冷たい小雨が降りしきる週末、快進撃を続けるChatGPTの話題をテーマに編集部に送る記事を書きながら、ふとメールをチェックすると編集部からメッセージが入っていた。週末にメールをもらうのは珍しいので、何だろうと開けてみたら「ゴードン・ムーア氏が亡くなった」という訃報だった。これでIntel創業者3人の半導体業界レジェンド達は全てが他界したことになる。

94歳の生涯を閉じたゴードン・ムーアの訃報を聞いて、月並みな言い方だが「時代の終わり」を感じた。半導体業界人だけでなく、一般人でも一度は聞いたことがあるであろう「ムーアの法則」であまりにも有名なゴードン・ムーアはその生涯を半導体の技術発展に捧げた本当の意味での業界レジェンドである。

  • カリフォルニアのIntel本社に併設されるIntel博物館に飾られたIntel創業者3人の写真

    カリフォルニアのIntel本社に併設されるIntel博物館に飾られたIntel創業者3人の写真。中央がゴードン・ムーア

カリフォルニアの大学で化学博士号を取ったムーアは、ノーベル賞受賞者William Shockleyが開設したShockley研究所に職を得て半導体と出会う。その後ボブ・ノイス(ロバート・ノイス)とともにFairchild Semiconductor社を創業、現在の半導体技術の基となる多くの技術を開発した。その後、再度ノイスとともにIntelを創業し、アンディー・グローブを迎えIntelを世界最大の半導体企業に育て上げた。Fairchild社からはIntelだけでなく、AMDを含め現在も活躍している多くの米国の半導体企業が輩出された。シリコンバレー半導体企業の源流とも言われる中心的企業である。

  • 半導体学校と言われたFairchild Semiconductorから産まれた企業

    半導体学校と言われたFairchild Semiconductorから産まれた企業 (著者作成)

ムーアは半導体業界黎明期に雑誌に投稿した記事から、発展して語られるようになった「ムーアの法則」で業界の誰もが知る人物となったが、「ムーアの法則」は実は物理法則でもなければ、証明された数学の定理でもない。Fairchild社で半導体の開発に明け暮れたゴードン・ムーアが微細加工の技術開発での経験則に基づいて将来的なロードマップを引いたものが、50年後の今日でもほぼそのまま継続されているという驚異的な事実があるのみである。

生前のあるインタビューでムーアは、「ムーアの法則はどうやって予見したのですか?」という問いに「あれは法則ではなくて私が経験に基づいて単に将来図を示したものだが、それを現実化した半導体エンジニアの仕事こそ評価されるべきものだ」と言っていた。生粋の技術者であったムーアらしいコメントだなという印象を持った。また、「予見できなかったものは何ですか?」、という問いに「現在のようにインターネットで誰もが携帯電話でつながる状況は全く想像だにしなかった」とあっさり答えるムーアのはにかんだ表情は実直で誠実な人柄を表していた。私自身、SIA(米国半導体協会)の会合で1-2度は実際に見かけたことがあると記憶しているが、その物静かな佇まい以外はっきりした印象が残っていない。 「マイクロプロセッサーの父」と言われるボブ・ノイスと並んで、現在のIntelのポジションを打ち立てたムーアは、創業したIntelだけでなく、半導体業界自体を創造した真のレジェンドであった。

追悼記事を読んでみると、ムーアは2000年にIntelを引退した後、妻のベティーとともにMoore&Betty財団を創立し、環境問題に深く関心を持ち、将来を牽引する若い科学者の育成に精力的に関わったという。データセンターの高性能半導体による電力消費が環境上の問題となり、それを解決する技術開発に業界を挙げて取り組む現状を目の当たりにして、最後までエンジニアの味方であったゴードン・ムーアは日々繰り返される開発現場の成功と失敗を雲の上で温かく見守っている。