AMDとIntelの2021年第3四半期の決算が出揃った。今年の始めからPat Gelsingerが新CEOとしてIntelに復帰してもう10か月以上が経った。時がたつのは本当に早いものである。
GelsingerはCEOに就任するなり、それまでの躓きを挽回するための大胆な方策を次々と発表した。ファウンドリビジネスへの本格参入(IDM2.0)や、FinFETトランジスタの採用で10nm以下の性能を実現するという“Intel7”の発表などを始め矢継ぎ早に将来計画を発表している。
浮き沈みの激しいシリコンバレー企業での新CEOに与えられた「試用期間」は通常一年と言われる。装置産業である半導体で、新たに打ち出した新方針のすべてで実績を挙げることは不可能であるが、厳しい株主たちの期待とその評価は目先のビジネスにある。目下のGelsingerの最大の使命は、宿敵AMDに奪われたCPU市場でのシェアを奪回することである。
Gelsingerは、Intelに復帰する前にある雑誌のインタビューで、Intelでの30年を振り返り3つの大きな達成実績として、(1)80486プロセッサの開発、(2)IntelのCTO職への就任、(3)2003年にOpteronにてIntelからサーバシェアを奪ったAMDから再びシェアを奪い返したこと、を挙げている。そのGelsingerがAMDにシェアを奪われ続けるIntelに12年ぶりに復帰してすでに10か月が経った。しかし今回の第3四半期の決算発表は依然としてIntelが厳しい現状にあることをあぶりだした。
両社の2021年第3四半期決算を比較
この2週間に発表された両社の決算を眺めていて明らかなのは、全製品を通して売り上げを伸ばし驀進モードで突っ走るAMDと、製品デザインとプロセス技術の両方で遅れを取ったIntelが依然として足踏みしている状態である。
以下に掲げるのは、今回の両社の決算発表の大まかな前年同期比の数字と、両社がリリースで述べているハイライトである。AMDが50%を上回る驚異的な売上増を記録したのに対し、Intelは明らかに低迷している。世界で急増する半導体需要を受けて半導体市場全体が二桁台で成長する中において、このAMDとIntelの決算発表は大きなコントラストと映る。
AMDのハイライト
- クライアントPC、サーバ用CPU、グラフィクス、ゲームコンソールビジネス、すべての製品領域で売り上げが上昇
- 粗利益が48%に到達。これは主に高付加価値のサーバCPUである“EPYC”のシェア拡大と、クライアントPCでの“RYZEN"とグラフィクス製品群“RADEON”のハイエンド品が売れていることが要因となっている。これらは各製品部門のASP(平均売価)が上昇している事でも見て取れる
- 保有現金・短期投資額も36億ドルに達し、700万株の自社株買いを行った
Intelのハイライト
- 米国政府からのファウンドリ建設支援について選定を受けた
- アリゾナ州チャンドラーの新Fabの鍬入れを行った
- RibbonFET、PowerViaを含む最先端プロセス技術・パッケージ技術のロードマップを発表した。これらの技術は2024年までに市場における最先端レベルと同等となり、その先は圧倒的なリーダーとなる
- デスクトップCPUの新製品“Alder Lake”を正式発表。次世代サーバ製品シリーズの“Sapphire Rapids”の概要を発表。この製品群によりIntelはAMDの“EPYC"に対抗する。
Intelの決算で営業利益総額が微減しているのに利益率が微増しているのは、PCクライアントビジネスの売り上げダウンを単価が高いサーバ製品で補った為とみられる。
それに対しAMDは両方の分野で“RYZEN”や“EPYC”でハイエンドのシェアをかなりのスピードで取り込んでいる。またAMDのハイライトが決算期でのビジネス上の特筆すべき成果を述べているのに対し、Intelのハイライトは今後の事業計画の発表やこれから発表される新製品の概要に終始している。
決算発表の数字と、ハイライトでも明らかなように「リードするAMDと、低迷するIntel」という構図は、立て直しのためにGelsingerがCEOとしてIntelに復帰してから10か月を経た現在でも状況は変わらず、むしろ悪化している様相である。かつて「ドル札を印刷するよりも儲かる」と言われ、他を寄せ付けない利益率を誇ったIntelを追い上げるAMDの勢いが止まらないこの現状は、常に最先端技術の代名詞であったIntelブランドの劣化を如実に表している。
RISC-VベースのCPUデザインハウスを取り込む事によって、x86以外の低電力CPUコアを駆使したSoC製品展開へのカギとみられたベンチャー企業SiFiveの買収計画も、結局条件が合わずSiFiveが独自でIPOを目指すことを決定したために頓挫した。Gelsinger復帰後の新生Intelにとって最も重要なのは、宿敵AMDに対抗しうるx86CPUの開発競争とTSMC/Samsungの巨大ファウンドリとのプロセス技術開発と生産能力の増強の両方の競争で、勝利を収めることに絞られてきた印象がある。
新工場建設の補助金をめぐって舌戦を繰り広げるTSMCとIntel
Gelsingerは復帰後大々的に発表したIDM2.0の推進のために、米国とEUに対し政治的な働きかけを積極展開している。世界的な半導体供給不足を経済安全保障上のリスクとみる先進各国が自国・域内のサプライチェーン強化のために巨額補助金を提示しているからである。
Gelsingerは中国の覇権獲得の強引な動きを背景に「台湾のTSMCと韓国のSamsungに主要ファウンドリを任せている現在の状態には大きなリスクがある」という主張を展開し、米国とEUの補助金獲得についてIntelを優位に導こうという動きに出ている。これに対し、既に現役引退をしたTSMC創業者のMorris Changがいくつかの公開の場でGelsingerの動きに釘をさす発言をして話題を呼んでいる。公的な場で多くを語らないChangにしては珍しい行動である。 米国での生産能力増強を開始し、ドイツでの工場建設が噂されるTSMCにとって、Gelsingerの動きはかなり気になるのであろう。
ChangはTI(Texas Instruments)での要職を退き、1987年にそれまでは存在しなかった“シリコン・ファウンドリ”という新たなビジネスモデルを確立した半導体業界のレジェンド的存在だが、現在のTSMCに至るまでには長い険しい道のりをたどった。
そのファウンドリビジネスを知り尽くすChangにとって、今までx86CPU市場を独占して業界で突出した高利益率を誇ったIntelがいきなり競合としてビジネスに参入する事については大いに警戒するが、徹底した顧客重視の姿勢とローコスト化が最重要課題となるファウンドリビジネスの難しさについては言いたいことが山ほどあるということであろう。
Changによる一連の発言は、高度にグローバル化した半導体業界で、コスト構造が異なる国・域内に限られた独自のサプライチェーン強化を目指す各国の政治的な動きに苦言を呈したという印象がある。特に政府補助金を盾に顧客情報開示を迫る米国商務省の強硬なやり方にはTSMCだけでなくSamsungも反発している。
ともあれ、長期にわたる停滞からGelsinger率いる新生Intelがどう抜け出すのかは、今後業界全体が注目する関心事である。