日本のメディアは先週ようやく正式発表されたTSMCによる熊本での新工場建設のニュースで大いに賑わった。長い間、日本半導体ブランドの工場閉鎖・外資による買収などのニュースしかなかった日本の半導体業界にとって、TSMCの日本進出は大いに歓迎すべきことである。

“シリコンファウンドリ”、“最先端プロセス”、“XX ナノメーター”、などの業界用語を普段聞きなれない一般の人々にも、テレビのニュースで政治家がTSMCのブランドとともに、これらの業界用語をぎこちなく連呼するのを聞けば、日頃めったに目にすることがない半導体が社会インフラにおける重要な役割を担っていることを身近に感じられるイベントとなったのではないだろうか。しかし熊本での新工場建設は、TSMCが推し進める製造キャパシティ増強の世界戦略の中の一連のイベントの1つに過ぎない。

  • TSMC

    TSMCのFab2 (出所:TSMC)

世界の製造キャパシティを増強しIntelを一気に突き放す構えのTSMC

最先端EUV露光技術の取り込みをいち早く実現したTSMCによる最先端プロセスでの量産化はとどまるところを見せない勢いである。2022年、新ファブで3nmプロセス(N3)の量産を開始する計画のほか、熊本を含む、地元台湾の新竹や高雄における新ファブ建設の計画が続々と明るみとなるTSMCが意識しているのは、好調なメモリービジネスで勢いのあるファウンドリ第2位のSamsungと、IDM2.0を掲げてファウンドリビジネスで存在感を増そうとしているIntelである。

ロジック半導体のファブレス化が加速した現在、多くの企業から製造を一手に引き受けるファウンドリビジネスでのTSMCの存在は、すでにシェア60%を超える圧倒的なものとなっている。巨額な設備投資が必要とされる半導体新工場の建設を各社が加速している背景には、経済全体に大きな影響を与えている世界的な半導体の供給不足と、それを経済安全保障上の大きな脅威ととらえる米国、EU、日本、インドといった各国政府が争うように提示している補助金がある。

ファウンドリ各社には、補助金の条件と各国の工場サイトの自然条件、水や電気の安定供給、工場運営に必要不可欠な高度な人材、顧客の規模、各分野でのサプライチェーンコストといった多くのパラメーターを比較したうえで、どのサイトに将来どのようなキャパシティを配置したらいいかを迅速に決定するという戦略的判断が求められている。こうした各社のせめぎあいの中で、地政学上のリスクへの警鐘、自国優先主義といった観点で政治的な動きを見せるIntelのCEO、Pat Gelsingerと、あくまでもサプライチェーンやコストといった実務上の考慮を最優先に考えるTSMCの創業者Morris Changの舌戦については前回のコラムでご紹介したとおり、両社ははっきりとしたコントラストを見せる。

台湾での新工場建設計画を報道されたSUMCO

そのChangのいつになく積極的な公的発言を裏付けるような大きな報道が最近あった。内容はシリコンウェハ業界で第2位につけるSUMCOが台湾での新工場を建設するのではないかというものである(ただし、同社が公式に発表したものではないことに注意する必要がある)。ともすればコモディティービジネスの代表格として語られるシリコンウェハ業界には、全体的にキャパシティの増強については非常に慎重な文化がある。過去に何度も経験したシリコンサイクルの浮沈の影響をもろに受け、単価急落と、設備投資の減価償却圧力という苦しみを味わったこの業界は、これまで既存工場への追加投資と生産効率化の推進で、急増する需要に何とか応えてきたが、TSMCやIntelなどの巨大ユーザーの前代未聞の新ファブ建設の推進の動きに対応せざるを得なくなったというのが実情であろう。

  • シリコンインゴット

    300mmウェハの素となるシリコンインゴット

報道では、SUMCOは約1100億円を投じて台湾にて新工場を建設をするとされているが、そのほか、確定事項として既存工場での生産能力増強をはかるために、総額2000億円以上の投資を公表している。シリコンウェハ業界では近年まれな思い切った投資案件である。業界2位のSUMCOが一気に勝負に出た印象だ。業界第1位の信越半導体もこうした計画を持っている様相で、今や業界全体の生産能力の急峻な底上げは俄かに現実的なものとなった。

私自身は、AMDの後、シリコンウェハでのビジネスを経験したが、ウェハビジネスは実際に経験してみるコモディティーどころか、究極のカスタムビジネスであることを痛いほど味わった。とりわけ、シリコンファウンドリというカスタムビジネスに君臨するTSMCは要求度が非常に高い難しいカスタマーとして知られている。

このTSMCのおひざ元である台湾での新工場建設によって、SUMCOのサポート能力は大きく増強されることが明らかとなり、最近ファウンドリビジネスにおけるサプライチェーンの重要性を、公的な場で訴えたChangの温和だが眼光鋭い顔に笑顔が浮かぶ様子を想像してしまった。ウェハビジネスに勤務した時に、私自身はTSMCの担当になったことはないが、担当の台湾チームのTSMCへのサポートについては想像をはるかに超えた厳しさがあった。各国の営業責任者が、市場状況や各顧客の新規プロジェクトでの要求についての情報をシェアする営業報告的なフォーラムに参加した際、TSMCチームの営業報告には製品仕様、使用量、スケジュールなどの欄がすべて空白であった事をよく覚えている。10nm未満の最先端プロセスを駆使したデバイスを大量に必要とするApple、AMD、NVIDIAなどの大手顧客を抱えるTSMCへ、多種多様なカスタム仕様のウェハを高品質で大量に供給するSUMCOのサポートチームのサポートレベルは今後一層高くなる様相である。

  • Morris Chang

    TSMC現役時代のMorris Chang (著者所蔵資料から抜粋)

多くの競合がひしめく最先端ロジックビジネス、王者Intelの復活なるか

10月末に発表されたIntelの第3四半期の業績は、屋台骨のサーバー/パソコンCPU市場で相変わらず苦戦するIntelの現状を如実に露呈する結果となった。

特に私が注目したのはパソコンCPUビジネスで減収減益であったことだ。サーバー市場では、AMDのEPYCにシェアを奪われていることは明らかであったが、全体の需要が急増する中、増収をかろうじて保った。しかし、需要増がひと段落したパソコンCPU市場で減収減益となった背景には、今までのIntelの高収益性を支えたx86 CPU市場でAMDにシェアを奪われていることと、パソコン市場におけるx86 CPU市場自体がAppleのMacを筆頭にGoogleのChromebookなど、ArmベースのCPUに置き換わっているという厳しい現実がある。x86市場をIntelと2分するAMDは先週“AMD Accelerated Data Center Premier”と題するカンファレンスで将来製品について発表した。あくまでもハイエンドにこだわるAMDのCEO、Lisa Suは現在のAMD優位のポジションを容易に明け渡す気配はない。

こうした状況で、Gelsinger率いる新生IntelにはIDM2.0を推進する理由が充分にある。しかし、IDM2.0の推進には必須条件であるEUV露光技術を量産ラインに取り込んだ最先端プロセス技術確立の分野ではTSMCに大きく後れを取っている。Intelにとってのもう1つの大きなチャレンジはIDM2.0の顧客獲得である。新規顧客獲得には先端プロセス技術の確立と製造キャパシティの急峻な増強が交換条件であり、両分野での急スピードな追い上げが必須であるが第3四半期の発表では大きな進展が見られなかった。かつてIntelで初のCTOとなったGelsingerの復帰からもうすぐ一年になる。今後のIntelにとってこれからの一年は大変に重要なものとなる。