りを上げているが、その後AMDやNVIDIAも追従するとみられている。TSMCの決算発表後に証券アナリスト達による多くの分析記事が掲載されたが、その中にTSMCのビジネスの内容について具体的な数字を明らかにした興味深いものがあった。TSMCの売り上げのアプリケーション別の比率である。この記事によるとTSMCの事業分野で最も比率が高いのはHPC(High Performance Computing)の分野で、その売上比率は全体の44%に達する。これにはAMDやNVIDIAなどの汎用CPU/GPU製品が大きな割合を占めると考えられるが、その他にも上掲のMicrosoft、GoogleやAmazonのGravitonなどのAI用プロセッサーが相当数含まれているものと考えられる。TSMCがエンド市場に及ぼす影響は非常に大きい。

  • TSMCの5nmプロセス採用顧客のチップの一例

    TSMCの5nmプロセス採用顧客のチップの一例。HPC分野の多くの顧客が5nmに限らず、TSMCの最先端プロセスを採用して半導体チップを製造している

3.長期的視野に立って計画される半導体の開発/設備投資

5兆円近い今年の設備投資計画がそのまま実行されても、その成果は少なくとも3年後にならないと得られない。巨大な装置産業となった半導体業界で常にリーダーのポジションを維持する為には、周到な分析による綿密な計画と大きなリスクを抱えることをいとわない大胆な経営判断が必須条件となる。TSMCを取り巻く環境は以下のように多種多様な分野にわたって抜き差しならない状況になっている。

  • PC/スマートフォンと、大規模なデータを高速に処理するHPCサーバーの要件は日々の技術革新により刻々と変化し、そのプラットフォームのオーナーもまさに下克上の移り変わりを見せる。
  • 微細加工のみならず、先進パッケージ技術は加速的に進化する。これらの技術革新を競争力のあるコストで大量生産する製造技術を常に準備しなければならない。
  • 米中の技術覇権競争と各国による世界経済のブロック化は、以前には当たり前だったグローバル・サプライチェーンを分断している。
  • 米中対立の狭間で揺れる台湾という地理的要因は、将来のビジネスの在り方を大きく左右する重要事項である。

これだけの変動要因をすべて勘案して巨額投資の決定をするTSMCの経営チームの覚悟たるや、推して測るべしである。まさに“孤高のリーダー”TSMCの今後が益々注目される。